第239話 紹介
俺と三郎さんは、気が進まない様子の
彼女の父親と祖父は、このあと順にシャワーを浴びることになっている。
もう俺たちのことはすっかり信用している様子で、薰を連れ出しても、逆に
「よろしくお願いします」
と頭を下げられた。
女子寮の玄関にて、呼び鈴を押して、反応を待つ。
『モニター付きインターホン』があるので、向こうは俺たちのことを画像で確認できるし、会話も可能なのだが、前に一度、この仕組みを知らない藩の役人が
「誰もいないのに声が聞こえる! 物の怪だ!」
と騒いだことがあって以降、あまり使用されなくなっている。
その代わり、モニターで不審者だと思ったときは居留守を使い、そうでないときは、相手にもよるが、チェーンロックした状態で半ドアで対応するようにしている。
今日は俺と三郎さんが同伴しているため、すぐにドアが開いた。
そこに立っていたのは、寮長をしているお梅さんだった。
彼女は満年齢で言えば、二十五歳ぐらいで、いまだ独身だ。
男の人を褒めるのが上手で、接客が得意なので、『前田美海店』の夜の部(宴会)には欠かせない存在だ。
午前中は寮にいることが多い。
明るく、親しみ易い性格で、面倒見も良くて後輩達からも慕われているため、寮長を任せている。
ただ、少々男好きで、調子に乗りすぎるところが玉に瑕だが……。
「拓也さん、三郎さん、お久しぶり。そちらの男前の若い衆は、新しい従業員の方?」
「いや、実は他藩の人なんだけど、船が壊れてしまって、手倉海岸に流れ着いたはいいけど、帰れなくなってしまったらしいんだ。訳あって、男の格好をしているけど、女性なんだ。だから、ここで寝泊まりさせてもらえないかって思って」
「……ええっ!」
お梅さんは目を見開き、両手を口に当てて、やや大げさに驚いた。
そして、ジロジロと彼女の顔をなめ回すような視線で見つめた。
その様子に、薰は赤くなって下を向く。
「……かわいい! 本当、よく見たらすごい
「べ、別嬪って……そんな……」
お梅さんからすれば、女性に対する絶賛の言葉……というか、本音なのだろうが、いきなりそんな風に女として評価されたのに戸惑ったのか、ますます赤くなっていた。
「ねえねえ、名前はなんて言うの?」
「……薰」
「かおるちゃんね。うん、良い名前。船が壊れたんですって? 大変だったわね。さあ、こっちに来て、お腹空いてない?」
「いえ、さっき食べたから……」
「あら、そうなの? 残念。じゃあ、まず、着替えましょうか。ここは男子禁制。その格好だと、みんな怖がっちゃうから、女の子って分かる服に着替えましょう!」
「お、女の子!?」
今度は、薰が驚く番だった。
その様子に、お梅さんが首を傾げる。
「薰は、漁師になるために、男の子として育てられていたんだよ。だから急に女の子って言われても、戸惑うだけだろう。でも、確かに今のままだと、女子寮の女性達は怖がるだろうな。どうしたものだろうか……」
と、俺が思案顔でそう相談すると、
「まあ、そうだったの。ずっと男の子として……あ、そうだ! 剣術道場の稽古着なんかどうかしら? あれだったら、男の人のとあんまり変りがないから、違和感ないんじゃないかしら?」
彼女はそう提案した。
この剣術道場では、白の上衣に、紺色の袴というスタイルで、男女ともそれほど差が無い。前田美海店料理長のナツも、女性ながらたまにこの格好で練習に来ることがあった。
「……なるほど、しかもそれなら、そのまま剣術道場に行っても違和感が無い。昼間なら好きなときに父親や祖父に会えるだろう。まずはそこからだな」
三郎さんがそうフォローしてくれる。
「……わかった、それならいいや」
剣術道場でその姿を見ている薰からしても、妥協点、といったところだった。
「じゃあ、薰ちゃん、行きましょうか」
「……あの、その……『ちゃん』はつけないで欲しいです……」
「そう? うん、わかった。じゃあ、薰。いきましょう」
「はい、よろしくお願いします!」
最初はお梅さんの積極的さに圧倒されていたようだが、悪い人じゃないと分かったのか、薰は元気を取り戻していた。
「……やれやれ、どうなることかと思ったが、なんとかなるもんだな」
三郎さんが、少し疲れたように苦笑いしながらそう言った。
「そうですね……ところで、彼女に見張りはいらないでしょうか?」
「あの娘一人では逃げ出したりしないだろうから、不要だろう……と言いたいところだが、そこは慎重になった方がいいな。外部の者と接触して、なんらかの情報を渡す可能性がある……いや、まてよ。わざと泳がせてみるのも良いかもしれないな……」
「なるほど……じゃあ、その辺りのことは三郎さんにお任せします」
「ああ。それにしても……急に藩内が騒がしくなってきたな……」
「そうですね。全部海が絡んでいますし、関連があるんでしょうね」
「そういうことだな。拓也さんも、しばらくはこっちにいる時間を増やした方がいいだろう」
「はい、それはもちろん」
俺は、三郎さんの言葉に気を引き締めたのだった。
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