第97話 劇的大改造!(後編)

 建築資材『ビリアン』は、丈夫であるがゆえに加工性に難がある。


 俺が現代から持ち込んだ電動工具が、はたしてこの時代の職人に受け入れてもらえるか心配だった。


 幸いにも、吉五郎さんは「新しい物好き」というか、そういう見たことも無いようなカラクリに対しても興味を示し、実際に手に取って使ってくれた。

 そこで鋭く指摘されたのが、これらの工具が『危険である』ことと、『細かい細工には向いていない』ということだ。


 電動工具はその刃先や先端が自動的に回転するため、力を入れずとも切れていく。

 それは『力加減』をしにくい、ということを意味し、つまりわずかな力で大けがをすることもあるし、また、微細な加工を施すような技術にも応用しづらい。


 とはいえ、大雑把に形を整えたり、穴を空けたりするのには重宝する。

 木材の加工技術を全く持たない俺は、ただ吉五郎さんに言われるがままに、さらに工具を追加した。

 そして彼が弟子達とともに、瞬く間にただの木材を木道施設のためのパーツへと変化させていく様子を、頼もしく感じながら見守っていた。


 現代から持ち込む『ビリアン』も、いくつかの規格ごとにサイズや形状が設定されていた。

 吉五郎さんは、同じ規格の資材ならば寸分の狂いもなく同じサイズで統一されて届くことに驚嘆し、仙人界の凄さを絶賛した。


 俺と優が、彼の言うままに規格を揃えて資材を運び込んだ事もあり、パーツ作りは滞りなく進み、十日もかからぬうちに実際に岩場への敷設作業へと移り始めた。


 しかし、ここである大きな懸念が発生。

 ビリアンの板をただ『つなぎ合わせて並べる』だけなら話は早い。

 しかしここは海岸、台風で天候が荒れた日などは、大波がかかる可能性がある。その場合、せっかく並べて置いた木材が流出してしまう可能性があるのだ。


 どうやって、岩場にこれらの木材を固定するのか。

 一般的な建築方法ならば、地面深くに杭を打ち込んでしっかり固定するところであるが、現場は磯の岩場だ。如何にビリアンが頑丈な木材とはいえ、打ち込むことはできない。


 そこで俺は、現代から『削岩機』を持ち込んだ。

 爆音と共に固い岩場に穴を開けるハンマードリルの威力に、匠とその弟子達は仰天。

 ますます『仙人』と崇められるハメになったが……実際のところ、俺は道具を揃えるだけで他には何にもできない。


 まあ、そのあたりは吉五郎さんには見抜かれていたが、彼は弟子達をやる気にさせるため、あえて俺を仙人として扱ってくれた。


 こうして、穴を開けた岩場に杭を打ち込んで砂利や砂を流し込んだが、それだけでは若干不安だ。


 そこでこれまた現代から、『インスタントセメント』を持ち込んだ。

 普通のセメントを使ってコンクリートやモルタルを作るよりは若干コストが高いが、今回はそれほど量を使う物でもないし、手軽さを優先した。


 水を入れて練って流し込んで放置すれば手軽に固まるその資材、これにも匠達は興味津々。

 これが大量に手に入れば、俺達だけでも城が築けると興奮していたが、それほどの量を俺や優で運ぶとすれば何年もかかってしまうだろう。


 ともかく、これで資材と工具は揃った。

 後は、匠とその弟子達に任せることにした。


 ――それから二十日後。


 この日、俺と優、そして凜さんが、『七坂八浜』を目指していた。

 ちなみに、薬屋の店番は新しく雇った女性(海女のミヨの母親)がしてくれている。


 天候は快晴。

 秋も深まってきていたが、この日はポカポカと暖かく、散歩日和でもあった。

 凜さんがこの海岸に来るのは、あの旅行以来初めてだ。


 俺と優が、藩や大工の協力を得て、この海岸で何かをしているのは知っていたのだが……。

 そして彼女はそれを見て、思わず一言つぶやいた。


「なんということでしょう……」


 今までの殺風景な磯の岩場には存在しなかった景色。

 磯を横断するように、真っ直ぐに伸びる木道。

 幅は一メートルほどとそれほど広くなく、一人が歩けるぐらいでしかないが……それでも、それが今までよりずっと歩きやすい『道』であることは明白だ。


 両脇には手すりも付けられ、よろけて落下することもない。

