第47話 参拝

「2014年3月22日、某国営テレビ局にて、世界中の科学者達が心霊現象や超能力、生まれ変わり、テレパシーなどのいわゆる『超常現象』を科学的に解明しようと取り組んでいる模様が特集番組として放送された。最新の測定技術や脳科学、果ては量子論まで登場する、刺激的でエキサイティングな内容だった」

 ……叔父は、すっかり自分の世界に入り込んでいる。


「今まで単に『オカルト』の一言で済まされていた現象であっても、科学的に検証すれば、そこには必ず何かの理由が存在するはずだ。今回、君の妹が江戸に時空間移動し、さらにその場所で壮大な『神事』が行われていたという事実……それが単なる偶然とは思えない。なぜタイミング良く『神事』が行われていた時間、場所に出現したのか、もっと言えば、なぜそれに合わせるように『ラプター』が発動したのか……優さんが立ちくらみを起こし、階段から落ちたときに緊急発動した……それは階段を下りる前に靴紐がほどけ、結び直して急に立ち上がったからだ。だが、それすらも偶然で片付けられないのではないか……いや、別の見方をすれば、『明炎大社』の神主たちは、『時空間移動が発生する』日時をあらかじめ知っていて、それに合わせて神事を行っていたと仮定することはできないか。そう考えると、なぜその日時を知っていたかという新たな疑問も湧いてくる。つまり……」

 叔父の口元がニヤリと緩む。


「……実に面白いっ!」


 そう言って、なにやらノートに走り書きを始めた。

 ……だめだ、こうなると叔父にはしばらく何を話しかけても無駄だ。


 そもそも「どうしてアキが、その場所に時空間移動してしまったか」はこの際、どうでもいい。それよりもまず助け出す手段を考えないといけない。


 俺は江戸時代の旅籠はたごへと戻り、優、三郎さん、お蜜さんと、翌朝の行動について徹夜で段取りを決めていった。


 翌早朝、江戸の外れの大きな林の中に位置する『明炎大社』は、わずかに霧に包まれていた。


 一つ目の木製の大鳥居をくぐり、200mほど砂利道を歩く。

 小川にかかる石橋を超え、二つ目の鉄でできた大鳥居をくぐる。

 長い松の参道を100mほど歩くと、左手に手水舎があり、そこで口と両手を清める。


 さらに80mほど進むと、ようやく銅製の大鳥居が見えてくる。

 ここまでで既に数百m歩いており、これだけで如何に『明炎大社』の規模が大きいかが分かる。


 その先に大きな拝殿が見えるが、これはまだ本殿ではなく、それを取り囲む数十もの楼門や社と言った建物の一つにすぎない。

 我々一般の参拝者は、回廊に囲まれた本殿への敷地内に進むことも許されない。


 楼門の一つ手前、予備門のさらに手前の砂利が敷き詰められた場所で待機することだけが可能で、既に百人以上がその場で立って待機していた。

 予備門といっても、十段以上の石段の上に二階建てで存在し、その高さは十メートル以上、幅は大人が手を広げて並んでも三十人は立てるほどの規模だ。


 ……ゆっくりと、その大きな門が開いた。

 俺と優、三郎さん、お蜜さんは、人垣の後方に並んで立っている。

 俺はこの時代としては背がかなり高い方なので、この位置からでも石段の上の様子ははっきりと見て取れた。


 まず、神職の一人と思われる男性が平たい木の棒のような物を両手で掲げて前を歩き、石段を向かって左から右に進む。


 次に、白い服と赤い袴の『巫女』がその後を、各々神に捧げるであろう『さかき』などの供え物を両手に持ち、男性の後を歩く。

 だが、人数が多く、その中にまだ『アキ』らしき女性の姿は見えない。


 やがて、参拝者達がざわめき始める。

 その声を良く聞いてみると、


「そろそろだ」、「天女様がお見えになる」、「この時のために、旅をしてきたんだ」と、やはり皆、彼女を待っているようだ。


 そして、その娘は現れた。


 他の巫女と同じ、白い着物に赤い袴だが……背筋をピンと伸ばし、頭に黄金の髪飾り、そして少しわかりにくいが、胸元には真珠のネックレス。

 一目見ただけで神々しい何かを感じ、その娘が『特別』であることが分かる。


 その存在感に、「おおっ……」とか、「美しい……」とか、歓声とも、ため息ともとれる称賛があちこちから聞こえてきた。

 皆、一目見ただけで頭を深々と下げている。


 俺も一瞬、見とれるような、感動するような……そんな美しさ、神々しさだったが、それと同時に涙が出るような懐かしさ、そして高鳴る鼓動を感じた。


 少し大人っぽくは見えるが……その瞳、鼻筋、口元、輪郭。

 探し続け、長旅をし、ようやくたどり着いたその少女。

 見間違うはずがない、それはまさしく、数週間前までずっと一緒に生活してきた、かけがえのない俺の妹……。


「アキッ!」

 俺は大声で叫んだ。


「アキ、俺だ、分かるかっ!」

 彼女を含め、参拝者、神職者、そして巫女達の視線が、一斉に俺に注がれた。


 そしてアキは……俺の姿をじっと見つめて、そしてわなわなと震えだし……両手に持っていた榊を取り落とし、その場にうずくまった。


「……頭が……頭が痛いっ……」

 苦しそうな表情を浮かべるアキ。


 すぐに周りの巫女や職員が、彼女の元に駆け寄る。

 それと同時に、俺は飛んできた警備兵に取り押さえられ、そして連れて行かれる。


 境内は騒然とし、その日の参拝はそれで中止となった。


 特に抵抗をしなかった俺は、そのまま警備兵に連れられ、境内の片隅の社から地下牢へと放り込まれた。


 この間、優も三郎さんもお蜜さんも、心配そうに事の成り行きを見つめるだけで、特になにもしない。これは、こういうパターンになった場合、わざと捕まる、という段取りだったためだ。


 ただ、アキが見せた反応は予想外だった。

 彼女は本当に記憶を失っているのか、演技なのか、あるいは本当はアキではないのか……。


 地下牢に閉じ込められても、俺ならばすぐに脱出できる。

 しかし、神社側の出方をもう少し見極めたい。


 追い出されるのか、尋問を受けるのか、それとも何か処罰されるのか……。


 ともかく、今現在、俺は神社内への侵入に成功したことになる。


 現在地をラプターに地点登録し、今後の沙汰を待つことにした。

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