第123話 一網打尽

 三日後の夜。

 薬太寺側は、三千両を用意することを選択していた。


 金の受け渡し時に現れた者を捕らえ、御本尊の在処を聞き出すという案が当初検討されたが、さすがにそう易々とは事が運ばない。


 強盗団側は、

「阿東川の下流、母川との合流場所付近に丑の刻(午前二時頃)、小舟を派遣する。金は三人以内で持ってこい。また、受け渡しの時に残るのは一人だけだ。小船には、我々と直接面識のない船頭が一人乗っている。金を乗せたら、さっさと帰れ。もし、その時点で三千両が確認できなかったり、船頭に危害が加えられたり、小船を誰かが追ってくるような事があれば、仏像は砕かれ、焼き払われると思え。無事金が我々の元に届けば、仏像の在処は後日知らせる」


 と脅迫文をよこして来ていたのだ。

 薬太寺側としては、

「金は御本尊と引き替えだ」

 と主張したかったところだろうが、こちらから連絡を取る術がない。


 関係者で対応を協議したが、

「船頭を捕らえたとしても、おそらく次に荷物を引き継ぐ者の情報しか知らないだろう、結局は実行犯、そして仏像の在処まではたどり着けない」

 との結論に達していた。


 もちろん、金を渡したところで御本尊が帰って来る保証はない……というか、帰って来ない確率の方が高いだろう。いや、それどころか、もっと金を要求されるかもしれない。


 受け渡しの日は朔、つまり新月であり、真っ暗になるため、明かりをつけないと船の運行は困難だ。

 船頭からすれば、小船で追ってくる者があればすぐに分かるし、岸を走って追いかけるのはもっと困難だ。


 また、夜中であるため、さすがのオオタカ『嵐』も夜目が利かず、追跡は不可能。

 こうなると、もう打つ手がない……はずだった。


 しかし、三日も準備期間をもらっていたのは幸いだった。

 超小型の発信器、盗聴器を現代で準備し、こっそりと三つの千両箱に忍ばせることができていたからだ。


 ――三千両の受け渡しから、ほぼ丸一日が過ぎようとしていた。


 日和野川の下流、川原に建てられた小さな掘っ立て小屋。

 そこで三人の男が、寒さに身を寄せながら、何とか眠ろうと藁蒲団を被っていた。


「……なんだ、あの音……」

 三十歳ぐらいの小太りの男が、なにか奇妙な物音を聞いたような気がしてつぶやいた。


「……あの音って?」

 同い年ぐらいの、痩せた男がそう聞き返す。


「……聞こえねえか、なんか、鈴みてぇな音……」

「……そういやあ、なんか聞こえる……」


 ――チリーン、チリーン……

 最初は小さかった音が、徐々に大きくなっていく。


「……おい、平太、起きろっ! なんか変だっ!」

 平太と呼ばれた、まだ若く、小柄な男がたたき起こされ、様子を見てくるように命令された。


「おいらがですか……へい……でも、たかが鈴の音で……どうせ貧乏な坊主かなにかが、たまたまこの辺を歩いているだけで……って、こんなとこに来る奴、いるんですかね?」


「いいから、さっさと見に行けっ!」

「へっ、へい、すいやせん……」

 平太は、ぶつぶつ文句を言いながら、半纏を着て、念のため小刀を持って表に出る。


「……うっ……うわああぁ!」

 彼は大声を上げて腰を抜かし、その場に座り込んだ。


「どうした、何があった!?」

「ぼ、坊主が……あんなに……」


 小太りの男と痩せた男は顔を見合わせたが、『坊主』という単語に、大したことはないと考えたのか、太刀を持って二人とも勢いよく外に飛び出した。


「……う……うあああぁ!?」

「ひっ……ひいいいぃ!」

 両者とも、平太と同じように腰を抜かした。


 掘っ立て小屋の周りをぐるりと……百人近い人数の、錫杖しゃくじょうを持ち、深い笠を被った僧侶が取り囲んでいたのだ。


 錫杖を持った彼等がそれを打ち下ろすと、先程までとは違い、ジャリーン、という大きな音が四方から一斉に響き渡る。


 そして彼等は、声を揃えてお経を上げ始めた。

「……こ、こいつら……まともな人間じゃねえ……」


 青白い僧侶の影は、ゆらゆらと揺れており、わずかに空中に浮いているように見える。

 それなのに、一斉に読み上げるお経の声ははっきりと聞こえ……まるで三人を呪い殺さんばかりの迫力を帯びている。


 ――この仕掛け、実は以前叔父が六百年の世界で、やはり盗賊と対峙したときに使ったという手法を俺が真似たものだ。


 実際に薬太寺の僧侶に深い笠を被らせ、二十人ほど庭に並んでもらって、お経を読む様子をビデオ撮影した。

 それをこの場所に持ち込んで、小屋を囲むように映写機を五台並べ、生い茂った背の高い葦をスクリーンに見立てて投影したのだ。


 ……と、一人の僧侶がその中から歩み出てきて、笠を取る。

