第71話 冒険への旅立ち

「『五免の弥彦』の『五免』とは、『体術・剣術・技術・幻術・心術』の全てにおいて免許皆伝、つまり奥義を修得しているという意味だ。格闘能力、忍としての技、相手を惑わし操る力、そして精神的な強さにおいても一流だったということだ。もちろん、『山ノ城』はそのことを知っていて誘った。川田、つまり弥彦も当時は三十歳後半、既に『忍』としての第一線を退いていたこともあって、この話に乗ったのだろう」


「……そんなすごい人が仲間だったから、学者だったという『海原』もまた埋蔵金探しに参加した、ということですか……なるほど、確かに興味のわきそうな話ですね」

 啓助さんはめずらしく興奮気味だ。


「……なんだか、今の話を聞いていると、そのまんま今の拓也さん達三人の事みたい……」

 優がぼそっと感想をつぶやく。

「……そういえば、そうかもしれない」

 男性陣三人は互いに顔を見合わせ、苦笑した。


「……今から二十年以上前に、『山ノ城』『川田』『海原』も、こうして集まって、埋蔵金の在処を示す古文書か何かを広げて「これは信頼性の高い記述だ」とか、「いや、それは解釈の仕方がおかしい」とか、議論していたのかもしれない……それだけで楽しかっただろうな……」

 なんとなくその時の光景を思い浮かべ、素直にそう口にした。周りは全員笑顔で頷いてくれた。


「そして挫折、失望を繰り返しながらも核心に近づいていき、長い旅の末、ついに莫大な埋蔵金を見つけた……しかし、それらを正直に幕府に話すと、そのほとんどが召し上げられてしまう。かといってこっそりと自分達のものにするには、額が大きすぎた」


「そもそも、彼等は生活がそれなりに豊かだったわけですよね。そして『宝探し』に関わる冒険そのものが望みだったわけで、埋蔵金が見つかった時点で、夢が叶ったのかもしれません。そうすると、また別の野心というか、悪戯心というか、そんなものが芽生えた……そう考えられなくはないですね……」

 啓助さんはもし自分が同じ立場だったら、と想像しているようだ。


「そして十数年の年月をかけて、『宝探し』へと誘う舞台を用意した……俺達のように、その誘導に引かれて冒険を始める者を、あの世で酒でも飲みながら鑑賞するために」

 全くの想像ではあるのだが、ついその話の楽しさに、俺も興奮してきていた。


「けど、それだとなぜ『海原』には知らされず、『山ノ城』と『川田』だけで事を進めたんでしょうか。仲間割れした、とかでしょうか」

 啓助さんのその疑問に、今まで黙っていたお蜜さんが次のように話し始めた。


「……いいえ、そもそもさっきの話の中で、『海原は財宝を移動されたことを知らなかった』なんてことは出ていなかったでしょう? 実は『海原』も真相を知っていて、それで息子に話さなかったっていうことは考えられないかしら? その親子、仲があんまり良くなかったみたいだし」


「……仲が悪かったって……お蜜さん、どうしてそう思うんですか?」

 疑問に思ってそう尋ねてみると、

「だって、私、『海原』の息子さんに直接話を聞きましたから……」

 と答が返ってきた

 俺も啓助さんも、「えっ?」という感じで彼女を見つめた。


「『海原』は頭が良かったみたいですけど、息子さんは、なんていうか、少し乱暴で、短絡的なところがある人でした。私がちょっと色仕掛けというか、『女の武器』を使うと、真相をぽろぽろ話してくれましたし……父親が埋蔵金を見つけていたこと、何かの拍子に知ったみたいで、強引にその在処を聞き出したところ、その『人骨が大量に存在する場所』を話したのですって」


「……さすがお蜜さん、情報集めるのが早いなあ……だとすると、あまり仲の良くない息子に『そう簡単に宝を渡してなるものか』と考えて、手掛かりの一つを話すに留めた……まあ、想像でしかないけど、考えられる話ではあるなあ」


「でも……女の武器って……」

 そこが引っかかったのか、優が赤くなってお蜜さんを見つめている。


「あら、私これでも『忍』のはしくれだから……そうはいっても、『最後の一線』を超えたわけじゃないのよ。男はね、『おあずけ』にしているときが一番手なずけやすいの。もちろん、人によるけど……『海原の息子』さんには効果てきめんで、『人骨の山の場所』まで詳細に教えてくれたわ。後はもう用がなかったから、そのまま姿を消したんですけどね」

 怪しく微笑むお蜜さん。


 なんか、前にもそんな話を誰かに聞いたことがあるような気がするけど……くノ一、恐るべし。


「お優ちゃん、貴方すごく綺麗な顔立ちなんだから、私がそういう『女の武器』を使う技、教えてあげましょうか。私よりずっと優秀な『忍』になれるわよ」

「……いえ、私には、拓也さんがいますから……」

 優がさらに真っ赤になっている。もちろん、俺も困惑した。


「ふふっ、冗談よ。お二人があまりに仲がいいから、ちょっと意地悪言っちゃっただけ。でも、拓也さんをいろいろと喜ばせてあげる技なら、教えてあげることはできるわ。いつでも聞きに来てね」


