第122話 捜査開始

「そんな……命令って言われたって、俺、なんにもできないですよ?」

「……やっぱりあんたでも無理か?」

「はい、まだ盗まれる前ならともかく、後となると……」


 防犯カメラなんかない時代だし、警察の鑑識みたいなものだって存在しない。

 現場に残された匂いで犯人を追跡する警察犬のことが一瞬頭をよぎったが、連れて来られるわけもないし、仮に転送できたとしても使いこなす事はできないだろう。


 ポチを警察犬の変わりに……いや、もっと無理だ。

 こうなってくると、聞き込みとか、地道な捜査になるのだが……そんなの、阿東藩のお役人だってやっているだろう。


 となると、もう本当に手の出しようが無い。正式に命令を受ける前に逃げた方がいいか? ……いや、それではここの少女達に迷惑がかかってしまう……って、なんで俺が犯罪者みたいな心理にならなきゃいけないんだ?


 と、その時、番犬のポチがけたたましく吠え始めた。

「……来たみたいだな……俺は奥の部屋に隠れていることにするよ」

 言うが早いか、三郎さんはすっと気配を消した……さすが『忍』だ。


 ポチがうるさいので、とりあえず俺は玄関から庭に出て行った。

 見覚えのある人影……藩のお役人である『尾張六右衛門』様だ。

 心なしか青い顔をしている。

 俺はポチに吠えるのをやめさせ、彼を屋敷の中に迎え入れ、客間へと通した。


「……どうしたんですか、六右衛門様。顔色が悪いですよ」

「いや、大丈夫だ……今日、井原様や娘達は?」

「全員、町に出て行ってますよ」

「そうか、ならば安心だ……実は、とんでもない一大事が起きた」

 来た、と俺は思った。


「内密の話だが、二日前の夜中、『薬太寺』のご本尊が盗まれたらしい」

「……へえ、そうなんですか。大変ですね……」

「……驚かぬのだな……」

 と、六右衛門さんは少し呆れたような表情になった……なんかデジャヴ。


 彼は必死に、如何にこのご本尊が『薬太寺』、および阿東藩にとって大事な物であるか、しかもこの時期にそんな大事件が起きたと幕府に知られれば非常にまずいこと、などを延々と説明してきた。


「……そして我々としても何十人もの役人、果ては『忍』まで繰り出して捜査したという噂なのだが、なんの成果も上げられていない……そこで困り果てた御家老・杉村一ノ慎様が、『仙人と呼ばれる前田拓也殿に事件解決を一任しようではないか』とおっしゃったのだ」


「無理です」

 俺は即答した。

 六右衛門さんは泣きそうな顔になった。


「……まあまあ、話だけでも聞いてくれぬか? 無事事件解決の暁には、さらなる特権を与えようと考えておられるのだ」

「解決できるとは思いませんが……その特権、とは?」

「前田拓也殿に、妻・妾を複数、たとえ五人、十人であっても取らせる権利を与える、というものだ」

「……へ?」


「それだけではない。今拓也殿がされている新しい……女子寮と言ったか? あれも正式に認め、何人女子を集めても問題がないようにお触れを出す、とおっしゃられているのだ」


「……それじゃあ、今までは認められていなかった、っていうことですか?」

「いや……なんというか、曖昧だった。だから城内にも、『前田拓也は五人も妻を娶めとった上、今度はもっと大人数を一カ所に集めて、しかも自分以外の男子を立ち入り禁止にしているというではないか。贅沢すぎるし、けしからん』といった意見もあったのだ」


「……いや、それは誤解です。まあ、五人娶ったのは本当ですけど……特に禁止事項ではなかったはずですし、女子寮だって別に贅沢のためではなく……」

「分かっている、分かっているっ!」

 六右衛門さんは左手で俺の抗議を制した。


「今の意見は、前田殿に会ったこともない役人達の勝手な意見だ。俺は分かっている、拓也殿は働き口の少ない女子のために、仕事と住む場所を提供したに過ぎない。嫁の五人だって、身売りされそうになっていた女子達を助けたのだ。彼女たちもそれを望んでいた、それも十分分かっている。しかし、事情を知らない物達が、ひがみなのかどうかわからないが、問題視しているんだ……それは役人だけではない。そのことを、拓也殿も感じているのではないか?」

「はあ、まあ、確かに……」


 これは本当の事で、俺は女子ばっかり集めている不届きな仙人、みたいな噂も聞いたことはある。


「それに、嫁を何人も娶ってはいけない、という規則もなかった。そこで、今回の事件を無事解決したならば、それだけの特権を拓也殿に与えよう、というのだ。もちろん、藩内の他の町人は、これ以下の制限に縛られることになるが……嫁と妾、会わせて十人……いや、五人だって養おうとする者はおらぬ。女子寮を作ろうとする者だって同じだ。要は世間に、『前田拓也は藩に認められて、女子を集めている』とお触れを出す、ということなのだ」


「……なるほど、そういうことでしたら理解できますし、ありがたいです。でも、起こってしまった盗難事件の解決など、俺には……ちなみに、その話、断ったらどうなるのですか?」


