第69話 人魚
現代における阿東湾での探索では、最終的に一千枚を超える大量の小判が見つかった。
これは『歴史の教科書に載るほど』の大発見だという。
他にも相当重量の『銀』も引き上げられたが、残念ながらこちらは江戸時代と今では銀の価値がかなり異なる上に、硫化や損傷も激しく、小判ほどのプレミアム価格ではないようだ。
その小判にしても、引き上げメンバーが農林水産庁、帝都大学、テレビ局の合同プロジェクトチームということで、俺にも叔父にも『分け前』はほどんど期待できないという。
ならば。
やはり三百年前の海底に沈む小判を、自力で見つけるしかない。
江戸時代における財宝探索においては、有利な点と不利な点が混在する。
まず不利な点だが、やはりなんといっても『みなみ』のような最新の探索機器を備えた沿岸海域調査船が存在しないことだ。
俺が一回の時空間移動で持ち運びできる重量は最大二十キロ。これでは小型の金属探知機がせいぜいだ。
今回活躍した大型ポンプも持ち込むことができない。こうなると、やはり人の手で採集作業を行う必要がある。
逆に有利な点は、一つが『財宝のだいたいの存在位置』が分かっている点。
金も銀も比重が高いため、海流が激しかったとしても海底に存在する位置はほぼ変わらない。
なので現代で発見された場所を中心に探していけば見つかる確率が飛躍的に高くなる。
といっても、江戸時代ではGPSは使えないので、地形などである程度のめどを立てるしかない。
三百年の時間を超えると、やはりそれなりに岸の木々の生え方は変わっているが、目印になりそうな大きな岩などはそっくりそのまま残っている。現代から持ち込んだ写真を見ながら地形を比較し、半径二百メートルほどの範囲を絞り込み、くまなく探索すればなんとかなりそうだ。
有利な点のもう一つが、「余計な金属反応がない」ことだ。
現代と異なり、『空き缶』とか『不法投棄されたゴミ』なんかの金属がないため、金や銀のみに金属反応を示す可能性が高い。
しかし、いかに俺がスキューバダイビングで調査を行ったとしても、半径二百メートルの範囲の海底を金属探知機を持って片っ端から探索するのでは効率が悪すぎる。
そこで登場するのが、叔父と共同開発した『小型艇専用海中金属探知システム』だ。
名前だけ聞くと凄そうだが、たいしたことはない。
海中で使用できる小型の金属探知機は各社から発売されているが、それに樹脂でコーティングを施して丈夫にし、防水性の長い導線をつないで船上まで伸ばしただけだ。
これを海底に沈め、小舟でゆっくりと引きずり回す。
金属反応を感知すれば船上のパトライトが光と音を発して教えてくれる。
また、小型水中カメラも搭載しており、海底の様子も撮影される。
現代の高校は春休みに入っているので、俺は連日この探索に専念できた。
小型艇は、三郎さんと共同で例の「船外機付き」の小舟を使用。ゆっくりとした速度で対象範囲を行ったり、来たりを繰り返した。
船上にいるのは二人で、その様子を岸からのんびりと見守るのは優とお蜜さん。
休憩に戻ると、弁当を作ってきてくれていたり、飲み物を渡してくれたり。
天気も良く、和気藹々と楽しい感じ。
アキを探していたときは精神的に追い詰められていたが、今となってはそれもまたいい思い出であり、会話に困ることもなかった。
一日目は空振りに終わったが、二日目、早朝から早速金属反応を見つけた。
目印のブイを設置し、一旦岸に戻ってスキューバダイビングの準備を整える。
優はあらかじめ決めていた通り、自転車で海女さん達に知らせに向かった。
三郎さんはその間、見張り。
まさかとは思うが、俺達が宝を見つけた場合に『横取り』しようとする輩が現れないとも限らない。警戒するに越したことはない。
ウエットスーツに着替え、スクーバ・タンクを背負う。
足にはフィンを取り付け、颯爽と登場したその姿に、三郎さんは興味津々だった。
この装備で三十分以上海中に潜れることを伝えると、その時間の長さに三郎さんは驚愕していた。
二人で小舟に乗り込み、ブイの位置へと戻る。水深は比較的浅く、二十メートルちょっとだ。
万一のためにロープで船上に引っ張り上げてもらえるようにしている。
この時代では季節は初夏に差し掛かっており、湾内ということで水温もさほど低くない。
背中からざぶん、と海に飛び込んだ。
海中は、やはり現代と比べものにならないほど澄んでいた。
しかしこの阿東湾、砂地が多く、所々に突き出た岩がある程度。珊瑚礁や磯部のように魚たちが隠れる場所があるわけではなく、そのため海底にはナマコぐらいしか存在しない。
アワビや海草も採れないため、海女さんが普段、ここで採集を行う事はない。
ちょっと寂しい海中だな……と考えていた次の瞬間、直径数メートルはあろうかと思われる銀色の大きな固まりが、突然目の前に迫ってきた。
一瞬驚いたが……それはイワシの大群だった。
弱い魚はこうやって群れを作り、この静かな海中を旅しているのだ。
初めて見るその迫力に興奮しながら海底に到着、左手に装備した小型金属探知機を頼りに探索を勧める。
右手には、竹製の熊手を持っている。これで丁寧に砂地を掻き出し、傷つけないように小判を採取する段取りだ。
ぱっと見た感じ、むき出しになっている小判は存在しない。やはり去年の台風で海底がかき回され、砂に埋まっているのだろうか。
探索を初めて十五分、ようやく海底に持ち込んだ金属探知機にも反応が現れた。
そのポイントにマーキングとして、おもりのついたプラスチック製のフラッグを立てる。
そしてその周囲を熊手で掻きだしていると……上の方で、なにやら飛び込んだような音が聞こえた。
海面方向を見上げると……上半身裸で、腰巻きを身につけただけの女性が、勢いよく潜って来るではないか!
