第三章 時空を超えし妹と花嫁
第33話 未来へ……
西暦1720年。
江戸時代、当時の元号では享保五年、一月十三日、午前。
この日、ついに新しい実験を行うこととなった。
優の腕には、デジタル腕時計型タイムトラベル発生装置『ラプター』四号、五号のツインシステムが付けられている。
移動場所は、あらかじめ現代の俺の部屋が地点登録されている。
今、『前田邸』の奥の一室から、三百年の時を超え、彼女は『未来』へ転送されることになる。
俺も、彼女の脇に並んで立っている。
優が「未来へ行く」のに対し、俺は「現代へ帰る」と、微妙にニュアンスが異なる。
このため、『同じ時空間では一人しか往復できない』制限でも、条件が重なる訳ではないため、理論上同時にタイムトラベルできるはずだと叔父は主張する。
俺は一時期、『戻り』ができない状態に陥ったことがある。だから、若干不安はある。
しかし万全のセキュリティシステム導入により、その問題は解決している。
今、前田邸には俺と優、あと庭に番犬の「ポチ」がいるだけ。他は全員、町に出払っている。
俺は緊張する彼女に対し、笑みを浮かべながらボタンを押すよう、促した。
意を決して、彼女はそれを実行した。
――次の瞬間、優の姿はかき消えた。
ほんのわずか、不安になる。本当に彼女は時空間移動できたのか……。
それはすぐに確認できる。
俺も既にラプター二号の準備は完了していた。
いつもより緊張しながら、俺はその小さなボタンを押した。
――フシュン、という小さな風切り音の後……目の前に、不安そうな表情の優が立っており……そして彼女は安堵の笑顔に変わった。
そこは、見慣れた俺の部屋だった。
この瞬間、叔父の大発明である「ラプターによるタイムトラベル」は、未来への時空間移動、という新しい実験に成功した。
「……よかった……ここってもう、拓也さんの世界、なんですか?」
優は、きょろきょろあたりを見渡した。
「ああ、そうだ。君のいた江戸時代から三百年後だよ」
「……眩しい……あれ、あの明かり、なんですか?」
優は天井付近を見つめている。
「ああ、あれは『蛍光灯』だよ。『LEDランタン』は知っているだろう? あれと同じく、電気の力で光るんだ」
「へえ……すごいんですね……あのおっきな黒い板は?」
「ああ、あれは……」
俺はリモコンのスイッチを入れた。
途端にサッカー中継の映像が映り、音声が流れ……優はビクッと肩を上げた。
「テレビだよ。スマホの画面、見せてあげたことあるだろう? あれの大きいやつだよ」
「あ、なるほど……でも、全然違う……」
その液晶テレビは32インチで、特別大きな事もないが、彼女からすれば衝撃だっただろう。
「床も……畳じゃなくて、柔らかい……」
「ああ、絨毯だよ。冬でも冷たくないんだ」
優は裸足で、その感触に敏感だったようだ。
俺の部屋の中だけでも、興味深げにいろいろと見て回る優。やはりリモコンで次々とチャンネルが変わるテレビの映像が、一番お気に入りだ。
けれど、せっかくだから少しは外の様子も見せてあげたい。
といっても、彼女はまだ三百年前と同じ着物姿のままだ。俺も同じく、着物を着てる。
そこで俺は、部屋の隅に置いてあった大きな紙袋を開いた。
「……これは、何ですか?」
「ああ、君のために、現代の女の子用の服を買っておいたんだ。よかったら、着てみて欲しいけど……」
これは、「田舎から出てきた彼女のためにプレゼントしたい」と、妹に頼み込んで、一緒に買いに行ったものだ。
中学三年生、まだ14歳の妹は身長145センチとかなり小柄で、江戸時代の平均的身長である優とほぼ同じ体格。だから彼女に合わせて服を選んでもらうだけで良く、店員にも怪しまれなくて済んだ。
ただ、その礼として、妹にも同じようなコーディネイトのファッションを一式買わされるハメになったが……。
「この時代の服、ですか……でもどうやって着れば……」
彼女からすれば初めての洋服だ。分からないのも無理はない。
簡単に説明しただけだが、構造は単純だし、大体分かったようだ。
でも、どうやって着替えさせようか。このままじゃあさすがに……。
「じゃあ、俺、部屋の外に出てるから、その間に着替えておいて……」
俺はそう言って、部屋のカギを開けて出ようとしたが、優は呼び止めた。
「あ、待って。一人にされると不安だから……」
「……そうか。じゃあ、俺も着替えないといけないし……明るいけど、お互い背中合わせなら問題ないか」
「はい、私は平気ですよ」
ということで、二人とも着物から洋服に着替え。
俺はドアの方を向き、優は反対に壁の方を向いている。
ごそごそと、彼女が着替える音が聞こえる。
優は着物で、当時、下着なんてものはないから、一度丸裸にならないといけない。
明るいし、ちょっとだけドキドキするけど、まあここは紳士として後を見てはいけない。
それに、俺も着替えないと。
素早くトランクスだけになって、置きっぱなしにしていたジーンズに手を伸ばしたとき、タンタンタンッっと、廊下を歩いてくる足音が聞こえた。
「お兄ちゃん、いつの間に帰ってたの? お母さんが……」
その声を聞いて、ついさっきカギを開けてそのままにしていたのを思い出し、血の気が引いた。
「うわあぁ、アキ、今はちょっとだめだっ!」
声を上げたが、時既に遅し。
がちゃり、とドアが開いて、妹は目に飛び込んできた光景にしばし硬直し、そして顔を真っ赤にして……。
「ご、ごめんなさいっ!」
とドアをバタンッと閉め、パタパタパタッと走っていってしまった。
恐る恐る、後を振り返る。
一応、優は白いシャツを腕に抱え、胸から下半身にかけてガードはしていたが……そういう問題ではない。
彼女も、赤くなって固まっていた。
……妹に、完全に誤解されてしまった……。
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