第70話 もてあそばれた埋蔵金
ミヨが最初に小判を見つけてから、一週間が過ぎた。
見つかった小判の枚数は、五百枚近くになっていた。
現代では同じ場所で千枚以上見つかっていたので、まだたくさん存在するはずであるが、やはり素潜り、手作業では探索できる砂の深さ、精度共に問題があるようだ。
しかも、海女さん達に入ってくる収入は、見つけた小判の額面に対して一割に満たない。
それでも、海女さん達にとっては嬉しい臨時収入。一年分の稼ぎをこの短期間に儲けた者もいるという。
ミヨも、頑張った一人だ。
まだ新人で小柄な彼女の活躍を見て、ほかの海女さん達も嫌っていたフィンを使い始め、さらに回収作業がはかどったという話だった。
また、実は彼女たちが小判を見つけた場合、俺にも同額の収入となることが契約により保証されていた。そしてこのことを、海女さん達にも正直に話していた。
さすがにこれでは、苦労して頑張っている彼女たちに申し訳ない。全部とは行かずとも、半分ぐらいは還元しようと思っていたのだが、みんな
「そもそも拓也さんが場所を特定してくれなかったら、見つけられなかった」
と言って、受け取ろうとしない。その代わり、
「また儲け話、期待しているよ」
と、笑ってくれていたのが印象的だった。
海底の財宝引き上げ成功の報告は、すぐに三郎さんから組織の上層部へと伝えられた。
そこで「いよいよ前田拓也は本物だ」という話になったらしく……そして今日、大本命の依頼が来ることになっていたのだ。
時刻は昼前、場所は前田邸の客間。
今ここに、俺と優、そして三郎さんとお蜜さん、啓助さんが集まっている。
他の女性たちと源ノ助さんは『前田屋』の方に出向いていた。
「拓也さん、今回は見事な手際だったな。さすがとしか言いようがない」
普段クールな三郎さんが、めずらしく興奮して絶賛してくれた。
「私も驚きました。あの沈んだ小判のこと、噂には聞いていましたが、それを本当に引き上げるなんて……これまでも不可能と思える難題を次々解決していますし、やっぱり拓也さんは大物で、そして恐ろしい人だ」
啓助さんは言葉とは裏腹に、機嫌良さそうに笑顔を浮かべていた。
優はお茶やお菓子を運んだりと忙しそうにしていた。それを見かねたお蜜さんが、一緒に話を聞きましょう、と声を掛け、ようやく全員、腰を下ろした。
「……では、始めるとしようか。今回持ってきた依頼は、前も少し話したことのある『三十万両の財宝捜索』だ」
やはり、予想通りだった。俺も啓助さんも、ニヤリと微笑む。
ただ優だけが、俺が事前にちらっと話していたにもかかわらず信じていなかったようで、大げさに驚いていた。
「あんたたちも胡散臭い話だろうなと想像していると思うが……そうである部分と、そうでない部分が混在する。まずは『三十万両』とは何かという点だが……これは元々、どこかの戦国大名の埋蔵金だという話だ」
ほらきた、やっぱりこういうことだ。
埋蔵金というだけで眉唾物だが、『どこかの』とつけばもう信憑性ががた落ちだ。
「今まで得た情報から考えると、恐らく『豊臣の埋蔵金』の一部だと思われるが……まあ、これだけ聞いたら胡散臭いと思うだろう。だが、それを見つけた者がいるとすれば、どう思う?」
……へっ?
見つけた人がいるんだったら、それはそれで凄いが、俺達の出る幕はないんじゃないだろうか。啓助さんもきょとんとした顔をしている。そんな我々の様子を見て、三郎さんはフッと小さく笑った後、話を続けた。
「話は、今から約二十年前に遡る。仮の名だが、『山ノ城』という卸問屋の主人がいた。その店の規模は、『阿讃屋』と『黒田屋』を合わせたよりももう少し大きいぐらい。江戸で商売を始め、一代で富を築いたのだが、歳は三十代後半となっており、早々に息子に主の座を譲り、隠居生活に入っていた」
ふんふん、ここまではまあよくある話だ。
「山ノ城はそもそも頭がよく、行動派だった。だからこそ成り上がることができたのだが……そんな彼が憧れていたのが、いわゆる『埋蔵金探し』だ。元々その手の噂話や文献を集めていたこともあり、趣味と実益を兼ねて、宝探しに出かけたというわけだ……幕府にも認可をうけていたというから、本格的だ」
「幕府に許可? そんなことが……」
驚いて声を出したのは啓助さんだった。
「もともと商人としてそれなりの地位だったし、幕府としても万一宝が見つかればそのほとんどを得られる訳だから、多少の権限を与えることなどなんでもなかったのだろう。役人に賄賂を渡して取り入っていた節もあるしな」
「なるほど……」
「山ノ城には忠実な従者が二人いた。一人は、これも仮の名だが『川田』、もう一人が『海原』という者。川田はとくに体術に優れ、海原は知識豊富な学者だったという」
……山のお供が川と海、か。
「数々の苦難の末、彼等は三年後に本当に隠し財宝を見つけた。隠し鉱山の奥深くか、まだ知られていない巨大な鍾乳洞の底のどちらかではないかという事だが……その財宝が置かれた空間は、おどろおどろしい、恐ろしく異様な光景だったという」
「……異様、というと……」
少し声のトーンを落として、俺は尋ねた。隣の優も緊張の面持ちだ。
「恐るべき数の人骨が、手前に積み上げられていたという。そして『ここに隠された宝物に手を付けた者は、その家族、一族すべてを呪い、皆殺しにする』といった内容の文言が、人骨や壁面にびっしり血文字で書き込まれていたというんだ」
三郎さんのつぶやくような低い声に、優は小さく悲鳴を上げた。
「見つけた三人は怯えたが、とりあえずどのぐらいの財宝が存在するのかは確認してみた。ざっと見積もって、三十万両は下らなかったという。そう、三十万両という額は、ここから来ている」
……なるほど、そう聞くと具体的そうな話だ。でも……それならやっぱり見つかっているのでは?
