第240話 親子の密談

 拓也が三郎と共に、薰を女子寮に連れて行っていた同時刻。

 彼女の祖父の徹が、父親役の登に、小声で話しかけていた。


「……うまく潜入できたな……いや、そう操られているのじゃろうか?」


「……ふうむ……待遇が良すぎる気はする。最悪、役人に捕らえられ、有無を言わさず牢屋に入れられる可能性もあったからな。けれど、四六時中見張られているっていう点は同じだ」


「そうじゃな……」


 登はわずかに目配せをした。

 徹はその方向を見て、門下生が部屋の入り口の向こうから、二人の様子をじっと見ていることを確認し、愛想良く笑顔でその男に軽く頭を下げた。

 するとその門下生は、少し慌てた様に自分も頭を軽く下げ、その場を去っていく。

 しかしまた、別の門下生が、今度はせわしなく行ったり来たりしていた。


「……あからさまに警戒されておるな。まあ、海賊船団の情報ぐらいは拓也殿にも伝わっておるじゃろう。そんなときに漂流してきたと言う者が現れたんじゃ。これで警戒しなければ、ただのうつけじゃ」


「そう。その拓也殿の印象だが……どう思う?」


「うーむ……想像とは大分、違ったということだけは確かじゃ。大仙人にして、大商人。阿東藩主に匹敵する権限と財を持ち、数々の剣豪を倒した武闘家とも噂される。強欲で、特に気に入った娘は、いかなる手段を用いても我が者にしようとする……他にもいくつも聞いておったが、あれが果たして本物の前田拓也か? 腰の低い、まるで何処かの卸問屋の手代てだいではないか」


「……そう見せかけているだけか? あるいは影武者か? しかし、側に居たあの三郎とかいう男、相当な手練れだ……それに、あの『しゃわー』……あれだけならまだしも、屋内なのに明るく照らすあの明るい光の球。まさしく仙術としか思えぬ。それを当たり前のように使いこなしている……よく分からん」


「ふむ、そうじゃのう……それに、薰が女であることも、あっさり見抜かれてしもうた」


「あれは、いわば事故だろう。まあ、わざわざ説明する手間が省けたというものだ。女には甘いという前田拓也……早速態度を変えていた。まあ、あいつでも女と認められたということだろう」


「本人は嫌がっておったがのう。いや、まんざらでもない様子だったか?」


 そう口にして、二人で一瞬だけ、ニヤリと笑った。


「まあ、もともと薰が別行動になることは目論見通りだ。うまく連絡を取ってくれればいいがな」


「そうさのう。もしここでずっと軟禁されると、情報のやりとりがしにくくてかなわん。いっそ牢に入れられて、嫌疑がなくなった時点で放り出される方がマシじゃったかもしれんな」


「そうだな、そのために松丸藩で念入りに準備してたんだ……おっと、誰か来たぞ」


 若い門下生の一人が、二人にお茶と菓子を持ってきた。

 二人とも、愛想の良さそうな笑顔を浮かべて、礼を述べた。


「ずいぶん話し込んでいましたが、何かお困りですか?」


 その青年は、微笑みを浮かべながらそう尋ねた。


「いや、船が壊れてしもうておるでの。この先どうしようかと相談しておったのですが、まったく思いつきませんでのう……」


 徹がため息混じりにそう話した。


「なるほど、それはお困りですね……いや、しかし前田拓也殿が相談に乗ってくれているのであれば、必ずなんとかしてくれますよ。どうか気をお落としにならずに」


 青年は笑顔でそう言うと、その場を去った。


「……下級か中級武士の次男、というところかのう。なかなか好青年じゃったが、このような下町の剣術道場に通うのであれば、それほど身分は高くなかろう」


「それとなく探りを入れてきた、というところか。まあ、油断せぬようにしておこう」


「そうじゃな……」


 二人は、ありがたそうに入れたてのお茶をすすった。

 そしてそれらの会話は、三郎によってこの日に持ち込まれ、卓の下に取り付けられた盗聴器によって、全て録音されていたのだった。

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