第95話 秘湯混浴ツアーFinal
今回の旅、最終目的地である富士山は、実はかなり早い段階から見えていた。
この時代は当然徒歩の旅だ。
見えているということはすぐにたどり着くと少女たちは考えていたようだった。
しかし、どれだけ歩いてもその姿が徐々に大きくなりこそすれ、一向にたどり着く気配がない。
そのうちに、当初は考えもしていなかった大きさになってきて……麓の温泉地にたどり着いた時には、その圧倒的なスケールと美しい姿に、全員驚愕しているようだった。
いくつかある旅の目的の一つ……この世界は広く、想像もしていないような景色が存在するという事実。それを、阿東藩の小さな地域から一歩も出たことのない(『明炎大社』と『現代』は除く)彼女たちに知っておいてもらいたかったのだ。
テレビなんかないこの時代、この経験は今後この少女たちの長い人生において、きっと役に立つと考えていた。
そしてこの日、贅沢にも早朝から、山頂付近が冠雪している富士山の全景を見ながら温泉に浸かっている。
貸し切りの露天風呂。俺と仲良く並んで入ってくれているのは、この日の嫁、優だ。
他の女の子達からは『くじ運が良すぎる』と若干ひがまれていたが。
今回の旅、少女たちの裸はもう見慣れているはずだが、この時間帯、朝日に照らされた満十七歳の少女の裸は、俺の目には眩しすぎ、また、刺激が強すぎでもあったので、あんまりじろじろ見たりはしないようにしていた。
その様子に、優も安心というか、あまり恥ずかしがることもなく、自然にすぐ隣で寄り添ってくれていた。
「……やっぱり富士山、大きいし、綺麗……」
「ああ……天気もいいし、この温泉からの眺めも最高だ。こんなの、現代でもなかなか見られないんじゃないかな」
「はい……それも、拓也さんとこうして二人きりなんて……贅沢すぎます……」
そう言って、いつも通り俺の肩に頭を軽く乗せてくる。
それだけで、この上なく幸せな気分になってくる。けど、どうしても確認しておきたいことが一つだけあった。
「優……俺の事、どう思ってる?」
「えっ? 拓也さんの事? ……もちろん、大好きですよ」
「あ、ああ……うん、俺も大好きだし、それは嬉しいけど、そうじゃなくて、なんていうか……俺の正体って、何だと思う?」
「正体……ですか……」
優はしばらく考えた後、口を開いた。
「拓也さんは、三百年の時を超えて来てくださった、『仙人』様です。そのすばらしい仙術で、窮地に追い込まれていた私たちを何度も助けてくださって……本当に私たちにとって恩人ですし、仙人どころか、神様のようなお方です。本当に、私たちは一生かけて、ご恩返しをしなければならないっていつも思っていて……」
優は、慎重に言葉を選びながら、俺への畏敬の念を示してくれる。
しかし、それは俺を満足させる答ではなかった。
なぜなら、俺は今回の旅で、まだわずかに残っている『彼女たちとの距離間』を、完全に無くしたいと思っていたからだ。
しかし、少なくとも優は、まだ俺を『超人』か何かだと思っている……。
なんとなく俺の表情が冴えないのに気づいたのか、優は言葉を止めてしばらく考え込み……そして、クスクスと笑い出した。
「……本当、お蜜さんの言葉って、よく当たるんですね……拓也さんは私たちが特別扱いすればするほど、気まずそうな顔をするって」
えっ?
「……今言ったのは建前……っていうか、ずいぶん前に考えていたことです。今、私たちが本音として思う拓也さんの正体は……あの、控えめに言いますから、怒らないでくださいね」
「あ、ああ、もちろん」
なんか急な話の展開についていけないが、本音というなら聞いておこう。
「今、私たちが考える拓也さんの正体は……あえて抑えて言うならば、普通の男の子です」
……へっ?