「まあ……さっき言ってた逆の事になるな。つまり、『前田拓也は藩の一大事に何もせず、女子ばかり集めることに夢中になってけしからん』ということだ……最悪、なんらかの処罰も……」

「処罰!? そんなっ、それはあんまりですっ!」

「分かっている、分かっているっ!」

 六右衛門さんは再び左手で俺の抗議を制した。


「……だから、せめて最初っから無理と断るのではなく、せめて何かしらの行動を起こしてもらえぬだろうか?」

「……そういうことでしたら、何か始めてはみますが……ちなみにその話、藩主様はご存じなのですか?」


「いや……今は参勤交代で江戸に行かれており、不在だ。今回の件も、まだ耳には届いておらぬだろう。それで藩内のことは杉村様に一任されておるのだが、このお方がなんというか、無理なことをおっしゃる方で……」


 六右衛門さん、なんだかちょっと涙目になっている。ドラマでよく見る、現代のサラリーマンと似ている。いろいろあるんだろうな……。


「頼む、拓也殿、この通りだっ!」

 立ち上がり、頭を下げる六右衛門さん。


 少女達がセリにかけられたとき、早馬まで出して真珠買い取りの書状を届けてくれた、恩のある方だ。ここまでされたら、さすがに断れない。


「……わかりました。何ができるかわかりませんが、やってみます」

「おお、さすがは拓也殿だ、恩に切る! では、二つ返事で了承されたと言っておきますぞ!」

と、表情を明るくして帰っていった……これも軽くデジャヴ。


 なんかいろいろと納得がいかないことが多い。

 俺が今までにやってきたこと、藩の人に評価されていないのかな……。

 誰か理解してくれる人、現れてくれないかな……。


 少し間を置いて、三郎さんが奥の部屋から出てきた。


「結局、やるはめになったな……まあ、あんたらしい」

「いや、女性達に迷惑を掛けたくないというのもあったので……なるほど、『命令』っていう意味、分かりましたよ……」

「まあ、そう渋い顔をするな、俺も手伝う……まずは『薬太寺』に行ってみるか」

「そうですね……」

 俺達は早速、情報収集に乗り出すことにした。


『薬太寺』では、事前に役人から俺が捜査を行う旨が伝わっており、かつ、顔が知られていたので、お共の者、という設定の三郎さん共々、すんなりと通してくれた。


この寺は高野山真言宗で、弘法大師が彫ったという薬師如来像を本尊としている。


 まず山門をくぐり、百数十段の石段を上ると本堂に辿り着く。

 ここ以外に、大師堂、鐘楼、絵馬堂、十王堂、地蔵堂、さらに白亜の瑜祇塔ゆぎとうが存在する。藩内では『水龍神社』に匹敵する、規模の大きな宗教施設だ。


 本尊は堂塔の厨子ずしに収められ、通常、公開されていない。

 一応、警備はされていたのだが、四十歳ぐらいの副住職によれば、今考えれば甘かった、という話だった。

(ちなみに住職は高齢であり、今回の盗難事件のショックで寝込んでいるということだ)


 それでも、二十四時間体制で堂塔の入り口を二人体制で守っていたのだが、どこからか入り込んだ盗賊数人にいきなり襲いかかられ、声を出すまもなく猿ぐつわを噛まされ、目隠しをされ、縄で縛られて、朝、交替でやってきた仲間の住職に発見されるまでなすすべもなく震えていたという。


 堂塔の入り口の鍵は破られ、厨子は壊され、御本尊が奪い取られていた。

 犯人の姿は、その二人の警備僧が暗闇の中、ちらっと見たのみ。しかも、黒装束で頭巾を被っており、その正体はわからないという。


「……荒っぽいが、計画的で緻密な犯行だ。警備が手薄な時間帯、場所を把握していなければ、こう簡単に盗むことはできなかっただろう」

 と三郎さんが分析する。

 確かに、その通りで……しかも、なんの手掛かりも残していない。


 ちなみに、ご本尊の重さは約十貫だという。

 現代の単位に換算して、約37.5キログラム。これだと、もし見つけたとしても俺だとラプターで運ぶ事はできない。優ならば可能だが……いやいや、彼女をこんな危険な事に巻き込むわけにはいかないな……と、そんな事を考えているうちに、一人の僧侶が慌てて俺達のもとに駆け寄ってきた。


「あ、あの、大変です……今回の盗賊と思われるものから、ふみが届けられていましたっ!」

「なんだとっ! 見せてみろっ!」

 副住職が慌ててその紙切れを開いてみる。


「……三日後までに三千両もの大金を用意しろ、だと……」

 副住職の顔が青ざめた。


「やはりな……金目当てではないかと思っていたが。幕府による視察が迫るこの時期、一番金になりそうな物を狙ったということだな……しかし、これは逆に利用できるかもしれないな」


 三郎さんがニヤリと笑みを浮かべた。

 俺もうなずく。


 起きてしまった窃盗事件に対しては、三百年後、つまり仙界の道具も無力だ。

 しかしこれから起こる事象に対しては、準備を整える事が可能だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る