第7話 添い寝

 俺は倒れた後、すぐにユキ、ハルの隣の部屋に寝かされた。


 ちょうどその時、昨日の山羊髭やぎひげのお医者さんが往診に来てくれた。

 頼んでいたわけではないのだが、昨日ユキの熱がかなり高かったこともあり、心配してわざわざ見に来てくれたのだ。


 孫の様にかわいい彼女達ということで、特別に無料でいい、という。

 うん、やっぱりいいお医者さんだ。

 そしてわずか一日でここまで熱が下がり、元気になった二人の様子にかなり驚き、感心していた。


 彼女達の要望で、「ついで」に俺も診察してくれた。

 熱もなく、のどの腫れもない俺に対して出された診断結果は「過労」。

 考えてみれば前日は彼女達同様、かなりドタバタした上に、夜は荷物の運び込みでほぼ徹夜だった。相当、疲労がたまっていたのだ。


 俺の診察代はどうするか、と考えたのだが、さすがに無料では気の毒なので、心ばかりのお礼にすこし大きめの「鏡」を渡した。

 ものすごくよく映る現代の「鏡」に先生は驚き、そして喜んで持って帰ってくれた。


 ところで俺の容態だが、過労なら栄養ドリンクでも飲んでゆっくり寝ていれば治るはずだ。

 しかし、彼女達は

「私たちのためにこんなになってしまった。誠心誠意看病しなければ」

 と、俺が寝ている側で会議を始めてしまったのだ。


「……本来なら妹二人が世話になった私が世話をしなければならないのだが、年頃になってから母が亡くなり、父に男のように育てられたため、看病の仕方を知らないんだ」

(うん、ナツ。俺はその気持ちだけで嬉しいよ)


「じゃあ、私がタクの看病するっ! 『ざやく』入れたげるーっ!」

(ユキ、頼むからやめてくれっ!)


「いいえ、私が看病するのっ。だってご主人様だもんっ!」

(いや、ハル、いまいち理由が明確じゃないぞっ)


「二人とも、まだ風邪が治ってないんだから寝てなきゃだめよ。ここは私が、誠心誠意、心ばかりの看病をさせていただきます」

「さすが凜さん。で、どんな事するの?」

「ナツちゃん。殿方がお喜びになる看病と言えば、やはり全裸になって添い寝し、人肌で暖めてあげるに限りますわ」

(……だ、だめだ凜さんっ! そんなことされたら、ますます眠れなくなるっ!)


「だめ、姉さん。拓也さんに必要なのは休養って、先生がおっしゃってたじゃない。ここは側でそっと見守ってあげて、なにか言付けを言われたら、それに従ってご飯を持ってきてあげたり、飲み物をお渡ししたりするのでいいと思います」

(さすが、優。よく分かってる。でも正直、そんなに気を使ってもらわなくていいんだけどな……)


 そんなこんなで、なかなかどうするかまとまらない。

 そのため、ますます寝付けない。


 最終的に、俺に誰に看病してもらいたいか決めてもらおうという話になった。最初っからそうすれば良かったのに。


「いや、俺は一人で勝手に寝てるから、付き添いなんかいらないよ」

「そういうわけにはいきません。容態が急変したら、早期発見しなければ手遅れになりますわ」

「凜さん、大げさだなあ。じゃあ、どうしてもっていうのなら……」

 俺は迷わず、優を指名した。


 すると彼女は、嫌な顔どころか、少し嬉しそうな表情を浮かべてくれた。これにはまた、ドキリとさせられた。


 こうして、部屋の中には、俺と優の二人きりになった。

 しかし彼女は、ちょこんと正座して、じっと俺の事を見つめている。さすがにこれは気恥ずかしい。


「あの……優……」

「はい、拓也さん。おなかがすいたんですか?」

「いや、そうじゃなくて、そんなにずっと俺の事、見てなくてもいいから」

「はい、ありがとうございます。でも、私の事はお気遣いなく」

 にっこりと微笑む優。うーん、かわいい。けどその分、俺の側でじっとしているだけなんて、やっぱり可哀想だ。


「その、あんまり見つめられると……なんか、余計に眠れないっていうか……」

「そうなんですか? うーん、じゃあ……部屋の隅で、内職の続きでもしていますね」

「あ、ああ。それがいい」


 真面目な優は、内職の材料一式を部屋に持ってきた。

 そして俺の様子を時々見ながら、なにやら竹細工を作り始めた。

 彼女の作業により、わずかに単調な音が聞こえてくる。それがちょうど子守歌の様に、俺の頭に優しく響いた。


(うん、これなら眠れそうだ……)