 ……いや、そんなことを言われても、俺も優も返答に困る。

 三郎さんも啓助さんも、俺達二人が固まっている様子を、ちょっとにやけながら見ていた。


「ま、まあ、冗談はそのぐらいにして……その、今回の話って、どこかからの依頼なんですよね? 一体、依頼主は誰なんですか?」

 俺は強引に話を戻した。


「ああ、それだが……例によってその正体は明かせない。だが、これだけは言える……もし本当に三十万両もの財宝が見つかったならば、それは多くの人を幸せにするための財源となる」


「……多くの人を、幸せに?」

「ああ。それらはこの地方の港の改修や、用水の整備、堤の強化……そんな事業に使われるのではないか、という話だ」


「……それって、もしかして……」

「……その名前を口にすることはできない。なにしろ『幕府も探している』財宝なのだから、公になるとまずい。それに、本当に存在するのか分からない宝だけをあてにするような方ではないし、な……俺も確証があるわけじゃない」

 公言できない、というところに、俺はかえって真実味を感じた。


 俺のカンが正しければ、本当に三十万両見つかって有効利用されたならば、この藩はずっと豊かになり、そして身売りするような娘も激減するはずだ。


「……けど、今までの話、本格的に財宝探しに出かけるとなると、かなり長期間の旅になりそうだ……いくら『ラプター』で頻繁に行き来できるとはいっても、今まで以上に帰ってこられなくなるかも……」


「……拓也さん、もう問題ないんじゃないですか? 『前田屋』で必要なウナギは十分獲れるようになっていますし、鈴さんとヤエちゃんの天ぷら料理、天丼も好評です。人手は私たちだけでも余っているぐらいだし……ミヨちゃんも、海女さんとしてもう一人前です。そろそろ、拓也さん、自分のために時間と『仙人の力』を使っても、バチは当たらないと思いますよ」

 優が、にっこりと微笑みながらそう言ってくれた。


 それは、実は俺にとって意外な言葉だった。

 『仙人の力』を、誰かのために使っていたなんて意識は持っておらず……ただ、自分がやりたいようにやってきただけのつもりだったのだ。

 それが結果的に誰かを助けていた……そしてそろそろ自分のために使ったらいいのではないかと、優は言ってくれている……それがなぜか嬉しくて、少し涙ぐんでしまった。


「……わかった、優、ありがとう。どこまでできるか分からないけど、『山ノ城』たちが用意してくれた冒険の舞台に、挑戦してみるよ」

 俺はそう断言し、三郎さんも啓助さんも、協力を約束してくれた。


 ――この時点では、『山ノ城』『川田』の二人、もしくは『海原』を加えた三人が、見つけた財宝を分散して隠し、それを酔狂で後世の人間に『宝探し』させるように仕向けたのではないか、ぐらいにしか考えていなかった。


 大量の人骨、血文字、呪いの言葉の意味も、たんなる「虚仮威こけおどしにすぎない」と、そして『海原』の怯えようも、単に息子を怖がらせるための演技だったのではないか、と。


 そして最も重要な要素……『川田』、つまり『五免の弥彦』が現在行方不明であるという事実を、あまりに軽く考えすぎていた。それが後に、取り返しのつかない事態につながることになるなど、予想できるはずもなかった――。


 七日後、俺と三郎さん、お蜜さんは、山中奥深くに潜入していた。


『阿東川の最源流、泉湧き出る岩肌の側に生える、古い椿の木の下』に財宝の一部が埋まっているという情報を得ており、その発見のために旅をしてきたのだが、この深い木々の中、どちらの方向に進んでいいのかさえ分からなくなっていたのだ。


 そもそも、『阿東川の最源流』の位置なんて、正確にわからない。ただ川を遡っていくしかないが、いくつも枝分かれしているし、岩場や滝といった難所もあるし、途中で湿地帯となり、目指す目標そのものがなくなってしまうこともあった。


 そして今も、迷い、途方にくれている状況なのだ。

 しかしここで、俺はある『起死回生』の手段を思いついた。


 三郎さん、お蜜さんは『忍』であり、同時に『鷹匠』でもある。

 彼等が飼っているオオタカ『嵐アラシ』は頭が良く、主人の命令に忠実だ。


 ある程度の高度や範囲を指定して上空を旋回させ、そしていつでも笛により自分達の元に呼び寄せることができるという。


 そして『嵐』は放たれた……超小型カメラを首に取り付け、上空から阿東川源流を『空撮』するために。

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