第11話 混浴
俺と優は、肩を並べて湯船に浸かっていた。
二人とも正真正銘、一糸纏わぬ生まれたままの姿。
それで構わないと、優が申し出たからだ。
ただ、彼女が一体どんな表情ですぐ隣にいるのかは知ることができない。
明かりを全て消す――俺がそれを提案したからだ。
理由は、「その方がお互い緊張せず打ち解けられるだろうから」だった。
先程まで見えていた月も薄雲に隠れ、お互いに顔や体の輪郭がぼやっと見える程度。
それでも、俺はこの上なく幸せな気分に浸っていた。
「優……本当に嫌だとは思っていない?」
「ええ……ユキちゃんもハルちゃんも、お姉さんもそんな風じゃなかったでしょう? 拓也さん、あなたはたぶん特別なんです。なんていうか……『女の子に警戒心を抱かせない』っていうか……」
「そうか? 少なくともナツには警戒されっぱなしだと思うけど」
「ナツちゃんは、妹達を大事にしているだけだから。その彼女でさえ、ユキちゃんとハルちゃんを、拓也さんと一緒にお風呂に入れてあげたでしょう? 信用されている証拠です。それに……さっき、ナツちゃん自身も入ろうとしてたし」
「いや、あれはムキになってただけだろう。……君もだけど」
「そう……ですね。今考えると、すごく恥ずかしいです」
この台詞、どんな表情で話しているんだろう。たぶん、真っ赤になって下を向いているんだろうな。
「拓也さんって、仙人……なんですよね?」
「いや……お殿様に会ったときにも話したけど、本当の事言うと、俺は三百年後の未来から来たんだ」
「三百年……後?」
「ああ。信じられないだろうけど……まあ、別の世界、と思ってくれて間違いないよ」
「はい……その世界では、あの……身売りとかって、あるんですか?」
「身売り、か……『売られて、強制的に』っていうのはないと思う……たぶん」
「それは、凶作の年もですか?」
「凶作? ……正直、考えた事なかった。それが原因で食べ物に困るようなことはまずないしね」
「食べ物に困ることが……ない?」
彼女からすれば、なかなか理解できない事なのかもしれない。
「豊かな世界なんですね……私も、行ってみたい……」
「ああ。いつか……いや、近いうちに連れて行ってあげれらるような気がする」
「本当に? だったら……嬉しいです……でも、今日、どうして私の名前を出してくれたんですか? お姉さんの方が綺麗だし……」
「君も綺麗だと思うけど……まあ、正直に言うと、凜さんは俺にとっては大人すぎるし、ユキやハルは子供すぎる。ナツはちょっと俺に対して敵対的だし……」
「そうですか? ナツちゃんは言葉使いがちょっと男の子っぽいだけで、拓也さんのこと嫌ったりは全然してないと思いますけど……それで、残ったのが私っていう訳ですね」
なんか自己解決したみたいだけど、それは違う。
「いやいや、そんな残り物みたいなんじゃなくて……なんていうか、癒されるっていうか……」
「癒される……」
「うん、まあ、わかりやすく言えば、一番一緒にいたいと思ったから、つい口に出ちゃったっていうことだよ」
「そ、そうなんですか……凄く、嬉しいです」
真っ暗な中での混浴は、思ったより緊張も興奮もせず、「落ち着く」ことができた。
裸を見ることもないし、あちこち触ったりするわけでもないし。
まあ、触らないのは優に嫌われたくないからだけど。
正直な所、もう少し一緒の時間を過ごしたかったけど、他の娘が風呂を待っているだろうし、源ノ助さんにも戸締まりの時間をずいぶん待ってもらっている。
これだけ暗いと体を洗ってもらうのは無理なので、もう出よう、という事になった。
足下がよく見えないので、俺と優は手を繋いでゆっくりと脱衣所に戻る。
脱衣所はさらに暗い。誰かそこにいる、ぐらいにしか見えない。
これは手探りで服を探すしかないかな……そう思った刹那。
「きゃあっ!」
優の短い悲鳴。
そしてこちらに倒れかかってくる、彼女の体。
