第48話 巫女

 牢に閉じ込められてから、一時間ほど経過しただろうか。


 最初、強面の警備兵にいくつか質問されて、

「あの天女が俺の身内に似ている、それで思わず叫んでしまった」

と話すと、

「そんな理由で大騒ぎするんじゃない」

と叱られ、その後はほったらかしにされていた。


 アキの様子がおかしかったことについてあれこれ考えを巡らせていると、天狗の面を被り、太刀を腰に差している屈強な兵士が二人、近づいてきた。

 ……正直、怖い。


 さすがにいきなり切りつけられたりはしないだろう、と考えていると、ガチャガチャと錠を開け、彼等は牢の中に入ってきた。


 そして俺は両腕を抱えられるようにして外に出された。

 そこで拘束が外され、彼等の言うがままに歩き始める。


 地下から上がってきて、それまで見たことのない黒い門を通り、砂利道を進んでさらに中門から大きな建物内へと入っていく。

 そこで俺の身柄は、白い服の官職と思われる男二人に引き継がれ、木製の回廊を進んでいく。


 だんだん作りが立派になってきた。

 あまりに敷地の規模が大きく、どの辺を進んでいるのか全く分からない状態だ。


 やがていっそう内装が豪華な廊下へと差し掛かり、そこで足が止まった。

 神官達が恭しく挨拶を行い、金の細工が施された豪勢な扉が開かれた。


 その広く壮麗な部屋の奥にいたのは、白色無紋の絹の衣装を纏い、黒い冠を被った、いかにも高貴そうな身なりの美男子だった。おそらく、高い位の神主だろう。


 歳は二十代前半ぐらいだろうか。

 一緒に来た神官達よりまだ若く、細身なのだが、なんというか、オーラの様な威厳を感じる。


 部屋は細長く、やはり白い服を着て長く薄い木の板を持った少年が一人ずつ、そして同じく白服、赤い袴を履いた「巫女」が二人ずつ、両側に並んでいる。


 俺を連れてきた神官達は、奥の神主に一礼すると、その場を後にした。

 扉が閉まり、少年・少女、俺と神主だけがその部屋に残っている。

 お香を焚いているようで、少しクラクラするような香りが充満している。 

 ちなみに、少年達は皆、いわゆる『美少年』で、巫女達はみな『美少女』だ。

 もちろんこれが偶然のわけがなく、わざわざそういう容姿端麗な若者達をこの場に集めているのだろう。何のためかは分からないが……。


 一番奥の神主が近づいてくる。


「……あなたが、天女『遷姫せんひめ』とゆかりがあるとおっしゃるお方ですね」

 彼の言葉は、優しげながら、どこか威圧的な響きがある。


「『遷姫』……それがあの子の、ここでの名前なのですか。確かに俺の妹にそっくりで、それで思わず彼女の名前を叫んでしまいました」


 俺がしゃべっている間も彼は近づいてきて、俺のすぐ前までたどり着いた。


「……これを見たことがありますか?」

 神主が両手で掲げたのは、俺と優が各宿場町の湯屋に貼った、アキのポスターだった。


「ええ、もちろん。それは俺が準備したものなのですから」

「……なるほど、やはりそうですか。それならば、失礼いたしました。あなたはただ、妹さんを探していてこの神社にたどり着いた。そしてそっくりな巫女を見て、思わず名前を叫んでしまった。それだけの話なのですね?」

「はい、そのとおりです」


「……やはり、あなたは何も悪いことはしていない。神官や兵士達のご無礼、お許しください」

 驚いたことに、その神主は俺に頭を下げた。


「いえ、とんでもないです。俺の方こそ、神聖な儀式を中断させてしまったのですから」


「……そう言っていただけると助かります。ただ、あなたが本当にこの張り紙を用意したのかどうか、確証が欲しい。この非常に美しい似顔絵、確かに遷姫そっくりだし、大変鮮やかなこの色彩、まさに仙界の技術です。ただ、この張り紙にも『アキ』という名前が書いてありますし……」


 たしかに、たまたまこの張り紙を『見ただけ』の者が、賞金の百両目当てで騒ぎを起こしただけかも、と疑ってもおかしくない。いや、疑うべきだろう。


 俺は、おもむろに腰のポーチから『スマホ』をとりだし、そしてサンプルのムービーを再生して見せた。 

 今までクールだった神主の目が、わずかに見開かれる。

 周りの少年や巫女達も、驚愕の表情だ。


「……これは俺達の世界の技術で作成されたものです。妹のアキも、色違いだが同じ物を持っていたはずです。まあ、すぐに動かなくなったとは思いますが」


「……それをあなたが持っているだけで、十分です。あなたは『本物』だ。事前に聞いた情報とも一致しています。……ここにたどり着くまでにもっと時間がかかると思っていましたが……さすが仙人、と呼ばれるだけのことはありますね、前田拓也殿」

 今度は、俺は驚く番だった。


「俺の事を……ご存じでしたか」

「ええ。我々もある程度、情報は手にしていましたからね。想像よりさらに若く、驚きましたが」


「……それでしたら、話は早い。妹を……アキを、返してください」

「……いえ、残念ながらそれはできません」

 神主は、さも残念、というふうに首を横に振った。


「なぜですか?」

「……確かに、あなたは仙術を使いこなす仙人かもしれません。おそらく、本当の事を言っているのでしょう。ただ……『遷姫』が、あなたの事を『分からない』、と言っているのです」


