第72話 天空の財宝
話はほんの少し前に
現在、財宝探しで目指すべき、つまり具体的に場所が特定できている箇所が三カ所ある。
一つ目が『人骨の山の場所』だ。
ここに財宝が存在しないことは既知の事実だが、やはり人骨が散乱している様子や『血文字で書かれている』という脅しの内容を、直接見て、かつデジカメで撮影しておきたい。
二つ目が、『海老ヶ池』という名の巨大なため池に沈むと伝えられる宝物。
そして三つ目が、『阿東川の最源流』に隠されているとされる財宝だ。
これらの情報は『海原の息子』が、『山ノ城』の遺言を手掛かりに、それなりに時間と人手を費やして入手することができたものだ。
しかしその見返りが現段階では少なく、大赤字となってしまっているという。
例えば、『阿東川の最源流』に関してを例に挙げると、その『情報』を取得するだけで相当苦労している。
まず遺言通りこの地方の河口近くに存在する、とある古井戸の底を調べるため、水を全部抜き取った(もちろん手作業)という。
そこには金属板が沈められており、引き上げ、そこに刻まれていた文章により次に捜索すべき場所のヒントを得た(この金属板そのものに銀が使用されており、硫化して黒くなっていたものの、財宝という扱いらしい)。
準備を整え、示されたその場所、阿東川上流の巨石が並ぶ渓谷地帯を十人がかり、一月かかってしらみつぶしに捜索、大岩の隙間に隠された目印を元にそこを掘り下げ、見つけた千両箱のような金属製の入れ物には、わずかな金塊と、またしても文字が刻まれた金属板、錠前の鍵らしきものが入っていただけだったという。
金属板の文字を解読し、ようやく次の財宝が『阿東川の最源流』に存在することを知った。
だが、その詳細な場所を特定ことがあまりに困難であるため、今はあきらめている状況だという。
『海老ヶ池』についても、一段階の宝物発見を経て場所の絞り込みができたものの、周囲四キロという溜池の規模に、探す気力を無くしたらしい。
この三カ所の『探索候補』のうち、『阿東川の最源流』を選択したのは、単にそれが一番近かったからだ。
なにしろ、『阿東川』そのものは『前田邸』のすぐ側を流れている。これを単純に川上へと遡っていけば、理論上は最源流にたどり着くのだ。
今回の探索は、三郎さん、お蜜さん、そして俺の三人で行く事になった。
啓助さんは自分の本来の仕事があり、参加できないのだが、『もし持ち運べないほどの財宝が発見できたならば、人を手配する』と冗談交じりに言ってくれているし、宝が見つからなかったとしても、人海戦術が必要な場合はあてにすることになるだろう。
優も、最初はついて来たがっていたが、忍であるお蜜さんのように身軽に岩場を飛び跳ねたりすることは無理だろう、と、今回は遠慮してもらった。
まあ、俺もそんなに身軽な方ではないが、一応男だし、靴やその他、それなりの装備も調えるし、まあ大丈夫だろう。
出発日の早朝は、俺達三人を、優、凜さん、ナツ、ユキ、ハルの女性陣総出でお見送り。
ユキもハルも、宝探しと言うことで相当うらやましがっていた。
実際のところは、俺はラプターの機能で二日に一回は帰って来るつもりだったので、ちょっとオーバーな壮行会ではあったのだが。
この時はまだ、彼女たちは期待に胸を膨らませていただけだっただろう。
俺もまた、『埋蔵金探索』という行動にちょっと興奮というか、期待でいっぱいだった。
――正直、考えてもいなかったのだ……彼女達五人が、財宝を巡るトラブルに巻き込まれ、全員行方不明になってしまうとは――。
阿東川は水量豊かで、阿東藩の農林水産業に多くの恩恵をもたらしているが、『大河』と呼べるほどの大きさではない。
全長は四十キロほど。ただし、その源流の標高は高く、千四百メートルほどの場所とされている。
標高がそこそこあるわりに距離が短いので、流れは急だ。
特に上流域では、いくつもの滝が存在し、また支流も多数枝分かれしている。
徒歩での旅でも、初日だけで中流部は抜けて、「九十九滝」と呼ばれる最初の難関にまで辿り着いた。
ここで夕方になったので、野宿のために俺が持ち込んでいたドーム型テントを設置。
実は俺もキャンプ気分でこの中で寝るつもりだったのだが、一応戸籍上『夫婦』となっている三郎さんとお蜜さんが二人きりで過ごしたいというので、邪魔者の俺は『ラプター』で現代に帰ってきて、自分の部屋でいつも通り寝た。
翌日、早朝にテントを張った場所に戻ってみると、もう二人は準備を整えていた。
特にお蜜さんは、昨日までの着物ではなく、覆面こそしていないが、いわゆる『忍装束』に近い格好となっており、「やっぱり彼女は本物の忍だ」と改めて実感させられた。
難所『九十九滝』、最初は相当苦労するかと思ったが、木々が生えた斜面となっていたため、登るにあたって文字通り『手掛かり』はそこそこ多く、なんとかクリアできた。
その後も湿地帯による水流の喪失、支流の枝分かれによるルートの迷い、千メートルを超える標高差の克服など、その都度苦労しながら登ってきたのだが、現在、どこに進めばいいのか、道を失ってしまっている状況だ。
