第161話 母の反応

「お母さん、今日は久しぶりにお兄ちゃんと、優さんが揃って来てるの。報告したいことがあるんだって」


 と、母を出迎えたアキがはしゃぐように大きな声を出している。

 俺と優、叔父も、一階のリビングまで降りていた。


「まあ、優ちゃんも? どういうことかしら、まさか、子供が出来た、なんてことじゃないでしょうね」


 と、母はキッチンの方に向かいながらそう話した。


 たぶん、夕食の材料か何かを置きに行ったのだろうが、まだその姿は見えず……俺と優は、母の言葉に目を見合わせて苦笑いしていた。


 そして母もアキといっしょにリビングにやってきて、久しぶりに会う優の姿に目を細めた。


「優ちゃん、お久しぶり。ますます綺麗になったわね。まだ拓也と仲良くしてもらえているのね」


 と、母は俺に対してちょっと皮肉混じりにそう話した。


「あ、はい、お久しぶりです、お義母様。すみません、なかなかご挨拶に寄れなくて」


「いいのよ、向こうで忙しいんでしょう? って、未だに半分、信じられないけどね」


 母は江戸時代に時空間移動したことがない(体重制限にひっかかって、できない)ので、優が江戸時代の人間だということを、頭では理解しているが、まだ実感は出来ていないらしい。


 俺と優が、江戸時代ではすでに夫婦だということも同様に実感がないと言っていた。


「それで、今日はどうしたのかしら? 私に何か、報告があるの?」

 という母の疑問に、俺と優は目を合わせ、頷き、そして俺が一歩前に出た。


「ああ、えっと……簡単に言うと……子供が出来たんだ……」


「……えっ!?」


 母は一瞬固まり、俺と優を交互に見つめて……。


「ちょ、ちょっと拓也、こっちにいらっしゃい!」


 と、俺だけ別室(客間)へと連れて行かれた。

 うーん……やっぱりすんなりとはいかないか。


「……ちょっと拓也、本当なの? 優さん、妊娠させちゃったの?」


「えっと……そうみたいなんだ」


 俺のふわっとした言葉に、母は天を仰いだ。


「どうするのよ、あなたまだ高校生でしょう? 優さんと赤ちゃんの事、養っていけるの? 進学はどうするのよ」


「……優は基本的に江戸時代の方にいるし、今までだって高校に通いながら、向こうでは少しずつ事業を拡大できたんだ。大学に行っても、今後も同じように頑張るよ」


「頑張るって、そういう次元の話じゃないでしょう? 子育て、大変なのよっ!」


 ……確かに、そう言われると反論できない。子育ての本当の大変さは、経験がないので分かっていないのかもしれない。

 大学に行きながら、江戸時代での事業も継続しながら、子供の世話が問題無く出来るのか……。


「それに、優ちゃんのご両親にはどうやって説明するの?」

 と、母は取り乱したように聞いてくる。


 それだけ真剣に考えてくれているのだろう、俺もちょっと申し訳ないような気がしてきた。


「あの……私の両親は、泣いて喜んでくれました」


 と、いつの間にか客間の前には、優とアキ、そして叔父が並んでいた。

 ずいぶん慌てていたせいで、扉も閉めていなかったのだ。


「そ、そうなの? もう、そちらのご両親にはお話しているのね……江戸時代では、本当に夫婦だったわね……ごめんなさいね、頭がついていけていないの……」


 母が混乱するのも無理はない。

 俺と優が結婚したと言ったって、こっちではなんの手続きもしていないし、式だって挙げていないのだから。


「……でも、私からみれば拓也はまだまだ子供だし……優ちゃんはすごくかわいらしいし、拓也のお嫁さんにはもったいないぐらいだけど……その、拓也が父親になるなんて……こんな頼りない息子なのに……」


