第32話 新しい仲間

 『前田邸』は、元々は庄屋しょうやが住んでいた民家であり、「屋敷」と呼んでもいいぐらいの大きさがある。


 部屋が五つもある母屋の他に、主に奉公人が利用していた「離れ」、そして「納屋」がコの字型に伸び、テニスコート半面ほどの大きさの庭が中央に存在する。


 さらにその周りをへいが取り囲み、出入り口には立派な門が立ちふさがる。

 門を出ると急な坂道となり、数十メートル降りて通常の農道につながっている。

 門以外は二面が山の上につながる崖、もう一面が逆に下側に崖になっており、登ったり、降りたりは困難だ。


 これだけを見ると防犯的には万全の区画に見えるが、そうではない。

 塀はそれほど高くなく、せいぜい大人の頭の高さぐらい。外から見られないようにするための目隠し的な意味合いが強く、ちょっと身の軽い者が台でも置けば、簡単に乗り越えられる。


 また、隣近所が存在しないのも問題だ。

 塀の中で何か犯罪に巻き込まれたとしても、物音や騒ぎ声が他の誰かの耳に聞こえず、気づいてもらえない可能性がある。


 今までは用心棒である武士の源ノ助さんが居てくれる時間が長かったので、幸いにも侵入者は居なかったのだが、最近は全員で町に出ていることも多く、空き巣の被害が心配だ。


 それだけならともかく、女の子だけが一人、二人しか残っていない場合、彼女たちが暴漢に襲われる可能性があり、むしろこちらの方が恐ろしい。


 そこで俺は、現代の英知を駆使し、『前田邸』を一大要塞にしようと考えたのだが……。


 実行できたのはせいぜい電池式の防犯センサー、アラームによる威嚇、警報の類と、少女達に持たせるスタンガンや催涙スプレーなどの護身用武器程度。

 それですら、彼女たちは怖がって身につけるのをためらうほどだ。


 あと、センサーも「仕掛けている場所」を通過して、初めて警報アラームがなるだけの仕組み。近づくだけで反応したりはしないし、もちろん攻撃機能なんか備えている訳はない。

 下手に自動攻撃機能なんかつけたら、かえって危険なのだが……。


 かといって、もう一人用心棒を雇うほどの余裕はない。あったとしても、その用心棒自身が信用できるかが問題となってくる。


 そうすると、俺が思いついた『前田邸』防犯の切り札は、現代の英知を結集したスーパーテクノロジーでもなんでもなく……古来から数百年にわたって利用されてきた、「あれ」になる。


 ――その朝、一匹の柴犬の子供が、前田邸の新しい仲間として迎え入れられた。


 まだ生まれて二ヶ月程度の子犬だ。

 顔の広い啓助さんが、知人からもらい受けてくれたもので、タダだった。

 赤毛でまだ小さく、愛嬌を振りまく雄の子犬は少女達に大人気。特に元気っ子のユキは大喜びで、「私が面倒をみるっ!」とはしゃいでいた。


 今後番犬として活躍してもらうこの子犬、個人的には「ケルベロス」という格好いい名前にしたかったが、彼女たちに理解してもらえそうもないので、無難な「ポチ」にした。


 ポチの方も、女の子達のことが気に入ったようで、しっぽを振りながら

「ワンワンッ!」と元気に吠えている。

 また、威厳のある源ノ助さんがポチの名前を呼ぶと、「ワンッ!」と短く敬意を込めたように返事をする。


 なのに、俺が近づくと「ウゥーッ!」と警戒を強め、さらに近づくと

「ワンワンワンワンワンッ!」

 と吠えまくり、さらに噛みついてくる。俺、一応この家の主人なのに……。


 けれど、そんな様子にナツは

「番犬として合格だ。不審者に対しこれだけ警戒するとは」

 と、なぜか満足げに褒めていた。

 いや、俺、不審者じゃないけど……。


 ポチはセンサーよりも遙かに早期・確実に接近・侵入者に気づき、鳴き声で警告し、さらに若干ながら攻撃能力も備える。

 また、俺を除くこの家の人間に対しては害がない。

 用心棒と違って、お金もかからない。


 エサは俺がドッグフードを用意することになった。俺、ポチに嫌われているのに……。

 また、彼女たちにとっても癒される対象が増えたことはいいことなのかもしれない。


 そのほかに最近になって『前田邸』に持ち込んだ便利グッズは、「カセット型発電機」だ。

 これは小型のカセットガズボンベをセットすれば家庭用100ボルト電源として稼働してくれる物で、これにより現代の「小型洗濯機」や「炊飯器」が使用できるようになった。


 季節は真冬。少女達にとって最も過酷な労働は「洗濯」だ。

 『前田邸』は湧き水が豊富に使えるため、川まで降りていく必要がない。加えて、湧き水は水温が一定のため、冬は暖かく感じられる。


 それでも、真冬に屋外で洗濯を行う彼女達の手に、ひび、あかぎれができていたのは、この時代では当たり前とはいえ、可哀想だった。


 炊飯もかなりの重労働だったが、炊飯器が使えるようになったことで一変した。


 最初は凜さんや優は「贅沢すぎる、簡単すぎる」と戸惑っていたが、「今後売り込んでいくための試験だから」と言って納得してもらった。

 ただ、ユキやハルが「これを当たり前」と考えてしまうと後々困ることになる、という理由で、従来通りの炊飯や洗濯も一定の割合で続けていく事になった。


 彼女たちは、しっかりと自分達の考えを持っている。

 町で働く以外に、内職も続けている。

 また、決して俺が持ち込む便利な道具や、豪華な食材に頼り切ることはない。


 やがて、彼女たちは俺の元を離れる時が来るかもしれない。

 そうなっても、みんな自分達だけで不自由なく生活できるように考え、協力し、それを楽しんでいるのだ。俺は、彼女たちの、現代では失われつつある芯の強さに感服していた。


 そして、本当にこの子達が身売りされなくて良かったと、心から安堵した。

 さらには……もっと他にも、救える子がいるのではないか、と考えもしていた。


 ただ、俺にとって優だけは別格の存在だった。


 彼女に結婚まで申し込んだ気持ちは本気だったし、自分の家族にも会わせたいとも思っていた。

 また、「未来の世界にも行ってみたい」という彼女の言葉も、いつか実現させてあげたいと考えていた。


 そんな中、叔父がある知らせを持ってきた。

「ラプター四号、五号が完成した。このツインシステムで、過去から未来へ、一人だけ転送できるはずだ。個人的には凜さんを呼びたかったが、彼女に拒否されたので……」


 実は凜さんと叔父、俺のスマホを通じて動画の交換を行っていたのだが……恋は実らなかったようだ。


「拓也。おまえの好きな子を一人だけ、現代に呼んであげなさい。……もちろん、これは俺の理論が正しいことを証明するためだ。だから、俺にも会わせるように。……親戚になるかもしれないしな」


 そう言って笑顔を見せる叔父の事を、俺は初めて? 尊敬した。

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