第120話 ご隠居様と宮司様

 この日の夕方、俺は阿東領内の『水龍神社』を訪れた。

 巫女の『常磐ときわ』と『瑠璃るり』に貸与しているラプターに、異常がないか確認するためだ。


 彼女たちの部屋は神社敷地の中でもかなり奥の方で、建物自体が『離れ』になっている。


「あ、拓也様、ご無沙汰しております!」

 ちょうど、庭で掃除していた常磐が俺を見つけて、元気に挨拶をしてくれた。


「久しぶり。元気そうだね」

「はい。おかげさまで。……今日は優さん、いらっしゃらないんですか?」

「ああ、現代……仙界からいきなり来たからね。今の時間、優は食べ物屋の準備を手伝っているんだ。最近、いろいろお品書きを増やしたから、慣れていない部分もあって忙しくて……ところで、瑠璃は?」

「今、大事なお客さんが来ているとかで、宮司が対応しているのですが、そこでお茶を出したりと仕事に励んでいますよ」


「へえ……まだ十一歳の瑠璃が……」

「まだ十一だから、ですよ。この歳でも立派に仕事ができる、そういうところをお客様にも見ていただこうとしているのです」

「なるほど……瑠璃も立派な巫女、っていうわけだな」

「はい、その通りです」

 にこっと常磐は微笑んだ。


 以前より表情がずっと明るくなった。

 小柄で華奢な、満年齢で言えば十六歳の可憐な少女。

 前はどこかしら『影』があるようにも思えたが、今は本当に元気そうだ。


「じゃあ、ここは今、君しかいないのかい?」

「はい、私と拓也さんの二人だけ、です……」

 少し赤くなって、そんな言葉を口にする。


 ……ちょっとドキッとしてしまう。

 常磐は元々、リスのような小動物っぽいかわいらしさを持っている。

 小柄だけど、ちゃんと女性の体つきにはなっていて……。

 って、俺は何を考えているのだろう。俺は嫁を持つ身だし、彼女は聖職者だ。


 ドキドキを隠しながら、彼女の両腕のラプターをチェックする。そのためにはかなり近づいて、両方の手を取って確認しないといけないわけで……ますます鼓動が高まる。


 とりあえずラプターの表示に異常はなく、その旨を伝えたが、彼女は俺から離れようとしない。


「……拓也さん、実は私、ひとつだけ悩みがあるんです……」

「悩み?」

「はい……もし『人身御供』に捧げられて、そこで強制的に拓也さんの家に転送されて……そのあと、どうすればいいのかなって」

「……それは……そういや、後の事はあんまり考えていなかったな……」


「はい、それは私自身で考えるべきだと思っていましたし……でも、拓也さんが新しい仕事のために阿東藩の女性達を集められているとのお噂を聞いて……もし可能であれば、わたしもその一人に加えていただきたいと……」


「……なるほど、そういうことか。君さえ構わなければ、俺としては全然問題ないよ。まだ縫製、つまり縫い物の仕事はそれほど多くないけど、これから徐々に増えてくると思うし、飲食店の方もまた最近お客さんが増えてきたし……」


 まあ、問題は『人身御供』されたはずの常磐が俺のところで働いていたらどう思われるかってことだけど……結構距離が離れているし、化粧とかすれば他人のそら似でごまかせるかな。


「……でも、本当はそんな風にならない方がいいんだけどな……」

「はい、でも『人身御供』として価値が認められるのは二十歳台の前半ぐらいまでらしいですから、それが過ぎれば神社に残るか、別の仕事を探すか決めなければなりません」


「そういうことか……うん、その場合でもかまわないよ。俺がちゃんと成功していれば、だけど……」

「拓也さんなら大丈夫だと思います。あと、これも噂ですが、その店員の中から特に……」


 と、そこまで言うと、なぜか彼女は真っ赤になって

「……いえ、なんでもないです」

 と言うものだから……逆にすごく気になってしまった。


 と、その時、

「あー、仙人様ぁー、ご無沙汰してますーっ!」

 と、少し間延びした、聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、やっぱり瑠璃だ。


 それに宮司様と、あと見覚えのある老人……この前、『前田美海店』で接待の助言をくれた、綿問屋のご隠居様だ。


「これはこれは前田拓也殿、この場所でまたお会い出来るとは……これも定めですかの」

 と、ご隠居様は上機嫌で笑った。


 俺は驚いたのだが、よく考えればこの『水龍神社』は阿東藩における最大の神社で、観光名所でもあるから、彼がいる事自体はそんなに不思議でもないのかもしれない。

 しかし、なぜ宮司様と一緒にいるのか……。


「あと、そちらの方が巫女長の常磐殿か……なるほど、綺麗な娘さんだ」

「いえ、そんな……」

 照れ笑いする彼女。

 以前はもっと冷静な反応だっただろうが、この方が年相応の女の子らしい。


「ご隠居様、宮司様とお知り合いだったのですか?」

 俺は疑問を素直に質問した。


「いや、実際にお目にかかったのは初めてですが、ふみで参拝と、面会の許可をもらってはおりましたのでな。ちょうどいい、お二人……特に常磐殿に確認したいことがありましての」


「確認、ですか? はい、どのような事でしょうか?」

「いや、気を悪くせんで欲しいのですが……『日和野』という川に、この神社の巫女が『人身御供』として捧げられるという噂を聞いておりましてな」


 ……ご隠居様の言葉に、思わず俺と常磐は顔を見合わせた。

 さらに彼は言葉を続ける。


「しかし宮司様のお話では、それが行われていたのは十年以上も昔の話で、今では儀式自体が形骸化しており、少なくとも巫女の命が奪われるような事はないという……それは誠ですかの?」


 ……一瞬、ご隠居様の言葉と表情が厳しく、場が重くなった気がした。


 しかしそんな問いにも常磐はにっこりと微笑み、

「はい、巫女の命が奪われるような事はありません」

とはっきり答えたものだから……ご隠居様の表情も元通り、緩んだ。


「……なるほど、『人身御供』の候補と噂されている娘さん自身がそうおっしゃるのであれば、間違いありますまい。お二人とも、本当の事をおっしゃっている様にしか見えませんしな」


 ご隠居様はそう言って、高笑いした。


 ……この老人、一体何者なんだ――。

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