第144話 緊急会議

 その後、俺と優、凜、ナツ、ユキ、ハルの五人は、囲炉裏部屋で緊急会議を開いた。


 もちろん、議題は俺が涼姫への婿入り候補として名乗り出る、と宣言した事についてだ。


「……私としては、逆に一度、拓也さんが涼姫に断りを入れていたということが驚きでしたし、可哀想に思いましたわ。そこで受け入れていれば、こんな面倒な事にはならなかったかもしれませんのに」

 と、半ば呆れたように話す凜。


「いや、だって商人としての今でさえ、みんなの生活を考えたら、失敗できないっていう思いで大変なんだ。そりゃあ、藩主になったら、もっと女性の立場の向上とか、産業の発展とか、改革に取り組みたいことはたくさんある。でも窮屈な生活になるだろうし、今よりもずっと悩まなければならないことも多いだろうし、まあ、ぶっちゃけ不安だらけだよ」


「……でも、今回はそれでも、お涼ちゃんが、やっつけで決めたような方を婿に迎え入れることが堪えられなかった……そういうことですね?」


「ああ……それに、別に婿入りしたからって、すぐに藩主になる訳じゃないし……」


「え……そうなのか?」

 ちょっと意外そうに声を出したのは、ナツだった。


「ああ。だって、今の藩主様は現役なんだ。五十歳近い歳だけど、まだまだ元気だし。そもそも、俺は藩の運営なんかまったく知らない素人だ。あの方からいろいろ学ばないといけない事は多い……まあ、最低でも五年……いや、十年は修行しないと」


「十年? 藩主って、そんなに修行が必要なのか?」


「そりゃあ、そうさ。だって、領民の生活がかかっているんだから、おかしな統治なんかできないだろう? 一生懸命勉強しなきゃ……」


 と、ここでナツ、ユキ、ハルの三姉妹が、ぽかんとした顔つきになっていることに気付いた。


「……ひょっとして、三人とも、藩主がそんなに大変じゃないって思っていたのか?」


「あ、ああ……いや、私達はこれでも、武士の娘だったんだ。といっても、一番下っ端だったけど。そこで父上の普段の話から、藩主様っていうのは家柄で決まるものだ、もっと言えば藩主になれるのは藩主の息子だけだって言われていた。逆の言い方をすれば、藩主の息子でさえあれば、藩主になれる。もちろん、それなりに教育は受けるんだろうが……それにお殿様っていうのは、もっと華やかで、よく花見なんかしている、優雅な生活だと思ってたから……」


「……まあ、そういう文化的な一面もあるだろうけど、俺の知っている現藩主様はそれだけじゃない。ちゃんと民の事を考えて統治を行っている。ただ、『もう少し優秀な家臣がいれば、いろいろ任せられるんだが』って悩んではいたようだけど」


「……なるほどね。それで拓也さんに目を付けた……それで家臣どころか、婿入りさせて次期藩主様にしようと考えた……もちろん、拓也さんのおっしゃるとおり、何年かの修行は必要でしょうけど」


 凜が深く頷く。


「……やはり、すぐに藩主様になれるわけではないのか……」


「ああ。その上、藩主はさっきナツが言ったような華やかなことばかりじゃない……っていうか、逆に面倒なことばかりだ。参勤交代で、一年ごとに江戸とこの地を行き来して、住居を変えないといけないし」


「えっ……それじゃあ、ひょっとして……ご主人様、藩主様になったら、丸々一年会えない年があるんですか?」


 ハルが、泣きそうな顔でこちらを見つめている。


「うん、まあ……俺は『ラプター』があるから、こっそり帰って来るけどね」


「……よかった」


 これは裏ワザだけど……ハルが安心したようなので良しとしよう。


「他にも、将軍様への謁見とかもあるだろうし……まだ何か決まった訳じゃないけど、いまから身震いするような責任を感じているぐらいだよ」


「……確かに、いろいろ面倒なんだな……私は、雲の上の存在で、憧れでもあった『藩主様』にタクヤ殿がなるっていうだけで、大出世だと舞い上がっていたが……これは私も、気合いを入れて貴方の役に立てるように頑張らないといけないな……」


「ナツ、その気持ちだけで嬉しいよ。君達に何か大きな負担をかけることにはならないだろうって思っているけど、それでも、何か生活に変化はあるだろう」


 俺の真面目な言葉に、みんなも真剣に考えを巡らせているようだった。


「……あの、ちょっと気になったことがあるんですが……」

 今まで黙っていた優が、初めて話した。


「ああ、何?」


「拓也さんの世界では、阿東藩は、江戸幕府が新しい『せいふ』という組織に変わるまで、ずっと存続していたと聞きました。その後も、現藩主様の『郷多部』家はずっと繁栄してると」