「……分からない?」

「そう。『知らない』ではなく、『分からない』です。……どうも、『遷姫』はこの神社に舞い降りたときから、天界での記憶の大部分を思い出せないようなのです……『遷姫』があなたの事を兄と認め、共に天界へ帰りたいと申し出ているのなら話は別なのですが……」


 ……そういうことか。

 たしかに、一方的に俺が『兄だから返せ』といっても、アキが記憶を失っているのならばその真実を確かめる術がない。


「……しかし、俺としても、ここで引き下がる訳にはいかない」

「……うーむ、困りましたね……」

 彼は何か思案しているようだ。ただ、気のせいか微妙に演技くさい。


「……では、こういうのはどうでしょうか。しばらく私たちと共に生活し、『遷姫』が記憶を取り戻し、あなたを兄と認めたならば、一緒に帰っていただく」

 ……えっ、と、気が抜けるような提案だった。


 確かに、それだったらそんなに悪くない条件かもしれないが……それで神社側に、何の得があるのか。

 その事を、素直に質問してみた。


「いえ、簡単な事です。あなたには、我々の一員として、何か『仙術』を見せていただければいいのです。氏子達の信仰心も、ますます厚くなることでしょう」


 ……なるほど、そういうことか。それならば確かに彼等にもメリットがある。

 現代からなにか一般大衆が驚くようなものを持ち込めば、『仙術』として十分通用するだろう。


 何より、アキの側にいてやれることができる。いざとなれば、多少強引にでも連れ去ることができるかもしれない。


 とりあえず、その申し出を受ける事にした。

 すると急に場が和やかになり……神主は、自分の身分を明かし始めた。


「申し遅れました、私は宮司代理の常磐井ときわい 光宗みつむね、公務にて京に赴いております宮司の父・光艫みつともより、この『明炎大社』を任されております」


 ……俺はしばらく、驚きで声が出なかった。

 彼はこの若さで、現時点で事実上『明炎大社』のトップだったのだ。


「そうと決まれば、善は急げ、だ。あかね、拓也殿を案内してあげなさい。あと、儀式も」

 彼の言葉に、巫女の一人が澄んだ声で返事をした。


 その方向を見て、思わずどきり、と鼓動が高まった。

 美少女揃いの巫女達の中でも、一際可愛らしい娘だった。

 俺と同い年ぐらいだろうか。


 今までこの時代で何人も可愛らしい女の子を見てきたが、その中でも一、二を争う……つまり、優に匹敵する美少女だ。


 タイプは少し異なり、優を「癒し系の天使」とするならば、彼女は「美しすぎる小悪魔」といった感じだろうか。

 その純白の着物、深紅の袴が、一層彼女のかわいらしさを引き立てている。


 そんな巫女が、少し恥ずかしそうに、けれども笑顔で

「拓也様、こちらです」

 と俺を案内してくれる。


 優にはちょっと悪いと思いながら、少し浮かれ気味に彼女についていく。

 長い廊下を歩きながら、茜は気さくに俺に話しかけてきてくれた。


「拓也様、牢に入れられていたんですってね。ごめんなさい、仙人様なのに……お気を悪くされていませんか?」


「……いや、大丈夫だよ。別に危害は加えられていないし……それに、宮司代理の光宗殿にも良くしてもらったし」


「そうですね。兄が直接、誘うなんて滅多にないんですよ。それに、私に儀式を命じるなんて……」


「兄? 儀式?」

「ええ。そういえば、自己紹介がまだでしたね。私の名前は『常磐井ときわいあかね』、宮司の娘です。これでも、『巫女長補佐』なんですよ」


「へえ……光宗殿の妹さん、か。巫女長補佐……すごいんだな」

 そう返したものの、正直、どんな役職なのかまるで分からない。


「それで、儀式っていうのは……」

「……私たちと同じ、正式な信者となるための儀式です。……もうすぐ、わかります」

 彼女は、なぜか顔を赤くしてそう言った。


 そして俺達は一旦屋外に出て、離れの小さな建物へと向かった。

 その入り口の扉を開けると、玄関に小さな台が用意され、その上に水差しのような物が準備されていた。横に、さかずきも置いてある。


「こちら、御神酒おみきです。これを一杯、飲んでいただきます」

 彼女は、慣れた手つきで御神酒を杯に注いだ。


「……あの、俺、お酒飲めなくて……」

「そうなんですか? 大丈夫、こちら甘酒ですから、酔うことはありません」


 確かに、甘酒にはアルコールは入っていないと思うが……なにか気になる。

 まあ、まさか彼女が笑顔で毒を盛るなんてことはないだろうと考え、俺はそれを飲み干した。


「……甘くて、おいしい……」

「でしょう? 私もそれ、大好きなんですよ。今日はあなたのための儀式なので、私は飲めませんけど……」


 彼女はちょっと残念そうだ。そうか、これはそういう飲み物なのか。

 そういえば、なんか気分がすごく良くなってきた。……本当にノンアルコール?


 俺のそんな様子を見て、彼女はわずかに微笑み、そして奥の部屋へつながる襖を開いた。


 そしてその中の様子に、俺は息をのんだ。


 少し大きめの布団に、枕が二つ並んで置いてある。

 部屋には、甘いお香の香りが立ちこめていた。


 ……まさか、これって……。

 そのとき、俺は茜に、背後からそっと抱き締められた。


「……この『明炎大社』の中でも、位の高い氏子となるための、確実で、神聖な儀式……それは、高位の巫女と一つに結ばれること……それはすなわち、神と結ばれることと同義なのです……」


 彼女の甘く、切なく、恥ずかしそうな言葉に、トクンッ、と俺の鼓動は跳ね上がった――。

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