第六章 改革開始と未来無き巫女
第96話 劇的大改造!(前編)
阿東藩は山と海に囲まれ、阿東川という比較的規模の大きな川が存在し、その支流がいくつも流れている。
また、山間部には良質の杉の木が育っており、切り出した木材を運搬するための港も整備されている。
そして最近、金の鉱脈まで見つかっているのだ。
ただ、これはまだ埋蔵量の調査や採掘、運搬方法の検討中であり、ものになるまで数年はかかりそうだが。
これだけ見ると自然に恵まれた環境を想像するが、それでもあまり『豊かな藩』ではないことには理由がある。
まず最大の欠点が『平野部が少ない』ことだ。
海のすぐ近くまで山地が迫っており、稲作などに利用できる土地は少ない。
棚田を作って増産はしているものの、上流の河川水量の影響を受けやすく、効率が良いとは言えない。
また、川が多いということは、大雨時の氾濫被害もまた多いことを意味する。
昨年の大不作も台風により洪水が発生し、稲が流されたり、倒れてしまったことが原因だ。
交通の便が良くないことも不利な点だ。
東海道に比較的近く、人の移動がスムーズに行うことさえできばもっと賑わってもよさそうなものだが、そこにたどり着くまでの小道が細く、危険でもある。
特に最大の難所と呼ばれているのが、『七坂八浜』と呼ばれる海岸線だ。
砂浜部分もあるが、磯の岩場を超えなければならない箇所があり、そこが最もやっかいだ。
前回旅をしたときには好天に恵まれ、風もなく、波も穏やかだった。
その上、少女たちはワラジや足袋ではなく、現代から持ち込んだウォーキングシューズを履いていた。
それでも、岩と岩の間を飛び越えるような真似は危険すぎて出来ず、比較的隙間の小さい箇所を目指すと大きく蛇行する必要があり、無駄な時間を使ってしまう。
また、その蛇行の先端が波打ち際に近い箇所もあり、少しでも波が高いと水しぶきを浴びてしまう。
岩肌は濡れ、滑りやすく、フジツボがこびりついており、転んだだけで全身傷だらけになりそうな危険な場所だ。
こんなの、俺でもワラジだけでは歩きたくない。
(ワラジは紐で足首に固定するので、脱げやすいというわけではないが、それでも岩場を歩くのに適しているとはいえない)。
天候によっては通行するだけで命がけ……それが難所『七坂八浜』であり、この存在が阿東藩から東海道への往来を非常に不便にしているのだ。
前回の旅でも、かなり長距離を歩いた少女たち全員が異口同音に
「ここが一番怖かった」
と話していた。
そこで俺は、藩の役人である六右衛門さんにこの場所の改善を申し出たところ、一人の職人を紹介された。
彼の名は『吉五郎』、四十を過ぎた大工の棟梁だという。
彼の現在の職場である建築中の長屋を訪れ、『七坂八浜に木道を作る』計画を打ち明けたところ、鼻で笑われた。
「そんな海岸に木で小さな橋なんか作ったって、すぐに腐っちまうし、虫にやられてしまう」
というのだ。
そこで俺は、現代から持ち込んだ、まな板ほどの板きれを彼に見てもらった。
とたんに顔色が変わる親方。
「……なんだ、この板……こんな材質、見たことねえぞ……重いし、それにやけに固ぇ……」
「それだけじゃありません。たとえずっと水に浸かっていたって、何十年も腐ることはないんです」
そう、これこそがこの時代、日本には存在しなかった高耐久木材『ビリアン』だ。
『ビリアン』は非常に重く硬い木材で、絶大な耐朽力を誇り、全国各地のボードウォークや木道で資材として利用されている。問題は、この時代の人に受け入れてもらえるかだが……。
「……あんた、名前はなんて言うんだ?」
「前田拓也です」
俺の名前を聞いた吉五郎さんは、一瞬驚いたように目を見開いた。
「……なるほど、噂の仙人か……思っていたよりずいぶん若いんだな……けどあんた、こんなめずらしい材料を、どれほど揃えられるんだ?」