俺は咄嗟に彼女を受け止めた。
……彼女は今、裸で俺に抱きついている。
俺の鼓動は、優に聞こえるんじゃないかと思うほど速く、大きくなっている。
「……ごめんなさい、足下が滑って……」
それに対して、俺は何も言わない。
彼女の柔らかい感触が、俺の胸に触れている。
暖かい。
みずみずしく、張りのある膚を、彼女の背に回した俺の掌と指が感じ取っていた。
「拓也……さん?」
愛おしい……手放したくない……。
俺は衝動的に、彼女の体を、もう少し強く抱きしめてしまった。
「拓也さん……」
彼女の腕にも、力が入るのを感じた。
優の方からも……少しだが、俺を強く抱きしめてきたのだ。
「……何かあったのか? 悲鳴が聞こえたけどっ!」
不意に聞こえたナツの声に、俺と優は慌てて離れた。
「ううん、私がちょっと足を滑らせただけ。大丈夫だから」
「なんだ、そっか。私はまたてっきり、タクヤに変なことされたのかと思ったよ」
……ナツは勘が鋭いから怖い。
その後、何とか二人とも手探りで服にたどり着いて、身につけ始めた。
しかしその間、ずっと違和感を感じていた。
おかしい。なんというか……うまく行きすぎている。
俺が先に服を着終わって、優も終わったということなので、持ち込んでいたLEDランタンの明かりを付けた。
優は、少しのぼせていたのか、あるいはまだ恥ずかしがっていたのか、顔が赤かった。
どうしようか迷ったが、俺は優に疑問点を尋ねてみた。
「さっき抱きついてきたの……凜さんに言われたのかい?」
優は一瞬、ハッとした顔になり、そしてあきらめた様な表情に変わった。
「さすが、拓也さん……ごめんなさい、その通りです……なんか、試練のうちだとか言われて……拓也さん、喜ぶはずだからって……いえ、全然試練とか思ってないですけど」
「なるほど、ね。あんな偶然、なかなか起きないと思ってたんだ。でも、正直、嬉しかったし、今もちょっと、喜んでるっていうか……いや、変な意味じゃなくて、なんていうか……」
「……はい、私も……そう言ってもらえるなら、嬉しいです……」
さっきより一段と真っ赤になった優。正直、すごく可愛い。
「お二人さん。そろそろナツちゃんがお風呂に入りたがっているから、変わってあげて」
凜さんの声が聞こえた。
「はい、ごめんなさい。じゃあ、拓也さん、今日はこれで」
「ああ、ありがとう」
優は、真っ赤な顔のままいそいそと自分たちの部屋に帰っていった。
「……拓也さん、純情なのに頭がいいから困りますわ。私の作戦、見破るなんて」
凜さんが、帰ろうとする俺に対し、呆れたように声を掛けてきた。
「なんか、違和感があったから。そんな偶然あるのかな、と思って……実際のところ、優に、なんて指示を出してたんですか? 足を滑らせて抱きついてきたのは、演技だったんでしょう? 試練とか言ってましたが」
「……そうでも言わないと、あの娘、自分からは何も行動しませんから。それとこうも言いましたの。『もし、受け止めてくれて、そのあとすぐ離さずに抱きしめてもらえたなら、あなたに気があるから』って」
……恐ろしい心理作戦だ。
「その表情じゃ、優のこと、抱きしめていただけたみたいね」
「え、いや、まあ……でも、正直、その後、演技でも嬉しかったです」
「その後って、何のことですの?」
「えっ?」
俺の間の抜けた返事に、凜さんはニコっと笑顔になった。
「私は、『もし拓也さんに抱きしめてもらえたなら、あとは自分でどうするか考えなさい』って言っておいたのですよ」
……じゃあ、あの後、彼女の方から俺に強く抱きついてきたのは、自分の考えで……。
俺は『混浴をした』という事実よりも、その抱きしめあったほんの数秒のことが、それまでの人生で一番嬉しく感じられていた。
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