第213話 番外編15-10 坑道での戦い

 阿東藩の山中、現在は使用されていない古い坑道内部に、三人の浪人達がたむろしていた。


 彼等の視線の先には、粗末な藁布団の上に寝かされ、口を布で塞がれていた二十代の女性だった。

 薄い襦袢じゅばんだけの格好にさせられてしまっている。


「ふう……ここまで来りゃあ、誰も追ってこねえだろう」


「まったく、手間かけさせやがって……あのときかかされた恥を、倍……いや、十倍にして返してやる」


「そうだな……身分をわきまえぬ愚か者に、仕置きをしてやらねば……たっぷりと、時間をかけてな……おっと、その前に、猿ぐつわを外してやらねばな。泣き叫ぶ声が聞こえねば、興ざめしてしまうからな……」


 男は、そう言って彼女の口元の布を取り払った。


「てめえら、ふざけやがって! 私にこんな事して、ただで済むと思ってるのか!」


「……ほう、こんな状況でも威勢がいいな……だが、まだ立場が分かっていないようだな。おまえは今から、俺達に無礼を働いた罰をうけるのだ。たっぷりと、な……」


 三人はいやらしい笑みを浮かべた。


「分かっていないのはてめえらの方だ! この阿東藩には、仙人が居るんだ。その方が動けば、てめえらなんてあっという間にのされちまうんだ!」


「ほう、それは楽しみだな……俺は前から、本物の仙人と戦いたいと思っていたんだ」


「くっ……」


 その娘のハッタリは、全く通用しなかった。

 やがて、男達の手が彼女の体に伸びていく。


「や……やめっ……」


 その娘の顔が、恐怖で引きつったそのときだった。


「そこまでだ……お前達の悪行、しかと見届けた」


 背後から声がして、三人の浪人はぎょっとして振り向いた。

 そこに立っていたのは、二人の男だった。


 前に立っている二本差しの侍は、大柄で眼光鋭く、落ち着いており、幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた猛者のそれだった。


 それに対してその後の男は、目に焦りと若干の怯えがあったものの、決して引かないという意思を持った、覚悟を決めた表情だった。


「……仙人様、やはり来てくれたのかっ!」


 娘の表情が一変し、浪人達にわざと聞かせるように、大きな声でそう叫んだ。


「仙人、だと? 阿東藩の仙人、本当にいたのか……どっちがそうなんだ?」


「どっちでも関係無いだろう? こうなったら二人ともやっちまえ!」


 浪人達は一斉に刀を抜いた……しかし、それは仙人と呼ばれた男を刺激する愚行だった。

 女性を助けに来た二人の内、後方の若者が、相手の目を眩ます仙術……強力な白い光を浴びせ、その直後、前に居た男が一瞬で間合いを詰めた。


「ぐああっ……」

「ぐええ……」

「げぼあぁ……」


 刀を取り落とし、情けない声を出してうずくまる三人組。


「……なんだ、てんで話にならないな……よくそれで武士を名乗ったものだ、素手の俺一人に抜刀してやられるとはな……」


「ひ、卑怯だぞ……得体の知れぬ仙術で目を眩ますなどとは……」


「三人がかりで覆面をして娘一人をさらったくせに、よくそんな事が言えるな。呆れ果てて物も言えん……」


 その男……伊東武清いとうぶせいが三人を倒した男達を見下ろしている間に、もう一人の、仙術を使った男、前田拓也は姉御と呼ばれている娘の介抱をしていた。


「……大丈夫、大した怪我はないよ……仙人様、また世話になったな……でも、こんな私なんかのために、危ない目に遭うと分かっていながら来るなんて……どこまでお人好しなんだ……」


 姉御は、目に少し涙を浮かべながらそう呟いた。


「……いや、今回は武清さんが一緒にいてくれたから、そんなに危ないとは思っていなかった。それよりも一刻も早く助け出したかったからな……」


 そんな二人の会話を、浪人の一人が痛みを堪えながら聞いていた。


「くそっ……どうしてこんな人気のない場所に連れ込んだことが分かったんだ……」


 呻きながらそう口にした男に対し、伊東武清はフッと笑った。


「お前ら、この阿東藩でこんな大それた悪事を働くのがどれほど愚かなことなのか分かっていないようだな……ここにいる仙人・前田拓也の配下には、武闘勢力だけでも百人の忍集団、ほぼ同数の剣術塾生が控えている。彼等や、その下部である訓練された動物たちの研ぎ澄まされた能力に、仙術を加えれば、前田殿にとっては造作もないことだ」


 実際、今回の探索には、アラシという名の鷹に小型カメラを取り付けて上空から探索したり、大和ヤマトと呼ばれる、現代の警察犬と同等の訓練を受けさせた忍犬を活躍させ、そして百人を越える忍達の情報網もフル活用して、すぐにこの坑道を割り出したのだ。


「阿東藩の仙人……まさか、噂が本当だったとは……」


 浪人達は、がっくりとうなだれた。


 そしてそれを聞いて驚いたのは、姉御と呼ばれる娘も同じだった。


 仙人とは言うものの、気さくに話ができる年下の彼の事を、商才があり、多くの女性に好意を抱かれる、多少不思議な術を仕える好青年、ぐらいにしか思っていなかった。


 しかし、今見たとおり緊急事態においても、彼の人脈を駆使したとはいえ、これほど短期間に解決してしまうとは。


 いや、仙術そのものよりも、これだけの人脈を駆使できることこそ、彼の真に凄いところなのではないか。


 改めて、前田拓也のことを見直した姉御だった。


 そして、三人の真剣を持つ浪人達を軽く潰してしまったその大きな男も、何度か見かけたことはあったが、これほどの腕前だとは知らなかった。


 そして彼が、当代随一の剣豪と呼ばれる存在であったことを後で知らされ、大いに驚いたのだった。


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今回、サブさんはついて来ていたのですが、事情があって入り口で見張りです。

ちなみに、剣豪の伊東武清もまだ独身です(^^;。

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