第162話 父との絆

 優が妊娠したことを、妹、叔父、そして母親に話した。


 しかしもう一人、その事実を伝えねばならない人物がいた。

 マレーシアに単身赴任している、父親だ。


 どうやって報告しようかと考えていたのだが、アキが


「私の部屋からビデオ通話すればいいんじゃない?」


 と提案してくれたので、そうすることにした。


 妹に聞いてみると、彼女の行方不明事件があって、無事帰ってきてからは三日と空けず父とビデオ通話しているのだという。


 父親は俺のことは放任しているが、アキのことは溺愛しており、そして彼女もまた、父親のことが大好きだと言っている。

 あの事件が起きる前から、アキはいわゆる『お父さん娘』だ。


 ずっと海外に単身赴任していて会えない、というのもあるが、父親の見た目と性格も好きなのだという。


 ちなみに、そんな父親を一言で表現すると、『ちょい悪オヤジ』だ。


 アキが父親に電話をかけると、休日だということもあり、速攻で出てくれた。

 自宅にいるので、ビデオ通話も即可能だという。

 そして通話を開始すると……モニタ上には、ヘッドセットを付けた、久しぶりに見る父の顔があった。


「……なんだ、今日はみんな揃っているじゃないか。何があったんだ?」

 と、驚いた表情をしている。


 ちなみに、この時点で写っているのは、俺とアキ、母親だけだ。

 叔父は既に帰宅しており、そして優はカメラの死角に(わざと)隠れている。


「お父さん、今日は報告したいことがあって、みんな揃っているんだよ」

 と、アキがニコニコしながら話しかける。


「なんだ、報告って……まさか……彼氏が出来た、とかじゃないよな?」

「えっ……彼氏って、私に? ち、違うよ、お兄ちゃんの方だよ」

 アキはあわてて否定する。


「なんだ、驚かすなよ……拓也か、うん、彼女出来たとか言ってたな。まあ、お前ももうすぐ高校卒業だし、彼女の一人や二人、できていてもおかしくはないだろう?」

 アキとは全然違う反応だ。まあ、仕方無いか。


「ううん、それだけじゃなくって、その彼女に……えっと、お兄ちゃんから直接言って」


「あ、ああ……その、彼女自体は二年前から出来てたんだけど、その……向こう、つまり江戸時代では結婚していて……」


「……またそのよく分からない話か。……まあいい、それがどうかしたのか?」

 父は、俺が三百年前に自由にタイムトラベルできることを、理解していないのだ。まあ、それが普通なのかもしれない。


「えっと、簡単に言うと、彼女が妊娠したんだ」

 と、俺は単刀直入に切り出した。


「……」

「……」


「それは、妄想の話か?」

「いや、本当の話だよ。あ、相手の両親にはきちんと話して、喜んでもらっているから」


「……」

「……」


「……お前、責任は取れるのか?」

「……へっ?」


 なんか、怒っているみたいだ。


「彼女、妊娠させてしまったのか? それでお前、どうするつもりなんだ? 彼女の事、守ってあげられるのか?」


「もちろん、そのつもりだよ」


「いや、お前は分かっていない。……妊娠したっていうのなら、それはお前の身勝手だし、仕方がないことだろう。だが、今後どうするつもりなんだ? 成り行きで子供を産ませて、それでやっていけるつもりなんじゃないだろうな?」


 うーん、やっぱり怒っているみたいだ。


「いや、成り行きなんかじゃない。さっきも言ったよね、俺はもう結婚しているって。彼女の事を心から愛しているし、望んで出来た子供だ。それなりの覚悟をもって育てて行くつもりだよ」


「覚悟、だと? まだ仕事すらしていない、何の苦労も知らないお前が、そんな言葉を使うんじゃあないっ!」


「そんなことないよ、お兄ちゃんはちゃんと仕事、しているんだよ! 江戸時代では……ううん、現代でも、お金稼いで、家に入れているじゃない」


 雰囲気が悪くなったのを察してか、アキが俺をフォローしてくれる。


「家に入れている? ……学君と組んでやっている、古物商みたいなやつか……だが、あれは学君の力があってのことだろう?」


 俺と叔父は、江戸時代から珍しい物を仕入れて、博物館兼喫茶店の『たいむすりっぷ』に買い取ってもらっている。その利益で、江戸時代に運び込む資材を購入しているのだが、余った収益の一部を、我が家の家計の足しにしていたのだ。