オオタカの『嵐』は、超小型カメラの重量など全く気にする様子もなく、何度も何度も偵察飛行を行ってくれた。
この作業は二日かかり、『嵐』が帰って来る度にメモリカードを交換し、タブレット端末で確認するという作業を、ただひたすら、一日中繰り返した。
そして、その場所を見つけた。
それは、『崖』といってもいいぐらいの急斜面から、ぽこっと、はみ出すようにして存在している『棚』の様な土地だ。
広さは、十二畳分ぐらいしかなさそうだった。
下からは、その小さな土地がどうなっているか分からない。
崖の上から覗いたって、そこにどんな植物があって、水が湧き出ていて……なんて、確認しようがないような状況だ。
そしてその空間の崖側、つまり壁面からは、わずかに水が湧いているようで、それが周辺の木々に水を与えている。
その内の一つが、椿の木のようだ。
こんな場所、まともな方法ではまず見つけ出すことができない。春先なら椿の花が咲いていたはずなので、まだ少しは探しやすかったかもしれないが……。
余った水は斜面に流れ込んでいるようだが、そこはある程度草木が生えているため、水流はよほど近づかなければ確認できない。
まず、その急な斜面の下まで、全員が半日がかりで移動。
そこから三郎さんがクライミング開始。
さすが現役の『忍』、ロープを背負っていても全く問題なく登り切り、そしてそのそのロープの端を一番丈夫そうな木の幹にくくりつけた。
俺とお蜜さんはロープがあればなんとか登ることができた。
……その狭い空間から見る景色は、思わず声がでるほど美しいものだった。
周囲の緑濃き山々が、眼下に見える。
そのバックの空には、水色からディープブルーまで鮮やかなグラデーションがかかり、所々に白い雲がほぼ水平方向に見えるのが印象的だった。
けど、この平らな場所は狭い上に、すぐ下が崖のような急斜面であるために、正直ものすごく怖い。一般の人ならまず登って来られないだろう。
さて、その椿の木をよく観察してみると……その奥に、なにやら小さなほこらの様なものが見える。
岩を削り取ってぽっかりと空いた穴に、無理矢理詰め込んだような印象。大きさは、三十インチのテレビ画面ぐらい。小さな石像(仁王像)がおいてあり、よく見るとさらにその奥に丈夫そうな錠前がついた金属製の扉が存在してる。
全体的に古ぼけており、石像以外、何も飾られていない。
三人で話した結果、これはおそらく『偶然に』この場所を見つけた者が、勝手に扉を開けないようにこんな形にしたのだろう、こんなみすぼらしいほこらを壊したりする者はそういないだろうから、という結論に達した。
問題は、この錠前を開ける鍵だが……なぜかお蜜さんがそれを持っていた。
「『海原の息子』さんが、自慢げに私に見せびらかしてきたのよ。それで彼がお酒を飲んで、酔っ払って寝ている間に、持っていた粘土でその鍵の型を取って、それを元に作成したの。だからぴったり合うかどうか分からないけど……」
あっさり口にするが、そんなのお蜜さんしかできない『忍術』だ。地味に恐ろしい。
で、それを受け取った三郎さんが鍵穴に差し込もうとして、ふと手を止めた。
「この錠前、まだ新しい……たぶん、取り付けてから半年も経っていない……」
「えっ」と、俺もお蜜さんも驚いた。それが本当なら、半年前に誰かがここを訪れているのだ。
既にこの場所、誰かに開けられているのが、そうでないとしたら誰が、何のために鍵の付け替えを行ったのか……。
「五免の弥彦……」
三郎さんがそう口にして、何か考えていたようだったが、そのまま無言で鍵を差し込んだ。
ほんの少し、手首を回すと、カチャリ、と錠前が外れた。
それを取り除き、重そうな金属扉を、奥へと押し込んで空ける。
……あった。
千両箱ほどの大きさの、金属製の容器だ。
全員顔を見合わせ、微笑むと、三郎さんがそのまま両手を伸ばし、重そうな金属容器を引っ張り出した。
……一瞬、さらにその奥で、がこん、と何かが落ち込む様な音がした。途端に三郎さんの顔が引きつる。
「……罠だ……気を付けろ、何かが起きるっ!」
……と言われても、俺は何をしていいか分からない。ただ身構えていただけのそのとき、それは起こった。
突然響き渡る、けたたましい半鐘の音に、全員びくっと肩をすくめた。
火事の時に鳴らされる鐘の音を、もっと連続で、細かく、激しく叩いているような感じで、おそらく何らかのカラクリを使用しているようで、正確にリズムを刻み、長時間響き続けた。
その大音響は周囲の山々にこだまし、辺り一帯の鳥が一斉に飛び立ち、異様かつ物々しい雰囲気に包まれた。
そしてこれが、三十万両の財宝を見つけるために必要な三つの最重要アイテムの一つ『天の金版』を、どこかの探索者が手に入れたことを示すシグナルであったと、後になって知ったのだった。
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