「確かに拓也さんは三百年後の世界からやってきました。そして数々の奇跡を起こしてくださいました……でも、それは拓也さんの能力というよりは、持ち込んだ便利な道具の力でした。それに、その時間を超える『らぷたー』も……実は拓也さんの叔父さんが作ったものでした」
うん、まあ、その通り……本当に凄いのは俺の叔父だ。
「でも、だからこそ……拓也さんが仙人や神様じゃない、普通の男の子だからこそ、私たちのために悩んだり、落ち込んだり、悲しんだり、涙を流してくれたり……一生懸命だったその姿に、惹かれていったんです。そして私こそ、本当に何にもできない女の子ですが……純粋に、そんな同い年の拓也さんの事を大好きになりました……この方と、一生一緒にいられたならば、どれだけ幸せだろうかと……これが……これが、私の本音です……」
彼女がそう言って、一筋の涙を流したとき……俺は心から、優の事をどれだけ好きだったか思い返し……俺も涙を溜めていた。
ああ、優は、分かってくれていた。
俺の本音を、理解してくれていた。
俺自身が、どこかにわだかまりを持っていたんだ……彼女たちは、俺の事を気に入ってくれているのではなく、未来からやってきた俺の、不思議な道具や知識に惹かれていたんじゃないかって。
でも、分かってくれていた。
俺が、実は何の能力も持たない……普通の男の子だって。
それを承知の上で、俺と一生、生活を共にしたいと言ってくれている……。
優は、満年齢で十七歳、現代ならば俺と同じ高校二年生だ。
凜さんは十九歳、進学していれば大学一年生で、ちょっとだけお姉さん。
ナツは十六歳、高校一年生。
ユキとハルは十四歳、まだ中学二年生だ。
全員十代、しかも相当な美形の……今回の旅だって、まるでアイドルグループの合宿旅行だ。
そんな彼女たちを、俺が一人で独占している。
それも、ついさっきの優の言葉で……俺が単なる普通の男子と知った上で、一緒に混浴までしてくれるほど仲良くなれている……それがどれだけ幸せなことか。
まあ、実際は混浴はおまけで、彼女たちが全員笑顔でいてくれるならそれで十分だが。
俺は、自分の本音が理解されていたことに、いつの間にか泣いてしまっていた。
その涙で濡れた頬に、優が、優しくキスをしてくれた。
彼女も泣いている。
俺はそんな優の事がたまらなく愛おしくなり……目を閉じた彼女に、唇を重ねようとした、そのとき。
「二人とももう、十分でしょう? 私たちも温泉、入りたいですぅー!」
二人があまりに雰囲気が良かったのをひがんだのか、後の四人が一斉に露天風呂になだれ込んできた。
俺と優は、顔を見合わせて苦笑い。それでもまあ、この雄大な景色、みんなで見た方が賑やかでいいか。
もう全員、まったく裸を隠そうともしない。
凜さんに至っては、まるで見せつけるかのように大胆に迫ってくる。
ナツ達三姉妹は、大パノラマで見える富士山の全景に歓声を上げ、見入っているようだった。
しばらくは思い思いに、ちょうどいい湯加減や景色を楽しんでいたが……。
凜さんが、
「じゃあ、始めましょうか」
と言ったとき、なにやらイヤな予感がよぎった。
そして不意に、背後からがしっと背中を抱き締められたかと思うと、次に両腕にも一人ずつ抱きつかれる。
「タクヤ、今日こそ覚悟してもらうぞっ!」
「なっ……その声、ナツかっ? 一体、何をする気……」
「タクッ、せいばいっ!」
「ご主人様、お覚悟を決めてくださいねっ!」
ユキとハルによって、腕が一本ずつ封じられている。
っていうか、みんな裸で俺に抱きついてきているんですけど……。
「……拓也さん、これが何か分かりますか?」
凜さんが、怪しい笑みを浮かべて持っているその茶色い小瓶。身動きが取れない俺の目の前にかざしてくる。
「……キンケル皇帝液ウルトラファイブスターMAXって……これ、至上最強って噂される精力剤じゃないかっ! なんでこんなものを凜さんが……」
「あら、拓也さんのお母様からいただいた荷物の中に入っていましたわ」
「なっ……」
絶句。
俺の母親はこんな物を実の息子に持たせていたのか。
「いや、この状況でそんなもの飲んだら、理性を失ってしまうっ! さすがにそれは飲めませんっ!」
俺がかたくなに拒むと、その答えを予期していたかのように凜さんがさらに微笑む。
すると隣に控えていた優が、その小瓶を受け取りキャップを開け、おもむろに口に含んだ。
「ゆ、優、よせ、そんなの君が飲んじゃいけないっ!」
俺が慌てて止める。
すると優はそのままゆっくりと近づいてきて、身動きが取れない俺の唇に、そっと自分の唇を重ね……そしてわずかな甘みと、かなりの苦みを含むその液体を、俺の口の中に流し込んできた。
彼女の大胆な行動に驚いたこともあったが、この状況でそんな風にされたら、なすがままその液体を飲み込むしかない。
おのれ、裏切ったな優!
刹那、かっと体が熱くなり、頭に血が上るのが分かった。
そして改めて現在の状況……全裸の美少女三人に抱きつかれ、さらにみんなに見られながら優にキスされた究極のハーレム状態である現状を認識し……パニックというか、なんか暴発寸前にまで追い込まれる。
「……あら、もう、こんなになって……」
なんか女の子達がのぞき込んで、キャアキャア言っている。
あの……これって、俺が望んでいた『完全に打ち解ける』とか、『普通の男の子として接してもらう』っていう次元を超えて……完全に『めずらしい生き物』扱いされている気がするんですけど……。
「では、トドメは私が……」
怪しい笑みのまま、凜さんが迫ってきて……。
「ちょ、ちょっと待っ……ひっ、ひいいぃー!」
富士山麓に、情けない俺の絶叫が響いた――。
こうして、『これまでの人生最大の羞恥と、想像を絶するめくるめく快楽を同時に』味わい、この旅のクライマックスは無事? 終了した。
あとで俺は『やり過ぎだった』と凜さんに抗議したのだが、
「だって、やめろっておっしゃらなかったから……」
と言われて、確かに止めなかった自分を恨んだ。
まあ、一部暴走した感はあったものの、結果的には今回の旅は大成功で、彼女たちは癒され、満足し、見識を深めることにもなった。
さらに、
「自分達はもう十分幸せになっているから、今後は拓也さんと共に、阿東藩の発展のために尽くしたい」
とも言ってくれた。
そして俺も、いろんな意味で吹っ切れることができた。
今回の旅から帰ってきたその翌日、彼女たちの故郷を少しでも良くするために、まず新しい食材の開発や小道の整備方法の確立など、小さな事から手を付けていこうと相談を行った。
そして後に『天女』と称される五人の少女たちと共に、結果として阿東藩の大改革に乗り出していく事になるのだった――。
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