第160話 叔父の反応

 それから約三十分後。

 叔父は車で我が家までやってきた。


 俺とアキ、そして優の三人で玄関まで出迎えると、彼は本当に興奮した様子で、俺に握手を求めてきた。

 そんなに喜んでくれるのか、と嬉しく思ったのだが、


「いやあ、本当に良かった。ひょっとしたら、時空を超えての妊娠は不可能なのではないか、と考えていたから」


 と、ちょっと不穏な事を言い出した。


 とりあえず、全員俺の部屋に集まって、叔父の話を聞くことにした。

 叔父の本職は大学の准教授。講義は慣れている。


「まず、さっき俺が話した、『時空を超えての妊娠は不可能なのではないか』という仮説についてだ。これは、伝えられていなかったのは本当に申し訳ないと思っている。なにせ、この時空の矛盾に気付いたのは、つい三ヶ月ほど前の事だった。拓也と優君はもうずっと前に結婚していた。だから……言い出せなかった」


「……えっと、それってどういう事なの?」


 アキはまるで頭の上にはてなマークをいくつも浮かべているかのようだ。


「正確に言うと、『説明が成り立たない』ということだ……我々は、生まれた『時代』という属性を持っている。それは、例えば『性別』であるとか、『人間』という種族であるとかと同じように持って生まれたカテゴリーだ。そして、『ラプター』で時空間移動出来るのは、往復一時代につき一人のみ、という物理的制約が発生する」


 ……すでに全員、話について行けていない。


「……ようするに、現代から江戸時代に行けるのは拓也だけだし、その逆は優君のみだ。そして拓也は『現代』というカテゴリーに、優君は『江戸時代』というカテゴリーに属する。では、今優君のお腹の中に宿る命は、一体どちらのカテゴリーに属するのだろうか? 説明できるかね?」


 ちょっと得意げな叔父のセリフだ。


「……よくわかんないけど、優が江戸時代生まれだし、俺がその時代に行ったときに身ごもったんだから、この子は江戸時代の人間ということになると思うけど……」


 と、俺は思ったことを素直に話した。


「……なるほど、そういう解釈もあるな……」


 俺が即答したことが意外だったようで、叔父は明らかに動揺している。


「では、もう一つ問題がある。『ラプター』で時空間移動できるのは、基本的に一人だけだ。例外的に、体重が合わせて八十キロ以内ならば、『荷物』扱いで別の人間も移動させることができる。では、ここで問題だ。優君のお腹の中の子は、優君の『肉体の一部』なのか、それとも『別人格』なのか……実は、両方の性質を備えるのではないだろうか」


「……それで何か問題が?」


「いや、問題は無いのだが……時空間移動的に矛盾が生じる。『同一の肉体』かつ『別人格』……この場合、『一時代の往復移動は一人だけ』というルールに、どのように場合分けされるのだろうか? 説明できるかね?」


「……それもよくわかんないけど……生まれるまでは優の肉体の一部で、生まれた後は別の一人の人間になるんじゃないかな」


「……なるほど、そう言う解釈もあるな……」


 またも俺が即答したので、叔父は少し言葉に詰まっていた。

 変に理屈をこねなくても、俺としては感覚で答えただけなのだが……。


「要するに、何が言いたいかというと……君と優君の間にできた子供は、文字通り『時空を超越して』授かったのだ。もちろん世界初、だから歴史的快挙なんだ」


 と、叔父は目を爛々と輝かせている。


 なるほど、それなら理解できる。

 この子は……世界初の、特別な子供なんだ。


「でも、私はこの子は、そういう星の下にできた運命の子なんだと思うよ。時空の神様に愛されて授かった、特別な娘……」


 アキが満面の笑みでそう話してくれる。


「ああ、きっと母親に似て美少女になるに違いない。間違っても拓也には似るなよ」


 と、叔父も笑顔で、優のお腹に向かって語りかけた。


「……いえ、きっと拓也さんに似て、優しくて、思いやりのある娘になるに違いありません。そこにいるだけでみんなが笑顔になる、そんな、幸せを運んでくれる女の子に……」


 と、優がそこまで話したときに、みんな、はっとある疑問に気付いた。


「……どうして私、お腹の中の子が女の子だって思ったのかしら……」


 優は不思議そうに首をかしげる。


「ああ……なぜか俺も、そう思ってしまっていた……」

 叔父も同様だ。


「本当……なんでかな。でも、優さんがあまりにかわいいから、自然にそう思ってしまうのかもしれないね」


 アキもちょっと不思議そうにはしてたが、それほど問題にはしていない。


「なんでだろうな……性別にはこだわっていないはずだったけど、俺にも今、確信めいたものがあった……この子は、女の子だ……俺、将来嫌われたりしないかな……」


 ぼそっとつぶやいたその一言に、一呼吸置いて、俺以外の全員が大笑いした。


「今からそんな心配してどうする。それよりも、一家の大黒柱として、生活を安定させることを考えろ。お前の場合は江戸時代でそこそこ成功しているようだから問題ないと思うかもしれないが、現代ではまだ高校生だ。その年で父親なんて、本来は早すぎるんだぞ」


 と、めずらしく叔父がまともなことを言ったものだから、俺は反論できなかった。


「……それにしても、拓也に先を越されるとはな……しかし、時空を超えて子供を作ることが可能と分かったんだ、俺も……」


 と叔父はそこまで口にして、みんなから注目されていることに気付いて咳払いでごまかしていた。


 と、そこで玄関のチャイムが鳴った。


「ただいま、まなぶが来てるのね。何かあったの?」


 良く通る声。


「お母さん、帰ってきた!」


 アキはダッシュで玄関に向かう。


 やれやれ、また大騒ぎしそうな人物が一人増えたか……。

 それでも俺と優は、手をつないで幸せを感じていたのだった。

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