「三人は、この発見をどうするか相談したという。しかし、見つけたことを素直に幕府に話したとしても、自分達に褒美として回ってくる金額などたかが知れている。そのために『呪われる』のはリスクが大きい。いや、こんな場所を見つけた、知っているというだけで命をねらわれるやも知れぬ。それならこのままにして黙っておこう、ということになった」
……まあ、趣味の延長で見つけた財宝によって命が狙われるのだと、割があわないな。
「そしてまもなく、三人は宝探しを中断、この件は闇に葬られるはずだった……ところがその十五年後、『海原』は病に冒され、死の間際に自分の息子に、この体験を全てバラしてしまったんだ」
「息子さんに……ですか」
「ああ。海原の息子は、怖い者知らずというか、無鉄砲というか……そんな『呪い』など全く気にしない性格だったので、十人ほどの仲間を引き連れ、すぐに隠し場所に向かったという。彼等は苦労してその場所にたどりついて、唖然とした。確かに父親の言うとおり、大量の人骨や呪いの文言は存在したが、肝心の財宝は忽然と姿を消していたというのだ」
「……ええっと……じゃあ、ひょっとして『山ノ城』か『川田』のどちらかが、財宝をこっそり持ち出した?」
俺はじれてそう尋ねたが、三郎さんに「まあ、順を追って話すから」と注意された。
「そう、海原の息子もそれを疑ったのだが、『川田』は数年前から行方不明になっていたし、『山ノ城』は父の主人であり、引け目もあってあまり強く問いただすことができない。それでも強気な彼は、『山ノ城』と二人っきりの時にそれとなく聞いてみたこともあったが、知らぬ、存ぜぬで押し通されたという。その『山ノ城』も、一昨年亡くなったのだが、家族が遺品を整理していたときにとんでもない遺書が見つかった……そこには、『自分と川田が共謀し、発見した財宝を、別の場所に隠し直した』と書かれていたのだ」
「隠し直した? ……一体、なぜ?」
啓助さんが身を乗り出して声を出した。俺も同じ気持ちだった。
「そこが不可解なのだが……遺書には、『このまま正直に宝が見つかったと幕府に話しても、ほとんどが召し上げられるに違いないから、この三十万両、場所を移して隠したままにする。手掛かりは残しておくから、お前達で探してみろ。俺は草葉の陰からその様子を見守ってやる』と書かれていたという。……この『山ノ城』という人物、相当酔狂で、天のじゃくな性格で有名だったらしい」
うーん……なんか変な方向に話が進んでいった気がする。
ちなみに『草葉の陰』とは、つまり『あの世』の事だ。
「ともかく、財宝発見から十年以上の間、『山ノ城』は『川田』と一緒に財宝の移動、そして数々の珍妙な仕掛けをあちこちに残したことになる」
「……なんですか、その『珍妙な仕掛け』って」
啓助さんがいぶかしげに問う。
「まず、彼は財宝の詳細な位置を『山ノ城極大判』と勝手に名付けた金の延べ板に刻み、これまたどこぞに隠したという。……もう分かったと思うが、『山ノ城』は本当の名前だ。そしてその『極大判』の在処を三枚の『金版』に分けて刻み、全て揃えねば『極大判』の詳細な位置が分からないようにして別々に、どこかに隠した。その『金版』の所在もまた、どこかに隠されていて……」
「……三郎さん、それって……キリがないんじゃあ……」
俺は呆れて口を開いた。
「そう、その通り。『山ノ城』に遊ばれている。今、ここで話している事も、彼はあの世から眺めてほくそ笑んでいるかもしれない」
俺も啓助さんも、優までもが呆れて物が言えない状態だった。
「そもそもこうなってくると、本当に三十万両見つけたのかどうかさえ怪しいのだが……彼の残した手掛かりを探していくと、ぽつり、ぽつりと財宝の一部が見つかる物だから始末が悪い。といっても、まだ三十両程度だが……」
「三十両? 見つかっているんですか?」
「ああ。地中に埋められた物もあれば、古びた神社の倉庫に預けられていた物もあった。それらには『次の宝』に関する記述が存在し、見つけた者は、またそれを追い求めるハメになる。だが、おいそれとは見つけられない場所にある」
「……本当に、亡くなった人に遊ばれていますね……」
なんか啓助さんの返事も投げやりだ。
「かなり重要な手掛かりが存在する場所も特定できているのだが、それは深い沼の底だったりする。我々では到底引き上げられない」
「……なるほど、そういうのは俺の出番になるっていうことですか……でも、『山ノ城』っていう人、結構な歳だったんでしょう? いくら時間を掛けたからって、そんなにあちこちに宝を隠せたのかな……」
俺にとってはゲームみたいで面白そうな話ではあったが、極めて信憑性に欠ける。
「ああ、それに関しては、『川田』の果たした役割が大きいと思う。これも『山ノ城』の死後に発覚した事実だが……『川田』の正体は『五免の弥彦』……我々闇の世界ではその名を知らぬ者がいない、『凄腕の忍』だった。最初に宝を発見できたのも、恐らく彼の活躍があったのだろう」
……三郎さんは冷静に話していたが、俺はますます頭が混乱し始めていた。
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