 岩と岩の隙間が大きく、飛び越えられなかった場所も、小さな橋のように丈夫な板が渡され、他の場所と同様に手すりが付いている。


 このために波打ち際まで蛇行する必要もなく、真っすぐに歩くことができる。

 少しぐらい海が荒れた日でも、台風の大波とかでないかぎりは、海水を浴びる心配もない。


 木道の全長は百メートルほど。その真ん中当たりに、向かってくる人とすれ違えるよう、幅を三倍ほど広くした箇所も用意している。


 今までは蛇行していた分、ずっと長い距離を歩かないといけない上、段差を超えたり、手を使ってよじ登るような箇所があったり、転ぶだけで大けがをしそうな起伏に富んだ岩場があったりと危険極まりなかった。

 それが、ごく普通に、まっすぐ歩くことができるようになったのだ。


 殺風景で恐ろしさすら感じられたこの磯に、暖かみのある木道ができている。

 華美でこそないものの、安定感のあるがっしりとした作りで、なんの怖さもなく安心して歩いて渡ることができる。匠とその弟子達の技によるものだ。


 凜さんは喜々としてその橋を向こうまで渡り、そして帰ってきた。

「これはすごいですわ。いままで向こう側に行く事を、何度ためらったことか。これなら本当に安心して渡れます。お客さん達の評判、嘘ではありませんでしたわ」


 凜さんの薬屋は、『腰痛や打ち身の特効薬がある』と、結構有名になりつつあった。

 その評判を聞きつけて、わざわざ他の地方から買い付けに来ている人たちがいるのだが……最近、この木道ができた事について、

「買い付けにくるのが凄く楽になった」

と大好評だったのだ。


 凜さんの喜んでいる様子を見て、一人の男性が近づいてきた。

 大工の棟梁、吉五郎さんだ。


「どうだい、俺達が作ったこの木道は」

「あなたが吉五郎親方さんですね……本当に、すばらしいですわ。この難所が、こんなに簡単に越えられるようになるなんて」

 凜さん、大絶賛。


「いやあ、その仙人様と天女様のおかげだよ。俺達はただ組み上げただけだ」

「いえ、俺達なんて本当に資材と道具を用意しただけで……」

 お互い、謙遜し続ける。吉五郎さん、いい人だな。


 そうこうしている間にも何人かがその木道を通行していく。

 もう慣れているのか、当たり前のように通行する者もいれば、初めて目にして驚き、多少戸惑いながらも渡ってきて笑みを浮かべる者もいる。


 従来の危険な『波打ち際』ルートを通行する人は皆無だ。

 心なしか、阿東藩にやってくる人が前より多い気がする。

 この時代、いや現代でも同様だが、道が一本使いやすくなるだけで通行量が大きく変わるものだ。


 俺も優も吉五郎さんも、満足顔だった。

 そうしている内に、若い女性二人組が、最初はちょっと躊躇ちゅうちょしながら木道を渡り始め、そして最後の方は普通に歩いてこちらに近づいてきた。


 若い女性二人だけ、という点がめずらしいのでみんなで渡りきるのを見ていたのだが……途中で俺の姿を見た、小さい方の女の子が、こちらに手を振ってきた。


「……拓也さんっ! 拓也さんですよねっ! お言葉に甘えて、阿東藩に来ましたっ!」

 俺の事を知っている? ……そういえば、二人ともどこかで見たことがあるような……。


 よく目をこらし、もう一人の女性がやけに色っぽい事に気づき、思い出した。

「桐、それにお梅さん。来てくれたんだね」


 二人は、『岸部藩』の樹海で宝探しをしていたときに雇われていた女性だ。

 阿東藩で出店を増やすにつれ、人が足りなくなってきていたので手紙を書いて誘っていたのだが、早速来てくれたようだ。


 木道を渡り切ってこちらに歩いてくる二人。何度か後を振り向いていた。

「……あの木でできた道、凄いですね。とっても歩きやすかったですっ!」

 うんうん、可愛らしく素直な桐の言葉が嬉しい。


 もう一人の女性、お梅さんはちょっと疲れた様子。相変わらず妖美な雰囲気を漂わせる美女だ。

 その彼女、俺達の様子を見るとちょっと笑顔になって、


「あら、拓也さん、こんな綺麗な女の子を二人も連れて……相変わらず、お好きなのね」

 と冗談っぽくつぶやいた。


 ……一瞬、空気がピリッと緊迫したものになるのを感じた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る