さすがにちょっと驚いたのだが、すぐに『海女さんが手伝いに来てくれたんだ』と理解した。
この海女さん達、去年もこうやって海に潜り、熊手で海底を探したという。
通常彼女たちが貝を捕っている海域より、水深が深い。そのため二人一組で小舟に乗り、おもりを付けて一気に潜り、息の続く限り海底を探索したらしい。
息が切れそうになると船上の仲間に合図を送って、体にくくりつけた綱を使って一気に引き上げてもらう。そんな過酷な作業を連日続けたという。
これは海女さんの中でも素潜りがうまい、ベテランでないときつかったらしい。
その探索範囲は阿東湾全域に及んだらしいが、さすがに無理だ。結局小判の一枚も見つけられなかったというが、それは仕方がないだろう。
だが、今回はかなり範囲が特定されている。
財宝が回収できればそれに応じた褒美がもらえるとあって、一目散に駆けつけたのだろう。
『磯メガネ』を付けているが、顔はなんとなく分かる。顔見知りの海女さんだ。
俺と目が合い、二人して笑顔を浮かべた。
だが、如何にベテランの海女さんといえども、何分も息が続くわけではない。
必死に熊手であたりを掻き回したが見つける事が出来ず、残念そうな表情を浮かべ、仲間に合図を送って一気に浮上していく。
数人が入れ替わりで次々と海底にやって来ては、また慌ただしく帰って行く。なんかにわかに騒々しくなった。
俺も負けてはいられない。
スキューバダイビングは一回の潜水時間こそ長いが、減圧症の予防のために水面近くで数分間待機しないといけないし、また、一度地上に戻ると三時間は潜水することができない。
それに対して素潜りでは減圧症の心配がないため、何度も潜ることができる。一日単位で考えれば、俺が絶対有利とは言えないのだ。
そんなことを考えると、目の前に、一際小柄な少女が舞い降りてきた。
彼女だけ、フィン、つまり足ひれを付けている。
細身の綺麗な裸の上半身もあって、一瞬、人魚かと本気で思ってしまったが……その愛らしい笑顔を見て、さらに驚いた。
この初春に海女ちゃんになったばかりの少女、ミヨだったのだ。
彼女だけ俺の指示を受け入れてフィンを装着し、誰よりも一生懸命に素潜りの練習をしていたと聞いていたが……まさかベテランの海女さんに混じって、この深い場所に潜ってきたとは。
彼女も熊手を持ち、海底を探し始めた。
そしてほんの二、三掻きしたときに、それは出現した。
俵型、薄く、黄金色。
一瞬舞い上がり、すぐに沈んだその物体に、俺とミヨは驚いて顔を見合わせた。
彼女がそれを拾い上げ、俺に渡してくる。
それを手に取り、まじまじと見つめて……間違いなく、それが小判であることを確認した俺は、笑顔で彼女にそれを返した。
そして早く持って上がるように、水面を指差した。
少女はにっこりと微笑むと、仲間に合図を送り、一気に上方へと引き上げられていった。
……そのほんの二分後、さっきの数倍の勢いで海女さん達が次々と飛び込んできた。
ミヨの小判を見てやる気を出したに違いない。
もちろん、お手柄のミヨも、彼女たちにしっかりと混じって何度も潜ってきた。
なんとなく、水上でどんな騒ぎになったのか想像できた。
その主役が、自分が世話し、成長した少女であったことに、感動というか、感激というか、たとえようのない嬉しさを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます