第65話 番外編:張り込み その①

 この日も、新米刑事『久米雅之』二十三歳は、小型乗用車の運転席から前田家の張り込みを続けていた。


「おまたせー。今日はたまごサンドに野菜ジュースよっ。特に変わったこと、ない?」

 明るく元気な声とともにコンビニのレジ袋を持って乗り込んできたのは、久米の先輩、小柄な女性刑事の『大島美香』だ。


 ここ数日、ずっと一人の少年の行動を見張っている。

 彼が何か犯罪を犯したわけではないのだが、


『1.彼の妹は三週間以上も行方不明だった』

『2.その妹が帰ってきた翌日、捜査本部にやってきた彼『前田拓也』は、事情を話している最中、いきなり捜査員の目の前から姿をかき消し、数分後に再出現した』


 という事実が存在し、上層部からその真相について納得がいく説明を求められていた。


 さらに

『3.最近、彼はなぜか毎日学校に行く前や帰ってきた後に「養鰻業者」に出入りしている』


 との情報がもたらされ、ウナギの値段が高騰している事もあり、その奇妙な『能力』を犯罪に使用したりしていないか、確認するという意味もあった。


 現時点では少なくとも法律に触れるような事はしていないようだが、彼の行動に不可解な点が存在する以上、万が一の犯罪を食い止めることもまた大事な仕事だ。


 また、『2』に関しては、もし『空間移動』が事実であるとするならば、犯罪発生時における『アリバイ』の考え方が根底から覆ることになる。

 どこまでが『上層部』の指示なのか分からないが、きっちり調査するようにお達しが出ていた。


 この件、大島がやけに乗り気で彼の『見張り』役を名乗り出ていた。

 捜査は基本的に二人一組。誰かがペアを組まないといけないということで新米の久米が担当となったのだが……まあ、若手二人に任せられるぐらいの、大した仕事ではなかった。


 大島は二十五歳で、刑事三年目。

 久米にとって先輩とはいえ、彼女の容姿は若々しくかつ可愛らしく、小柄な事もあって、同い年か、年下にすら見えた。

 きさくに話しかけてくれる人柄もあり、久米は、ずっと『一人の少年を見張る』だけのこの仕事でも、彼女とならば楽しいと感じていた。


 ただ、大島はそんな久米のことをただの『かわいい後輩』にぐらいしか思っていないようだった。

 また、事あるごとに少年の叔父である『氷川准教授』のことを楽しげに話すので、久米は『彼女は准教授に気があるのだ』と直感していた。


「……ねえ、久米クン……彼、本当に『テレポート』できると思う?」

「まさか……たしかに目の前から忽然と消えたときにはビックリしましたけど、テレビのマジックショーとかでも同じようなこと、やってるじゃないですか。何かタネがあります。少なくとも、超能力とかじゃないです」


「もちろん、私もオカルトめいた事は考えていないけど……何しろあの『氷川先生』がバックについているから……」

 また准教授の話か、と、久米は苦笑いを浮かべた。


 彼にとっては、大島がなぜ、その少年の叔父にあたる『氷川准教授』をそれほど評価するのか、いまいちよく分かっていなかった。


 たしかに、今まで警察の捜査に科学的な裏付けを行って協力してくれた人だし、『天才』とも「変人」とも評されるその突拍子もない発想に、彼自身何度も驚かされてはいたのだが……。


 しかしそれでも……『瞬間移動』や『タイムトラベル』が行えるなどとは、到底信じられない話だ。

 けれど、今見張っている少年の行動は、あまりに奇妙なものだった。


 なにしろ、ほぼ毎日、一キロほど離れた養鰻業者でウナギを買い付け、大きなクーラーボックスに数十匹単位で詰め込み、重そうなそれを持って物陰やトイレに隠れ、忽然と姿を消したかと思えば、数十分後には自宅から出てくるのだから……。


 やはり本当に先輩の言うとおり、彼には氷川准教授から提供されたテレポート能力があるのか……久米はそんな妄想を浮かべ、直後に『あり得ない』と頭を振った。


「……あれ? あの車……氷川先生が新しく買ったSUVよね?」

 大島が、前田家の前に泊まった車をめざとく見つけた。


「……本当だ。氷川先生が降りてきた……うん? 家の方からも、誰か出てきた……前田拓也と……女の子が、三人っ?」


「一人はアキちゃんだけど、あの着物を着てる二人は……うそっ、『幻の三姉妹』の次女、『ユウ』だわっ! それにもう一人は……写真でも見たことない子……左手、怪我してるみたいじゃないっ!」


「そんなっ……少なくともこの十日間、家族以外はあの家に出入りしていないはずなのにっ!」

「まさかっ……誘拐、監禁……虐待?」

 大島の声は、少し震えていた。


 氷川准教授、前田拓也、少女三人の計五人を乗せたSUVはすぐに発進し、久米達も後を追った。

 辿りついた先は、帝都大学付属病院。やはり、一番幼く見える少女はケガをしているようだ。


 大島は少し青ざめ、

「事件じゃありませんように……」

 と繰り返しつぶやきながらも、彼女のケガの状態や虐待の可能性、そして身元などを病院側から聞き出すべく、事務室を通して手続きを行っていた。

 久米は先輩刑事の手際の良さに感心しきりだった。


 やがて少女は治療を終え、五人が待合室で待機している。

 そして彼女の情報は、すぐに二人の刑事に伝えられた。


 ケガは、天ぷらの油を浴びた事による火傷で、全治は一週間ほど。

 ほかに傷やアザはなく、虐待の跡は認められないという。

 また、彼女の名前は『ヤエ』といい、戸籍情報は『不明』とのこと。


「戸籍不明って……どういうことですか?」

 久米が病院の職員に尋ねたが、


「氷川准教授は、『怪我をしている女の子を見つけたので病院に連れてきた。素性はよく分からない。母親とは連絡が取れないという話だが、女の子が勤務場所を知っているらしいので、あとで事情を説明して連れてくる』と話している」

 という事だった。


「……納得いかない、ですね……」

「ええ……ちょっと、見過ごせないわね……」

 二人とも、初めて問題が起きたことに懸念を示し、表情が険しくなった。


 そのうちに、五人は車に乗り込み、病院を出て市街地を走り、なぜか天ぷら専門店に立ち寄った。

 久米と大島も後を追い、同じ店に入る。

 そして障子を挟んだ隣の部屋で、指向性マイクを利用して、五人の会話内容を聞き取った。


「……なんか、普通に天ぷらの味の話、してますね……」

「ええ……いまのところ、和気藹々(わきあいあい)っていう感じだけど……」

 とりあえず、それまでの会話内容に事件性は感じられない。


「……江戸時代? 燃えた……火傷……」

「なんの事かしら……三十万両? 埋蔵金?」

 二人がいぶかしげに顔を見合わせていると、五人の席はまたたわいもない世間話に戻っていた。


「いったいどういうことなのかしら……」

「僕にも、何のことかさっぱり……」


 二人が内容の理解に苦しんでいると、入り口側の障子がいきなり開き、


「あの娘は、江戸時代で火傷したんだ。それで現代に治療を受けさせに、連れてきたんだよ」


 と、背の高い一人の男性……拓也の叔父が言葉を発した。


「氷川先生っ! ……私たちが隣にいるの、気づいてたんですか?」

 驚く二人に、彼はニヤリと笑みを浮かべた。

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