第190話 番外編14-5 邪悪な仙人

 紅姫が本物であることは、手鏡からの映像を印刷し、松丸藩の東元安親殿に見せたことで確認が取れた。


 まずは姫が無事であったことに安堵したようだったが、しかし、予想されていたことであり、それは厄介な事態が確定したことも意味していた。


 極光武寺は聖域であり、藩の命令があったとしても、兵が許可なく入っていったりすれば僧侶や地域住民による暴動が起きかねない。

 少数精鋭が忍び込んで助け出す事ができればいいのだが、厳重な警備のこの寺からそれを成し遂げるのは至難の業だ。


 まあ、こちらとしては依頼されていた仕事内容は『紅姫の所在をつかむ」だけだったので、もうこれ以上この地にとどまる義理はないのだが、


「紅姫は比較的元気なようだが、自分が戻ることが正しいのかどうか迷いを持っているようだ」


 と、俺が余計な事を言ってしまったばっかりに、


「もう少しだけ様子を探って欲しい」


 と頼まれてしまった。


 寺に留まろうとしていた姫君を無理矢理連れ戻すっていうのも後味の悪い話になってしまうし、旧岸部藩士達のことを考えると、何が正しいのか分からなくなってしまう……っていうか、他藩の俺が口を挟む問題じゃないのかもしれない。


 ただ、安親殿の情報収集の要請には応じることにした。

 基本的に、お蜜さんにはオオタカ『アラシ』に小型カメラを取り付けての空撮、涼には『鏡の精』として紅姫から直接情報を収集。あと、門前町での噂話なんかも集めてもらう。

 ただし、危険回避のためこの女性二人には常に対になって行動してもらっている。

 まあ、二人とも俺より強いんだけどね……。


 俺と三郎さんも、商談の時なんかは一緒に寺社内に入るのだが、たまに三郎さんだけに潜入してもらう事もある。


「商談で内密な話があるから、番頭さんは待っていて欲しい」とか、「かわやに行きたい」とか言って二手に分かれることがあったので、短時間であればそれで事足りた。

 その間、俺は一人になるわけだが、別にトラブルに巻き込まれている訳でもないし、特に危険はないと思っている。万一何かあったとしても、ラプターによる緊急離脱もできるし。


 というわけで、この日も夕刻になる前に、注文してもらっていた食材を寺に届けて、厠に行ったことになっている三郎さんを残し、俺だけ宿に帰ってきた。


 お蜜さんと涼の二人は情報収集に行っているようで、ずっと借り切ったままの部屋は俺だけだ。

 宿屋の主人に預けておいた荷物の中から、ノートPCを部屋に持ち込んで、紅姫の様子を確認してみる。


 ちなみに、涼は彼女に『鏡の精と話できるのは、神通力が通じる暮れ六つ(およそ午後六時)以降、少しの間』と言っている。

 まだちょっと早いかな、と思いながら映し出してみたところ……どきっとする映像が目に飛び込んできた。


 彼女は、何かの台の上に手鏡を横にして立てかけているようで、部屋の全景が見渡せて……そして、そこには襦袢を脱いで体を手ぬぐいで拭いている、つまり上半身裸の紅姫が映っていたのだ。


