第189話 番外編14-4 軟禁状態

「……あなたは、物の怪なの?」


 姫は、不思議そうに鏡を見つめている。

 その画像はマジックミラー面を通してそのままノートPCの画面に表示されるため、まるでこちら側がのぞき込まれているような錯覚に陥る。


「……いいえ、そんな悪い物じゃない。そう……私は、いわば神様の使い、よ」


 涼がアドリブでなんとか話を繋げる。


「……信用出来ない……」


 うっ、やっぱりそうすんなりとはいかないか。

 姫、鏡の向こうで、なんか悲しそうな顔をしている。


「……そうよね、いきなり鏡がしゃべって、おかしいって思わない方がおかしいよね……うん、じゃあ、私が知っている事、正直に話すから、それで判断してみて」


「……うん、それならいいよ」


 姫の顔が、若干緩んだような気がする。

 まだ満年齢で十三歳の少女、やや子供っぽさも残っている。

 目は二重でぱっちりと大きく、髪は肩までぐらいと、やや短め。

 タマゴ型の輪郭に、鼻と口がちょこんと小さくついていて、可愛らしさが先にくる印象だが、あと数年もすればかなりの美人になりそうな雰囲気だ。


「……じゃあ、まず……あなたは紅姫、で間違いないわね?」


「……どうして私の名前を知っているの?」


「えっと……一応、私は神様の使いだから。それと、あなたの父君の話も聞いているわ。あなたのことを、とっても心配しているそうよ」


「父上がっ!? ……父上……父上、会いたい……」


 紅姫は涙を浮かべ、消え入る様な声でそう呟いた。

 涼は俺に視線を向けてくる。俺はそれに対して、頷いて返す。

 もちろんこれは、このまま話を続けてくれという合図だ。


「……私達の会話って、誰かに聞かれたりしないかしら?」


「うん、大丈夫……普段、この離れは私一人にされているから……外に見張りの人はいるけど」


 うーん……やはり軟禁状態のようだ。

 そして涼は、彼女からここに閉じ込めることになった経緯を聞き出すことに成功した。


 侍女と共に、お忍びで城下街を探索していたときに、髪飾りを見ようと店に入ったところでいきなり縛られ、猿ぐつわをされてむしろに巻かれ、荷車に乗せられて連れ去られたこと。


 一刻ぐらいそのままで、次に下ろされたときには狭い小屋の中で、二十歳ぐらいの怖そうな男に、みすぼらしい着物に着替えさせられ、顔を汚されて歩かされたこと。

 侍女がどうなったか聞いても、答えが返ってこなかったこと。

 そして、騒いだら殺す、と脅されたこと……。


 半日ほど歩き、そこで三十歳ぐらいの商人に引き渡されたこと。

 その商人は、自分を拉致した男よりは優しそうだったが、


「あんたのような若い娘さんを殺したくないから、どうか騒がないように」


 と脅されていたこと。

 もうその時点で、話を聞き、相づちを打つ涼も、涙声になっていた。


 その日は商人の家で泊まり、翌日も早朝から歩かされ、そして夕方にこの『極光武寺』に辿り着いたこと。

 そこで、この寺の高僧である『同輪どうりん』に会ったこと。


「……その『同輪』さんは、あなたのことを知っていたの?」


「うん……最初の人さらいは、私の身分を知らないまま誘拐したらしいの。それで商人に引き渡した時にそれが分かって……それで、このまま私を城に帰したのでは、その商人が誘拐犯と疑われるかもしれないから、このお寺に預けることになったとか……」


 俺も涼も、その回答には首をかしげた。

 何か釈然としないが、紅姫の記憶も曖昧のようなので、ここはあまり突っ込まないことにした。


 そして、その『同輪』は、とんでもないことを言い出した。

 彼女に、


「旧岸部藩の武士達が、今、困窮にあえいでいる。浪人となってしまった彼等がもう一度藩士の職につけるよう、力を貸して欲しい」


 と迫ったらしいのだ。


「……それで、あなたは何て返事をしたの?」


「嫌です、って言ったわ。だって、私はそんな難しいことはよく分からなかったし、ただ、帰りたかっただけだから……同輪様とも初対面だったし……」


「……そうよね、いきなりそんなこと言われても困るよね……」


「うん……そしたら、急に怖い顔になって、『だったら、生きてここを出ることはできないとお思いなさい』と言ってきて……私は、首を縦に振るしか無かった……」


「そうなんだ……ひどいね……辛かったね……」


「……うん、でも……私が、慎衛門たちの前に出されて、同輪様に教えられた通り、

『皆が藩士に戻るまで、私も帰るつもりはありません』と言ったときの、あの人達の嬉しそうな表情……忘れることができない……」


 そう語ったときの紅姫は、少し緩んだような、それでいて悲しそうな、複雑な表情をしていた。


「そう……そんな事情があったんだ……」


「だから……私、どうしていいか分からなくて……帰りたいけど、帰れない。慎衛門達にも、ずっと私は自分の考えでこの寺に残ると言い続けないといけない。それで彼等も喜んでくれるし、逆に私もそれが嬉しい……そんなよく分からない事になってて……でも、父上や母上に会いたい……」


 そしてまた彼女は泣き始める。

 それに同情して、涼もまた、すすり泣いていた。


 まあ、結果的には涼が巧みな話術で彼女の心を開かせ、誘拐された状況や現在の心境などを聞き出せた訳だが……こちらとしても、混乱してしまった。

 何が正しいのか、どうすべきなのか、よく分からなくなってきた。


 誘拐犯が悪なのは、分かる。

 商人は、なぜこの寺に連れてきたのかがよく分からない。


 同輪と呼ばれる高僧は、紅姫を脅した点では悪者と言わざるを得ないが、彼女を使って浪人達に希望を持たせることに成功した。


 いや、それでも紅姫を軟禁しているのだから、やっぱり悪者か。でも、落ち込んでいる彼女に鏡を渡すなど、一定の配慮も見せているし、彼自身、さらに黒幕の指示に従っているのかもしれない。


 そして涼は、最後に一言、こう聞いた。


「……もし、自分の意思で城に帰れるとしたら……やっぱりすぐに帰りたい?」


「うん、もちろん……でも、それで慎衛門たちががっかりして、藩士にも戻れなくなるのだったら……それはそれでつらい……」


 恐らくは、誘拐されたことにより変化したであろう、この紅姫の正直な心境が、今の旧岸部藩の混乱、困窮ぶりを示しているようだった。


 ――しかし、この時点では分かっていなかったが、この事件の真相はもっと恐ろしく、おぞましいものだった。


 紅姫は、旧岸部藩士達の復帰の成否にかかわらず、『消される』予定だったのだ――。

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