第49話 術
巫女と一つに結ばれること……それが何を意味するのか、この状況ならば一つしか想像できない。
しかし、今日出会ったばかりの俺と、仮にも『
それとも、この時代では、そういうことは当たり前なのか……。
「拓也さん……どうぞ、横になってください……」
「ああ……」
いくつも疑問点や不可解な点が浮かぶが、どういうわけか俺の体が彼女の言葉に逆らうことができない。
それどころか、細かいことはどうでもいいや、と、深く考えることすら面倒になった。
ただただ気分が高揚し、とにかく気持ちがいい。
……これは、やばい……なにか変だ……。
さっきの甘酒か、それともこの部屋にたかれているお香のせいか……。
ちらちらと優の顔が浮かぶ。
その度に、いけない、こんな事をしている場合ではない、と抗うのだが……。
「一目見たときから感じていましたが……端正なお顔ですね……」
いつの間にか、彼女も俺のすぐ隣に、体を横たえていた。
顔を桜色に染め、じっと俺の瞳を見つめている。
……やっぱり、むちゃくちゃかわいい。
そして彼女は、そっと俺の右手を握ってきた。
鼓動がこれ以上ないほど高まっているのが感じられる。
この前ラプターの安全装置の
だが、はたして切り抜ける必要があるのか……。
このまま身を任せて、何か悪いことでもあるのか……。
いや、優を裏切る事はできない。彼女の悲しむ顔が目に浮かぶ。
「……何か、気になる事があるんですか? 私が相手ではご不満かもしれませんが……妹さんを救い出すために必要なことです……」
……そうか……アキを助けるためには、仕方ないことなんだ……。
ここで彼女と結ばれて、信者、氏子となって……それで初めて信用されるんだ……。
「さあ、拓也様……どうか私を……」
彼女は、さらに密着してきた。
巫女の白い衣装がはだけて、その綺麗な胸元が見えた。
まだ大人になりきっていない、若く、美しい体……。
もう、俺は……本能の赴くままに、彼女の虜に……。
「だめえぇーっ!」
不意に、優の叫びがこの部屋に響き渡った。
はっと目を見開き、ぼうっとなっていた頭を左右に振る。
すぐ隣の茜は、がばっと起き上がって、驚いた表情で部屋の中を見渡し、呆然としている。
「お願い、拓也さん……これ以上は……これ以上は……」
優の、半分泣いたような声が、俺の腰のあたりから聞こえてきた。
「優、大丈夫だ。俺の意識はしっかりしているし、これ以上、この子と進展することはないよ」
すっかり目の覚めた俺は、ポーチからマイクを取り出して、優しく語りかけた。
「……ごめんなさい……これがあなたの計画だったなら、私……余計な事……」
「……いや、ちょうど良かった。俺もこのあたりが潮時だな、と思ってたから」
……本当は相当ヤバかった。
優の無線による呼びかけがなかったら、今頃、茜の手に落ちていたかもしれない。
「……それ、仙界の道具なのですか……」
茜が、打ちひしがれたような、それでいて安堵したような、複雑な表情で問いかけてきた。
「ああ。『むせん』と言って、離れた所にいる人と直接会話できる。今まで言ってなくて申し訳ないけど、君や、君のお兄さんとの会話、全て神社の外にいる仲間に聞かせていたんだ。情報収集と、俺が万一緊急事態になったときに、すぐ把握できるようにって。……ごめん、君たちのこと、完全には信用できていなかったんだ……」
「……いいえ、さすが仙人様です。少なくとも私の術は、破られたわけなんですから。それに、そんな準備をしていると考えもしなかったのも、私が未熟であるがため……私の、負けです……」
「……別に、勝負していたわけじゃないけど……」
俺達は、気づかないうちに「術の掛け合い」をしていたようだ。
上半身を起こし、もう少し話をすることにした。
「……私たち、
……なるほど、そういうことか。つまり、催眠術のようなものだろう。
「……でも、君は……それに抵抗なかったのか? 見ず知らずの男と結ばれるなんて……」
俺はその質問をした直後、しまった、と思った。それは、彼女にとって残酷な問いだったかもしれない、と。
「……いいえ。この術の特徴は、対象の方と『結ばれる』ところまではいかない点です。男の人は、本当に『結ばれて』しまうと、その女性に対して醒めてしまうということなので……そうではなく、『次、機会があればそのときこそ』と思わせ続ける事により、その男性を操り続けるというものです。ですから……安心してください」
今の『安心してください』は、恐らく、優に対して言ったものだろう。
それにしても……恐ろしい術だ。それにかかった男は、まるで生殺しじゃないか。
「じゃあ、俺も……あのまま続けても、『結ばれる』ところまではいかなかったって事だな」
「はい。本当にそうなってしまうと、巫女としての霊力が弱まる、とも言われていますし……」
「じゃあ、ひょっとして君は、まだ誰とも?」
「はい……」
顔を赤らめて頷く。なんかそう聞くと、途端に彼女も子供に見えてきた。
それにしても……これだけ重大な秘密を、俺にしゃべっていいものだろうか。
「……先程の声の方は、拓也さんの恋人、ですか?」
「ああ……いや、もう『妻』だ。ついこの前、結婚したばかりなんだ」
「えっ、結婚? ……私、そんな方を……誘惑しようとしていたのですね……」
茜はかなりしょげている。なんだか可哀想になってきた。
「いや、結局何もなかったし、君だって誰かに指示されて仕方なくやっていたことなんだろう?」
「はい、それはそうですけど……」
茜はしばらくうつむき、やがて何か決意したように顔を上げた。
「拓也さん、あなたを本物の仙人と見込んで、お願いがあります」
なんだか、吹っ切れたようだ。
「あなたの妹さん……我々の言う『
「……なっ……封印?」
「そうです……このままでは、『遷姫』は記憶を取り戻す事も、元の世界に帰ることもできない……お願いです、どうか『遷姫』を、助けてあげてください……」
……俺は、茜の頬を流れる一筋の涙を見て確信した。
「この娘は、敵ではない」と――。
そしてさらに彼女は、「あの日、何があったのか」を、詳細に話し始めた。
「あの日」とは、もちろんアキがこの神社の境内に突然出現した日のことだ。
その真相は、俺の想像とは大きく異なるものだった……。
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