第163話 夢想の舞姫
よく晴れた冬の早朝、一人の少女が江戸の『明炎大社』の社務所を訪れていた。
そこに、急ぎ足で一人の美しい巫女が近づいてきた。
「……お待たせ、舞ちゃん……いえ、舞姫。もう一年経ったのね……ちょっと見ない間にまたずっと綺麗になったわね。髪、伸ばした?」
「はい、母がその方が一人前の娘らしく見えるからって。まだまだ、私は子供って思っていますけど」
少女は、はにかむように笑った。
「もう、十四歳になったのかしら?」
「いいえ、このお正月で十五歳になりました」
この時代、年齢は数え年で、元日で一つ年を重ねる。満年齢で換算するならば、この少女は十三歳だ。
「十五歳? 本当にもう、一人前の娘さんね。前は『可愛らしい女の子』っていう感じだったけど、今は本当に綺麗な、まるで本物の天女……そう、あのときの優さんそっくり」
「あのとき?」
「そう、拓也さんと優さん……あなたのお父さんとお母さんが、行方不明になった妹……つまりあなたの叔母さんであるアキちゃんを助け出しに来たとき、よ」
「……そういえば、昔よく、両親にその話をしてもらいました。それで、
「いえ、私は大したことはしてないんだけどね。本当に大騒ぎだった……兄も巻き込んで、神主さん達を文字通り煙に巻いて……優さんとアキちゃん、天女のフリをして、『らぷたー』で姿をかき消して……でもそのおかげで、ますますこの『明炎大社』が有名になったし、なんといっても、今や将軍様すら一目置く、大商人にして仙人の『前田拓也』様……つまりあなたのお父様と知り合いになれたのですからね……それで、その拓也さんはあいかわらず忙しそうなの?」
「はい、今もこの時代と仙界を頻繁に行き来していて……向こうでは『学会』っていう、難しい会議の準備が大変だってぼやいていました。私はさすがにそれは手伝えることがなくて……本当はもっと一緒に居たいんですけど」
と、少女は微笑みながら話した。
「本当に、仲が良いのね。羨ましい……優さんや、凜さん、ナツちゃん、ハルちゃん、ユキちゃんも元気?」
「はい、みんな仕事と子育てに奮闘しています。私も妹や弟達が可愛くて、世話を手伝うのが楽しくて……歳が少し離れていますから、余計にそう考えてしまうのかもしれませんけど」
「うふふ、家族みんな仲が良くて、羨ましいわね。そういえば舞ちゃん、あなたも自分専用の『らぷたー』持たせてもらえてたよね?」
「はい、去年からです。どうも、私は特別みたいで……母の『ラプター』も、父の『ラプター』も両方使えたのですが、自分専用の物を持たせた方が便利だし、もう子供じゃないから大丈夫だろうって言われて……」
「そうね、それで去年から一人で来てもらっているのだったわね。今年も舞ちゃんの踊り、氏子の方々、凄く楽しみにしているわよ。今の時点で、すでに境内に入りきらないぐらい人が集まっているわ」
「もうそんなに、ですか? でも、それは私が『天女見習い』とか言われているからでしょう? なんだかちょっと申し訳ない気がします。私、なんにも仙術とか、使えませんから……」
「そんな事無いわよ。仙界と下界を自由に行き来できるのでしょう? それに、『仙人』の血が半分流れているんですから……あと、氏子さん達、御利益よりもあなたの舞う姿を見たがっているの。何しろ、一年に一度だけ……こんなに美しい娘さんが、凄く上手に舞を奉納するのですからね」
「……えっと、あの、そんなに上手じゃないですけど……嬉しいです、ありがとうございます」
おだてられていると分かっていても、褒められると嬉しい年頃だ。
少女は頬を赤く染めて、巫女長の茜にお礼を言ったのだった。
半刻後、神社の境内にて、彼女の『舞い』が披露された。
白い着物に赤い袴の巫女の衣装。
頭に黄金の髪飾り、胸元には真珠の首飾り。
うっすらと化粧を施され、右手に
鼓や笛の調べに合わせ、時に激しく、時に優雅に。
指先まで神経を行き届かせた、繊細且つ大胆な美しい舞。
凛としたその表情は、遠目からも神秘的にすら見えた。
躍動感溢れる奉納の舞――その美しさと神々しさに、詰めかけた氏子達は皆、うっとりと見とれていた。
年に一度、神に捧げる舞を披露するために、この地に派遣される天女見習い。
美しく、可憐に成長した愛娘の姿に、俺は目頭が熱くなるのを感じた――。
……目が覚めると、見慣れた天井がそこにはあった。
夜が明けかけなのだろうか、部屋の中は電気を付けていないのにうっすらと明るい。
(……夢? えっ、いったいどこまでが……)
と、すぐ隣に誰かの気配を感じた。
その美しい横顔は、さっき夢で見た少女……ではなく、眠っている優だった。
俺は、昨日のことを思い出した。
俺の妹や母、ビデオ通話で父に挨拶をした優は、アキの提案で、今日は俺の部屋に泊っていくことになったのだ。
(優……よかった、妊娠して、俺の家族にそれを話して……それは夢じゃなかったか……)
彼女は、幸せそうな笑みを浮かべていたが……ふっと目を覚まし、きょとんとした表情になって、俺の顔と、部屋を見渡して……。
そしてニッコリと笑って、
「おはようございます、拓也さん……私、夢見てました……」
と、話しかけてきた。
「へえ、どんな夢?」
「すごく、幸せな夢……私達の娘……お腹の中のこの子が、成長して、『明炎大社』で舞を奉納する夢……」
「……えっ?」
俺は思わず驚きの声を上げてしまった。
「それ、俺も見た……巫女長になった茜と世間話して、その後に境内で、綺麗な舞を踊るんだ……」
「えっ? 私が見たのと、全く同じ……」
彼女も驚いたような表情になった。
「……そんなことって、あるんだな、未来のことを、同じように夢に見るなんて……いや、舞台は江戸時代だから、過去のことなのかな? よくわかんないや……」
寝起きということもあって、まだ頭がよく回っていないようだった。
「私も、同じです。ただ、一つ分かったことがあります……この子の名前は、『舞』……」
「ああ、俺も夢の中でその名前、聞いていた。『舞』……あんなに可愛らしく、美人になるんだな……」
「ええ……時空の神様に愛されたこの子……生まれる前から、不思議な力を使って私達の事、幸せな気分にさせてくれたのかもしれませんね」
「ああ、そうだな……舞……ありがとうな、優の身体に宿ってくれて」
俺は優のお腹にそう話しかけて……そして優と二人、微笑み合って、改めて幸せを実感したのだった。
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