 しかし、そこはまだ小柄な、満年齢で十三歳の子供、ちょっとどきっとはしたけど、いやらしい目で見たりすることはない。

 けど、色白で、小ぶりながらも綺麗な形の胸で、肌もすべすべみたいで……。

 ちょっとだけ見入ってしまったのだが、そこに


「……あれ? 拓也さん、帰って来ていたんですね。どうですか、何か分かりましたか?」


 と、涼が入ってきたものだから……俺は慌ててノートPCの画面を閉じた。

 お蜜さんも続いて入ってくる。


「……拓也さん?」


「……な、なんだ、涼か、おどろいたよ。宿の女中さんに見られたら大変だから、慌てて閉じてしまったよ」


「……ああ、そういうことでしたか。そうですね、それは注意しないといけませんね」


 手を軽く、ぽんっ、っと叩いて、納得してくれた。

 なんか台詞がわざとっぽく聞こえたかもしれないが、なんとかごまかせたようだ。


 その後、画面を開くフリをして、わざと電源を切り、


「……おかしいな……」


 とか、一人つぶやきながら時間をかけてノートPCを再起動する。

 お蜜さんにはちょっと不審な目で見られたようだが、バレてはいまい。


 再起動が完了したちょうどそのとき、暮れ六つの鐘が鳴った。

 画面に映し出されたのは、着物を来てちょこんと座った、可愛らしい紅姫だ。着替えは間に合ったらしい。


 ちなみに、彼女が身に纏っているのはやや上等な普通の着物。尼僧の袈裟という訳では無い。

 いつも通り、涼がノートPCの前に座り、『F12』キーを押して紅姫との会話が始まった。

 挨拶、体調の心配、変わった出来事がなかったか、と話が続いていく。


 ここに来て五日目、もう大分仲良くいろんな事がフレンドリーに話せるようになってきている。

 ここで話題に上がったのが、この鏡がどこで作られたのか、ということだ。

 涼は『阿東藩』と答えたのだが、それに対し、紅姫は表情を曇らせた。


「……何かあったの?」


「うん……阿東藩って、邪悪な仙人がいるのよね……」


「……邪悪な仙人?」


 涼はこちらを見るが、俺もそんな噂は聞いたことがなく、首を横に振る。


「そう、その邪悪な仙人に、私達も巻き込まれて……」


「……その話、聞かせてもらっていいかしら?」


「うん……そもそも、岸部藩と阿東藩にまたがった形で金鉱脈があったのを、その仙人がそそのかして、阿東藩が独り占めしようとした……岸部藩は小さかったし、争いになったら負けるから、隣の松丸藩に応援をお願いしたら、いろいろあって、岸部藩は松丸藩に吸収されることになった……」


 ずいぶんねじ曲がった形で彼女に伝わっているんだな……。


「……そんなことないよ、阿東藩は独り占めなんかしようとしてなかったよ」


「うん、分かってる。ただ、悪い仙人にそそのかされただけ。その阿東藩も、被害を受けて大変らしいね」


「……被害?」


「噂では、悪い仙人は、町人を脅して、美しい娘五人を無理矢理嫁として奪い取っていったって聞いているわ。昼間は自分が経営する店でこきつかって、夜は一箇所にまとめて住まわせて、やりたい放題やっているとか」


 ……やっぱり、これって俺の事だ。

 こっちも大分ねじ曲がって伝わっているが、一部真実も混じっているから、なんか、俺、悪い事しているような気がしてきた……。

 涼も、お蜜さんも、ちょっと顔が笑っている。


「そしてそれだけに留まらず、藩主の一人娘に目をつけた邪悪な仙人は、彼女をも毒牙にかけた。半年間彼女の行方を分からないようにして脅し、無理矢理自分の嫁にする約束を取り付け、ついには結婚の約束までさせた……」


 ……涼が、微妙な表情で自分を指差している。お蜜さんはもう、笑いを堪えるので必死だ。


「信じられないけど、いろんな人からそんな噂を聞いたわ。五人も嫁がいるのにそれに飽きたらず、藩主様まで脅して一人娘を奪うなんて……」


 紅姫は怒りに満ちた表情を見せていた。

 うーん……大分濡れ衣なんだけど、全部間違いって訳じゃあないからなあ。

 毒牙にかけたって……俺は涼とはまだ正式には結婚してないから、手は出していないし。まあ、そんなことは紅姫には言わないけど。


「あと、他にも……」


 まだあるのか!?


「その欲望の化身みたいな仙人に裸を見られてしまうと、何が何でもその娘の事、奪いに来るって。私、それ聞いて怖くて……本当に男の人には誰にも、絶対に裸を見られないように気をつけているの」


 ……ごめん、もう見ちゃった……。


 その後は、特にこれといった情報は得られなく、この日の会話は終了した。

 俺、結構ショックだったんですけど……。


 お蜜さんによれば、


「阿東藩も、松丸藩も、旧岸部藩も悪者になっていない。周囲の大人たちが知恵を絞って、邪悪な仙人を創り出してそのせいにした、いわば『大人のずるさ』よ」


 と感心したように言ってくれたが、悪者にされる俺はつらい。


 その夜、並んで寝た涼が、落ち込んだ俺を励ましてくれた。


「私は自分から進んで拓也さんのお嫁さんになりたいって言ったんですよ。そのこと、いろんな人に言って回りますね」


 うーん、でも……それも言わされているって噂になるんだろうな……。


 話は少し戻って、紅姫との会話の後、三郎さんも帰ってきた。


 今日は寺社内のかなり奥まで潜り込めた様で、床下にばっちり盗聴器を仕掛けてくれた。

 帰り際、遅くなった理由を門番に聞かれたが、厠に行っていた後、迷ってしまったとごまかしたようだ。

 俺が、


「あんまり危険な事はしなくて大丈夫ですよ」


 と言ったところ、


「いや、本来俺達は盗み聞きするために夜中まで床下や天井裏に潜んでいなきゃならないんだ。それに比べたら、こんな小さな機械を置くだけなんて、楽な仕事さ」


 と、笑われてしまった。


 そして翌日、この盗聴器は、今回の誘拐事件の真の目的を暴き出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る