 実際、ものの数分で、俺は心地よい眠りについた。


 どのぐらい眠っただろうか。

 そんなに長い時間ではないと思うが、すっきりした気分で目を覚ました。

 まだ少しめまいは残っているが、大分ましになってきている。

 すぐ側に、なにやら気配を感じて、顔を横に向けて驚いた。


(なっ……ゆ、優?)


 さっきまで内職をしていたはずの優が、俺の布団の中ですやすやと寝息を立てていたのだ。

 ただ、凜さんが言うような「裸」という訳ではなく、ちゃんと部屋着を着ている。


 しかし、なんというか……男の俺の布団に入ってくるなんて、凜さんに負けないぐらい大胆だ。


 それにしても……その寝顔の、なんて可憐なことだろうか。

 なんの警戒もなく、安心したような表情で、すやすやと眠っている。

 思わず、抱きしめたい衝動に駆られるほど……愛おしく、俺の目には映った。


 そんな俺の気配が伝わったのか、優はゆっくりと目を開き、きょとんと俺の顔を見つめ……そして、がばっと起き上がった。


「た、拓也さんっ、お目覚めになってたんですねっ!」

「あ、ああ。ついさっき。ちょっと驚いたけど」

「驚い……た?」

「ああ。まさか、君が隣で寝てるとは思わなかったから」

「えっ、だって拓也さんが『添い寝して欲しい』っておっしゃったから……」

「ええっ、俺が?」

「……覚えて、ないんですか?」

 ちょっと気まずそうな、悲しそうな表情を浮かべる優。


「あ、いや……うわごとで、言ったかもしれない。その……そう思ってたから……」

 つい、本音が口に出た。

 一瞬、しまったと思ったが、意外にも優は笑顔になった。


「だったら、良かったです。拓也さんが望んでくれていたのなら、そうするのが私の役目ですし」

「いや、あの……でも、けっして、その、いやらしい意味で言ったんじゃないから」

「はい、分かってますよ。拓也さん、優しいですから」

 うう、なんて良い子なんだ。こんなにされたら、俺は本気で優の事を……。


「それで、ご気分、どうですか?」

「ああ、大分良くなった。まだ、ちょっとめまいが残っているけど」

「まあ、それじゃあ、もう少し寝てなきゃだめですよ。……で、私はどうしましょうか?」

 ちょっと、赤くなってもじもじしながら聞いてくる。


「じゃあ、その……本当に、嫌でなかったらでいいので……添い寝、続けて欲しい」

 言っちゃった。


 彼女はぱっと表情を明るくして、

「はい、承知しました」

 と言って、再び俺の布団の中に潜り込んできた。


 お互い仰向けになり、肩をぴったりとくっつけて隣にいる優。

 ……なにやら、襖が少し開いており、こそこそと話し声が聞こえる。


(優、うまくやりましたわね)

(まあ、私としては優とくっついてくれる分には文句はないけど)

(私も見るーっ!)

(私もーっ!)

(だめ、二人ともまだおとなしく寝ていなさい)

(ふぇーん……)

(あの内気だった優が……同い年ですし、気も合うんでしょうね)

(まあ……いいんじゃないですか。……そっとしておいてあげましょう)


 ……見られているのは分かったが、それも嫌な気分ではなかった。

 優も、たぶん分かっていた上で添い寝してくれている。


 俺は、この上なく幸せな気分になった。

 そして、もう確信に変わっていた。

 俺は、優に恋している――。


 しかし、急速に仲良くなってしまったその事が、後に引き裂かれるかもしれない二人の運命を、より過酷なものへと変えてしまったのだった。

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