第121話 一大事

 もう少しこのご隠居様と話をしてみたかったが、お共の五助さんがやってきて、二人はこれで帰ることになった。


 去り際にご隠居様が言った、

「また近いうちにお会い出来るでしょう」

 という言葉が、妙に印象に残った。


 また、宮司様にご隠居様との関係や、どんなことを話したのか尋ねたのだが、事情により一切お話出来ないとのことで、ますます気になる存在となってしまった。


 新町通りに帰り、『夜の部』が始まる前の前田美海店で、ご隠居様のことを三郎さんに話すと

「推測だが、おそらくそのお方は、身分を隠した幕府の役人だろう」

 とのことで、驚いてしまった。


「俺もこの阿東藩に入り込んでいる他領の『忍』と思われる二人と接触を試みたのだが、やはり藩内をいろいろ調べているようだ。その調査内容というのが、どうやら幕府に対して何かやましい隠し事を行っていないか、不祥事がないのか、といった、いわば『阿東藩のあら探し』のように思えた。『人身御供』の真偽確認も、その一つのように思う」


「まさか……じゃあ、下手をすれば、そんな悪しき慣習で巫女が殺されるために監禁されている、なんて話になっていたかも……」

「そうだな。まあ、『命が奪われる事はない』と明言したんだろう? なら大丈夫だとは思うが」


「……やっぱり、もうすぐ幕府から役人が査察に来る、っていうのと関係があるんですか?」

「ああ、俺はそう睨んでいる。おそらく、表と裏から阿東藩の体制に問題がないか、確認しているのだろう。特にあんたはいろんな意味で目を付けられている。やましいところはないとは思うが、秘密を抱えているのも事実だ。かといって隠しすぎるのもよくないが……難しい立場になると思うが、まあ、査察が終わるまで問題を起こさないように頑張ってくれ」


 ……なんか、面倒な事になった。ただでさえ接待の準備で頭がいっぱいなのに。

 しかし、この時点ではそれが大した悩みでなかったことに、後で気付かされるのだった。


 二日後、三郎さんは早朝に『前田邸』を尋ねてきた。

 事前に連絡を受けていたので、俺も早めに時空間移動して待機していた。

 重要な話だから、自分達だけで話がしたいという。


 優を含む少女達が全員仕事場へと出勤した後、深刻そうな表情の三郎さんに、何があったのか聞いてみた。


「面倒な事になったようだ……ここから先の話は他言無用としてもらいたい」

 俺は無言で頷いた。


「二日前の夜中、『薬太寺』のご本尊が盗まれたらしい」

「……へえ、そうなんですか。大変ですね……」

「……驚かないんだな……」

 と、三郎さんは少し呆れたような表情になった。


「いえ、ちょっと驚いてますよ。あんな大きなお寺のご本尊が盗まれるなんて……」


『薬太寺』は阿東藩で一番大きなお寺で、『水龍神社』と並んで藩にとって非常に重要な宗教施設だ。

 他藩からわざわざ参拝に訪れる人もあるぐらいの、名の知れた寺院でもある。

 弘法大師が彫ったという薬師如来像が本尊で、確かにその価値は非常に高いということは分かるが……。


「まあ、あんたは元々仙界の人間だ。俗世の仏像が盗まれたと聞いても大して関心はないかもしれないが、俺達からしてみればかなり衝撃的なことだ」


 なるほど、確かにそうかもしれない。

 この時代、宗教……お寺や神社に対する信仰は、現代よりずっと強いものだったのだ。


「そうですね……自分達が檀家になっているお寺のご本尊が盗まれたんだ、それは大変なことです。大騒ぎになることでしょう」

「……ああ、それが公になればな。まだ薬太寺としてはその事実を公表していないし、するかどうかも分からないんだが……問題は、それがこの時期に起こってしまったということだ」

「この時期?」

「ああ。この前話しただろう? 幕府の役人と思われる者達が、阿東藩に問題がないか、密かに調査しているということを」


「あっ……」

 ここでようやく、俺としても非常に面倒なことになるかもしれないと悟った。


「阿東藩主である郷多部家と薬太寺の関連も深く、歴代当主の墓も存在している。歴史ある寺社で、歴代天皇が厄除け祈願のため勅使を下向させてもいる。そんな重要な寺社のご本尊が盗まれたと知られたならば、これはとんでもない不祥事だ。あんたが請け負ったという『接待』どころの騒ぎではなく……なんらかの処罰が下された上、金鉱脈の採掘権獲得の話だってご破算になりかねない」


 俺は、ごくりとつばを飲み込んだ。

「確かに……俺の認識が甘かった、これは大変な事だ……」

 誰も居ないと分かっていても、思わず小声になってしまう。


「ああ、その通り一大事だ……しかも、どこの誰が盗んだのか、何が目的なのか、皆目見当がつかないらしい。もちろん、ご本尊の在処も不明だ。俺達『忍』に解決の依頼が来たのだが、正直、お手上げの状態だ」

「……なるほど……これは困った……」


  俺としても、計画していた接待の内容を変更……いや、それどころか接待そのものが中止になりかねない。せっかく女の子達がやる気になっているのに。


「そこで、だ……正式には別途通知が来ると思うが、阿東藩としては、数々の奇跡を起こしてきた『前田拓也』に今回の事件の解決を依頼……いや、拒否されると困るので、何かしらの行動を起こすよう命令することになったらしい」


「……へっ?」

 数秒間、フリーズする。


「まあ、俺も協力するが……拓也さん、一番大変なことになったのは、実はあんただよ」


 ……えええええぇーーっ!!

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