 やはり、明らかに狼狽している。

 まあ、これが普通なのかもしれない。


「……いいえ、拓也さんはもう本当に立派な大人ですよ。お義母様に見て頂こうと思って、みんなで撮影した『しゃしん』、持ってきました」


 優はそう言って、ちょっと大きめの集合写真を母に見せた。


「……これって……真ん中に写っているの、拓也よね? あと、優ちゃんと、凜ちゃん、ナツちゃん、ユキちゃん、ハルちゃん……ほかにもいっぱい……みんな着物着てる……」


「このお侍が、源ノ助さん。こっちが、鰻料理店を任せている良平、梢の夫婦。これが天ぷら『いもや』のお鈴さん、その娘のヤエ。それと、この二人と同じ『女子寮』に住んでて、縫製の仕事をやってもらっているお梅さん、桐の姉妹と、こっちが玲。その隣が、『前田美海店』を手伝ってもらっている涼と、お蜜さん。あと、この六人が、女子寮『二期生』の、静、沢、里、咲、杏、桜。あと、時々仕事を手伝ってもらっている、普段は海女のミヨがこの子だよ」


「……えっと、たくさん写ってるわね……女の子が多いみたいだけど、これって……」


「全員、拓也さんに雇われている、従業員ですよ」


 優がごく普通にそう話した。


「……ええっ、ちょ、ちょっと……拓也、あんたこんなに人を雇っているの?」


 母は目を見開き、驚愕の声を上げた。


「うん、向こうでは一応、それなりに商人として認められつつあるんだ……その証拠に、ほら」


 と、今度は『前田未海店』に客が入りきれず、店の前に行列が出来ている場面の写真を見せた。


「これ、料理はナツ、ユキ、ハルの三姉妹が作っているんだ。昼の忙しいときは、いつもこんな具合に行列が出来るぐらい人気になっている。あと、こっちが『前田妙薬店』の写真。この店も、忙しいときは店の外にお客が溢れるよ。立ち上げの時、母さんにも薬の選定とか、手伝ってもらったよね?」


「え、ええ……何回か優ちゃんに持っていってもらったけど……えっと、実際に売っているのは凜ちゃんなのよね?」


「そうだよ。彼女に切り盛りしてもらっている。すごく繁盛しているし、阿東藩の人々の健康促進にも、とても役立っているんだ」


「……すっごーい、お兄ちゃん……江戸時代じゃ、いっぱしの商人なのね……」


 と、アキが珍しく俺のことを褒めてくれる。


「……いいえ、これはほんの一部です。他にも、『前田湯屋』という、こちらの世界で言う『銭湯』も経営されていますし、先程の『女子寮』も運営されていて、さらには絹糸を生産する『養蚕事業』も始められています。今や、阿東藩ではその名を知らぬ人はいない、三大商人のお一人なんですよ」


 ニッコリと、優は微笑みながらそう言った。


「それに、私達の時代では、子育ては女の仕事です。私だけじゃ頼りないかもしれませんが、姉も、ナツちゃん、ユキちゃん、ハルちゃんの三姉妹も、今ではひとつの家族です。みんなも子育て、協力して頑張ろうって言ってくれていますから、拓也さんには、安心してご勉学とお仕事に励んで頂ければ、私達としてもとても嬉しい事です」


 ……その言葉を聞いて、俺としても胸が熱くなる思いだった。

 そっか、優だけでなく、みんなも……俺の事、応援してくれているんだ……。


「……あと、母さんに見せてあげられていなかったから……」


 と、俺は、目に涙を浮かべ始めている母に、一枚の写真を見せた。


 紋付羽織袴を着た俺と、白無垢の花嫁衣装に身を包んだ優。

 前田邸から満月をバックに撮った写真だった。


「うわあ、綺麗……」


 アキが、思わず嘆息の声を上げる。

 母も思わず、涙を溢れさせた。


「……本当に、優ちゃん、綺麗……拓也も格好いいわね……私、全然知らなかった……拓也、いつの間にかこんなに大人になっていたのね……こんなに大勢の人に支えられて、ちゃんと仕事もしていて……私なんかよりずっと立派。こんなに綺麗な優ちゃんをお嫁さんにして……それなのに、優ちゃんに子供が出来たってことだけ聞いて、驚いちゃって……ゴメンね、二人とも。拓也のこと、子供扱いしていた私の方がなんにも分かってなかったわね……」


 母の言葉に、俺も優も、そしてアキや叔父までが涙ぐんでいた。


「……そういえば、まだ言ってなかったわね。今なら、心から祝福出来るわ。拓也、優ちゃん……おめでとう」


 母は、満面の笑顔で俺達二人を祝ってくれたのだった。

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