 するとその下には般若の仮面を被った顔が現れ、盗賊三人をさらに震え上がらせた。


「我らは地獄よりの使者。御本尊を奪い、さらには三千両もの金をだまし取った盗賊共を迎えに来た。これより、三人とも無間地獄へと向かってもらおう」


 無間地獄、と聞いて、盗賊達はさらに恐怖した。


「わ、我々はただ命令され、仕方なくそれに従っただけで……そ、その……三千両も、ここにはありませんし……」

「どこだ、三千両はどこに行った?」


「あ、あの……我々の上役が……ふ、二人で、今日の昼に運んで……」

「どこに運んだ?」

「わ、我々は聞かされておりませんで……」

 この言葉を聞いて般若の面の僧侶は、腰に差していた短刀を抜いた。


「ひ、ひいぃーっ、い、言います、言いますっ! 岸部藩の徒目付かちめつけ、大森宗輔様のお屋敷ですっ!」

 と、小太りの男は土下座しながらはっきりと答えた。


 やはり、と俺は思った。

 実は盗聴器から『岸部藩』とか『大森様』とかという単語は聞こえていたのだが、いまいち確証が持てていなかったのだ。


「……では、御本尊も一緒に運ばれたのか?」

「い、いえ、仏像は大切に保管しております……へ、平太っ! すぐにお持ちしろっ!」

「へ、へいっ!」


 平太は腰が砕けた状態で、這うように掘っ立て小屋の中に入り、なにやらごそごそと物音を立てた後……


「な、ないっ! ぶ、仏像が消えてるっ!」

 と、大声で叫んだ。


 ――実は御神体、既に回収が済んでいた。


 発信器の信号を元に、早朝にはこの場所を特定していた。

 三千両は一旦この小屋に運ばれた後、本物であることが確認され、昼間に盗賊達の内の二人が岸部藩へと金だけ運び出されていたのだ。


 また、盗聴器から聞こえる内容により、御神体がこの小屋の床下に隠されていることも把握していた。


 どうやって回収しようか、と俺と三郎さんが隠れて見張りながら相談していると、二人の盗賊が金を運び出した後、残りの三人は不用心にも小屋を留守にして、飯を食いに出て行ってしまったのだ。


 恐らく、無事金を回収したことで気が緩んだのだろうが……マヌケだ。

 まあ、彼等にとって重要なのは金であり、御神体はどうでも良かったのだろう。

 しかし、まだ今後利用価値があるかもしれないと思ったのか、はたまたバチが当たるのが怖かったのか、処分はしていなかったのだ。


 無人の小屋から、三郎さんが造作もなく回収。

 盗賊三人から更なる情報を聞き出し、懲らしめるために、こんな大がかりな舞台を日が暮れてから作ったのだ。


「……では仕方ない……やはり地獄に来て貰おう……」

 般若の面を被った僧侶……三郎さんが合図をすると、同じ格好をした数人の男達が一斉に飛び出して、あっけなく彼等をお縄にした。


 三人とも泣きわめいていたが、自業自得。

 最後に、やはり同じ格好をした俺が彼等の前に立ち、問いただした。


「お前達、この阿東藩でもう一つ罪を犯しているな……『前田拓也』という男の屋敷を襲い、破壊の限りを尽くしたのもお前等だな?」

「な、なぜ……それを……」


 そのセリフを聞いて、俺の推測が正しかったことを確信した。

 思わず殴りかかりそうになったが、それを三郎さんが制した。


「……こいつら、拷問の後に裁きを受ける事になる。あんたの恨みもじきに晴れるさ」

 その言葉に俺も幾分冷静になり、ただ静かに頷いた。


 そして彼等は、三郎さんの同僚である『忍』達により、連れて行かれた。

 なお、残りの二人はあえて泳がせ、岸部藩で黒幕もろとも捕獲する段取りだ。


「さすがだったな、拓也さん。あんたやっぱり仙人だ。こんなに見事に事件を解決するとはな」


「……いえ、俺はただ、仙界から便利な道具を運んだだけです。運もあった。何しろ、俺は『前田邸』を襲い、女の子達に怖い思いをさせた盗賊達を、今日まで捕らえることが出来なかったんですから……でも、ようやく終わった……これで悪い奴、一掃できるんですよね……」

 と、一息つく思いだったのだが……。


「……いや、まだだ。あんたは良くても、俺は納得できないことがある……あんたの待遇だ」

「……俺の……待遇?」


「そうだ。今回の一件にしても、あんたは本当にたいした奴だ。この藩の命運を左右するほどに……なのに、ただの商人扱いだ」

「それは……いえ、実際にただの商人ですから……それが覆るとも思えませんが」


「いや、そんなことはない。あんたは気付いていないかもしればいが、今、絶好の機会が訪れているんだ」

「……絶好の……機会?」

「ああ……ここはひとつ、俺に任せてくれ」


 三郎さんは俺に対し、トレードマークのニヤリとした笑みを浮かべた。

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