第212話 番外編15-9 覆面
姉御たち海女ちゃんが直売店を出してから、十日が過ぎた。
威勢のよい彼女たち、化粧すらしていないのだが、それがかえって町人達には新鮮に映るようで、声をかける男達は意外と多いようだ。
しかし、そこに姉御の厳しいチェックが入る。
漁師町での恋愛に対しては比較的オープンなのだが、ここでは見たことのない男達の方が多いし、それにこの店で働く少女達はみんな、真剣に結婚を意識しているのだ。
その分、彼女たちは言葉使いとかもある程度、お園さんの助言を受けて気にしているようだし、料理だって手を抜いていない。
シンプルな調理法だが、魚介類は焼きすぎないよう気を付け、そして味噌汁はダシをちゃんと取っているし、塩加減もきちんと調整している。そのおかげで、前田美海店の料理長、ナツも気にするほど、料理そのものに人気が出ているのだ。
予想外の繁盛っぷりに、茶屋の方も危機感を抱き、新しく三色団子の提供を始めたりと、なかなか盛り上がってきている。
しかしそんな状況になると、調子に乗る連中も出てくるわけで……。
特に海女料理の店の方では、酒を提供していることもあり、酔っ払って店員に絡んでくる客が出てきたのだ。
そんなときに迷惑な客を撃退してくれるのは、やはり姉御だ。
彼女が酔っ払いに向かって、
「お客さん、おイタは困りますねえ……」
といって、海女ちゃんにちょっかいを出そうとしていた男の手をひねり上げると、大抵の男は
「す、すみません……」
としっぽを巻いて退散してしまうのだ。
しかし、その日はちょっと様子が違った。
酔っ払っていたのは、三人の侍だったのだ。
相手が武士、と言うことで、しつこく絡んできても、店員は無下にできない状況だったのだが、姉御はお構い無しに出て行って、その男達を一人ずつ敷地の外へと叩き出したのだ。
「何しやがる、無礼者めっ!」
三人はそう叫び、刀を抜こうとしたが……さすがに街中で、多くの野次馬が見ている中でそんな事をしては、咎めを受けてしまう恐れがある。
「……はっ、礼儀を知らぬ田舎娘になど、いちいち腹を立てておれぬわ。まずい酒を飲まされた、もう行くぞっ!」
男達はそんな戯れ言を残して、格好だけは堂々として去っていく。
彼等が角を曲がって見えなくなると、一斉に歓声が上がった。
「さすが姉御、強いねぇ」
「すっとしたよ。あの三人、最近阿東藩にやってきた浪人で、態度がでかくて腹立ってたんだ。すっとしたよ」
そんなふうに、姉御を称える声が周囲から飛んだ。
「はっ、私がいる限り、あんな男達の好きにはさせないよ。さあ、飲み直しておくれっ!」
姉御の威勢のいい一言に、また盛り上がったのだった。
それから三日後の夕刻。
俺が前田妙薬店の奥で、凜、優と商品の品揃えの相談をしているときだった。
「前田様、前田拓也様、こちらにいらっしゃいますかっ!」
女性の大きな叫びに、驚いて表へと出た。
そこにいたのは、ミヨと、その同僚の海女ちゃん二人だった。
「あ、良かった、拓也さん、こちらにいらっしゃったんですね……えっと、あの、大変なんです……」
ミヨは息を切らせており、後の二人も動揺していて、言葉が出ないようだった。
「まあまあ、落ち着いて。深呼吸して、ゆっくりと、何があったのか話しなさい」
凜が優しく話しかけ、ミヨは大きく二、三回息をした後、ゆっくりと言葉を出した。
「姉御が……
俺達は一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。
あの気が強く、腕っ節もそこらの男よりは強い姉御が、攫われるなんて事があるのか。
「町の外れを私達と姉御の四人で歩いてたら、突然、物陰から三人組の男が襲ってきて、その内の一人が勢いよく姉御にぶつかってきて、力任せに押し倒されて……後の二人が、持っていた縄で姉御の腕と足を縛って、口も布で塞がれて……荷車に乗せられて、連れて行かれたんです……それで、腰を抜かしていた私達に対しては、追いかけてきたり、役人に知らせたらこの女を殺す、って脅されて……」
「……なんて卑劣なっ!」
凜が珍しく怒っていた。
「それでミヨちゃん、その男の人達の顔は見たの?」
優が、比較的冷静に声をかける。
「それが……三人とも覆面をしてて……」
ミヨが申し訳なさそうにそう言った。
「覆面、か……縄や荷車を準備しているあたり、計画的な犯行だな……この阿東藩でそんな真似するなんて、許せない。絶対、姉御を助けるぞっ!」
「……さすが拓也さん、お願いしますっ!」
ようやくミヨの顔に明るさが戻った。
しかし……そうは言ったものの、その時点では、俺に具体的な解決策は浮かんでいなかった……。
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