「……そういえばそうだな。少なくとも『松丸藩』に併合されるなんてことはなかった……ということは、誰か有能な人が涼に婿入りしたのか……」


 嫁達の顔が、緊迫したものに変わる。


「いや、俺がこの世界に来たことによって歴史が変わってしまっているのかもしれないけど……確かに、そこは気になるところだ。俺なんかよりも、藩主としてもっと適任者がいるのかもしれない」


「……そんなあ……タクがお殿様になると思っていたのに……」

 ユキはちょっと泣きそうだ。


「いや……これはかなり重要な事だ。一体誰が婿入りしたのか、そしてその人は、今挙げられている候補の中に存在するのか……調べてみる必要がある。場合によっては、どちらが藩主として適任なのか、そして涼の婿としてふさわしいのか、今の藩主様や彼女自身に、特に慎重に判断してもらわなければならない……阿東藩存続のためにも、この調査は必須だ」


 全員、ちょっと悲しそうな表情になってしまった。

 場合によっては、俺が藩主にならないというのもそうだが、涼もまったく別の男と夫婦になり、雲の上の存在に戻ってしまうのだから……。


 しかし、俺が余計な事をして阿東藩を潰してしまうようなことになったら取り返しがつかない。

 ここは慎重に動かなくてはならない。


「……みんな、いろいろ意見をくれてありがとう。俺の思いや、藩主になるということの大変さを伝えられたと思う。それに一つ、やらなければならないことができた。その意味でも、みんなと話し合いができて良かった。明日、現代……つまり三百年後の世界に戻って、ちゃんと調べてくる。その後、またみんなに結果を報告するよ」


 と、俺は明るく話したのだが……彼女たちは、なにか釈然としない様子だった。


 この夜は、ナツが『嫁』の日だった。

 彼女とも、二人だけで混浴はしている。


 彼女の引き締まった細身の裸体は他の娘には存在しない独特の美しさを持っており……いつもつい見とれてしまい、そのたびに

「馬鹿……じろじろ見過ぎだ」

 と注意されるのだが、それがナツとの混浴中のお約束になってしまっていた。


 他の子達とは違い、あまり甘えて来たりはしないが……それでもきちんと背中は流してくれるし、湯船に浸かっているときには、肩を合わせてきてくれる。


 そこでも、俺が藩主候補に名乗り出ると宣言したとき、どれほど嬉しかったか、ずっと語ってくれた。


 それは、俺に恩を感じていることもあるが、今ではこうして『嫁』の一人として接してくれていることが、やはり一番大きいのだという。


 自分の旦那が藩主様――それは、想像するだけで光栄であると同時に、身が引き締まる思いだという話だった。


 二人一緒に布団にくるまったときも、そんな話をずっとしていた。

 その中で、俺が一番嬉しかったのは、

「……私は、タクヤに惚れて良かった……」

 と、ぼそっとつぶやいてくれた事だった。


 翌日。

 俺は市立図書館を訪れていた。


 郷土の歴史については、ここに一通り詳しい資料が揃っている。

 まあ、さすがにそこに優や凜など、一般の民の事は載っていないだろうが、藩主の名前やその略歴は分かるはずだ。


 今までは、阿東藩は明治維新までずっと安泰に続いていることを知っていたので、あえて調べたりすることはなかったのだが。


 そして江戸初期からの資料を読みあさり、ちょうど三百年前の頃の記述に辿り着いた。


「えっと、『岸部藩』と『松丸藩』の併合……1721年だ。俺が知っている世界より、五年も後……ひょっとして、俺が金鉱脈を見つけたからか?」

 つい、独り言が口から出てしまった。


 本来、金鉱脈の発見は、藩の財政に大きく寄与するプラス要因のはずだった。

 しかし、岸部藩は幕府による視察の際に失態を演じてしまい、その採掘権を認められず、結果的に体力を落としてしまっていた。それが併合を早めてしまったのかもしれない。


 俺の存在が、歴史を変えてしまっている……そんな空恐ろしさを実感し、変な汗が流れた。


 しかし、それならば松丸藩からの『涼姫』に対するアプローチも、五年遅れるのではないか……そんな事を考えながら、ページをめくる。


「……あった……郷多部元康公の次に藩主となった人物……えっ……えええっー!」


 その驚愕の事実に、俺は図書館中に響くような大声を上げてしまった。

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