「時間はかかりますが……そうですね、今作っているこの長屋の材料分ぐらいは『七坂八浜』に運びこめると思います」
「この長屋分、だと?」
俺の言葉に、彼はさらに驚きの声を上げた。
それだけの資材を揃えるのも大変だが、それを現地に直接運び込む、というのだ。
「にわかには信じられねぇが……藩の役人さんまで来てるんだ、嘘じゃねえようだな……いいだろう、あと三日もすりゃこの長屋は完成する。その後で現場へ行って、どういう手順にするか話をしようじゃねえか」
「はい、ありがとうございますっ!」
こうして、その工事は藩公認の公共事業となった。
規模はそれほど大きくないものの、うまくいけば阿東藩発展のためには大いに役立ちそうだ。
吉五郎さんが了承してくれたことでとりあえず一安心したものの……それからの準備が大変だった。
まず、現代における建築資材『ビリアン』の手配。
吉五郎さんに見せるために持ち込んだ板きれ程度ならともかく、長屋を建設するに匹敵する資材となると、それだけで大事だ。
ここで助け船を出してくれたのが、最近多角経営に乗り出している『スワンプグループ』の大株主でもある羽沢一輝氏だ。
『スワンプグループ』は、ホームセンターも経営している。
そのルートを活用し、木材の大量一括発注が可能だったのだ。
羽沢氏自身が経営する大規模喫茶店の裏手、目立たない、それでも十分な空きスペースがある箇所に資材を運び込み、周囲から見えないようにブルーシートで目隠しした。
ここを現代での拠点として、俺と優が江戸時代へと一日数回、運び込む。
特に優は体重が軽いこともあり重量制限が緩く、俺の倍の荷物を運び込むことができる。
最近彼女は時空間移動に慣れたようで、『別の人を現代に運び込む』こと以外は、抵抗なくラプターを使用してくれるようになっていた。
ただ、時空間移動の瞬間は、大騒ぎになりかねないのであまり見られたくない。
そこでブルーシートで目隠しする、というわけだ。
同様の事を、江戸時代でも行う。
こちらではブルーシートだと目立つので、あえて地味な色のシートを準備した。
海岸の一角に資材置き場を用意し、シートでその存在を隠す。
そこに俺や優が、交替で資材を運び込む。
さらに念のため、三郎さんや藩の役人などが交代で見張り番をしてくれる。なんか、想像より大がかりになってきた。
数日後、長屋の建設を終えた吉五郎さんが来てくれて、既に相当量の資材が運び込まれていることに驚きの声を上げた。
そして磯の岩場を一緒に見て回って、木道が必要な場所と敷設、建設方法を検討する。
その後、一旦資材置き場に戻って『ビリアン』材を確認、その加工性を確認しようとして、匠は顔をしかめた。
「こいつはやっかいだ……固すぎる……」
それは俺も想像していなかった事態だった。
あまりに頑丈な資材である『ビリアン』、この時代のノコギリやノミでは、歯が立たないとは言わないまでも、固すぎて作業効率ががくんと落ちてしまうのだ。
こうなっては仕方がない。
あまり気乗りしなかったが……俺は現代に戻り、専用工具を揃えて帰ってきた。
電動丸ノコ、電動釘打機、チェーンソー、電動ドリル。
充電するための発電機も。
これらを目にするのはもちろん初めての吉五郎さん、俺が使用方法を実演、苦もなく頑強な材木を加工してく様子を見て、
「……あんた……本当に本物の仙人だったか……」
と目を丸くして驚いていた。
しかしここまではまだ準備段階。
実際の施工が始まると、次々と新たな問題が湧き出てきて、俺も優も吉五郎さんもその弟子達も、大いに苦戦することになるのだった。
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