 まあ、その金額は母のパートによる稼ぎにも及ばないのだが……。


「それは、そうだけど……」

 アキが反論しようとしたが、俺はそれを制した。


「いや……確かに父さんが言うとおり、あれは単なる『金儲けの手段』であって、本当の意味で『仕事』とは言えないかもしれない……俺、こう見えて江戸時代ではれっきとした商人なんだ。だから、分かるんだ……支払いがどう考えても間に合わなくて、途方に暮れたこともある。従業員同士でトラブルが発生して、その収拾に頭を痛めた事もある。大事な商品を盗まれた事だってあるし、取引先に迷惑をかけて、怒鳴られた事だってある。だから、今なら……父さんが、言葉の壁が存在するそっちで、どれだけ大変な思いをして仕事がんばっているか、なんとなく想像できる……いや、想像できないぐらい大変なんだろうなっていうのが、分かるんだ……」


「……そんな顔して、そんな事言えるようになったんだな。さすがにちょっとは成長しているんだな……。だが……相手の女の子はどうなんだ。同い年って言っていたよな? いったいどんな娘なんだ? 今回の件で、辛い思いをさせていないのか?」


 と、そこで隠れていた優が、俺達の合図も待たずに出て来た。


「あ、あの……はじめまして、私、『優』といいます……すみません、いままでご挨拶もできていなくて……」


 彼女はそう言って、モニタに向かって深々とお辞儀をした。


「なっ……あ、はい、はじめまして……た、拓也、彼女、連れてきていたのか?」


 父は明らかに動揺していた。


「うん、ちゃんと紹介しようと思って……さっき彼女が自分でも言ったように、名前は『優』、江戸時代での俺の嫁だよ」


「……」

 父は呆然としていた。


「あの……私、向こうでは拓也さんといっしょにお仕事、させて頂いています。それで……子供を授かりました。向こうでは姉や、一緒に働いてくれている人達もいて……私も、拓也さんといっしょに、一生懸命働いて、子供も大切に、きちんと育てていきますから……」


 と、彼女は必死に、自分なりの言葉で父の許しを得ようとしていた。


「……あ、ああ……えっと……拓也、ヘッドセットを付けてくれるか? お前とだけ話をしたい」


 と、父はちょっと慌てながら、そんな言葉を送ってきた。

 それで、俺は指示通り、ヘッドセットを付けた。


「……拓也、聞こえるか?」

「うん、聞こえるよ」


「……本当に、その娘がお前の彼女か? 妊娠したっていう……」

「うん、そうだよ。」


「……良い娘じゃないか」

「へっ?」


「可愛らしいし、けなげにお前をかばおうとしているし……うん、結婚を前提としていて、相手の両親も本当に喜んでいるなら俺としては、お前にはきちんと責任を果たせとしか言えないが……でも、どうやってそんな娘を彼女に出来たんだ?」


「えっと、まあ、いろいろあって……うん、本当にいろいろあったんだ、簡単には話しきれないぐらい……だから、俺、なんとなくだけど分かるんだ……さっきの話に被るけど、父さんが、俺達家族のために……大切な人のために、どれだけ苦労して、かけずり回ってくれていたんだろうかって。子供を授かったと分かって、一層その想いが強くなった。ありがとう……俺やアキを、ここまで守って、そして育ててくれて……」


 俺は今の自分の本心を、素直に父に語った。


「……本当に成長したな、拓也。お前からそんな事言われるとはな……もうお前も大人になっていたんだな……うん? なんで、母さんや、アキや……お前の彼女まで、泣いているんだ?」


「……お父さん、ごめんなさい……お兄ちゃんのヘッドセット、まだパソコンにつないでなかったの。だから、二人の声、みんな聞こえていたから……」


 アキが涙声でそう話した。


「えっ……そ、そうか……そりゃあ……まいったな……」


 と、父は苦笑いを浮かべていた。


 この後、俺と優は父にもその仲を認められ、祝福されて……そして結果的に、俺達家族の絆は一層深まったのだった。

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