第6話 熱冷まし
ナツ、優、凜さんの三人は、すがるような目で俺を見ている。彼女達に頼れるのは、俺しかいない。
しかし自分としても、
俺が三人より役に立つ事があるとすれば、それは現代の知識を生かす事と、タイムトラベル能力を使うことだ。
「ハルも布団を敷いて、寝かせるんだ。同じ部屋の方が看病しやすいだろう。あと、暑がっていたとしても、少なくとも腰から下は冷えないように布団を掛けて。それと、二人とも濡れ手ぬぐいで頭を冷やすのは、続けて。汗をかくかもしれないから、着替えと飲み水を用意しておいて。あ、生水はダメだ。煮沸してさましたのを飲ませるんだ」
俺の指示に、三人はてきぱきと従ってくれた。
そこに源ノ助さんの声が届く。
「拓也殿、啓助殿が来ておりますがっ!」
「啓助さんが? ちょうどいい!」
万屋の啓助さんが、昨日話していた内職の資材を持って来てくれたのだ。
そこで俺は彼に事情を説明し、医者に来てもらうように掛け合った。
啓助さんはすぐに了承してくれ、飛ぶように走っていった。
医者を呼んだ、という話に、少女達は幾分安堵した。
しかし、これでまだ十分という訳ではない。
この時代の医者は免許があるわけではなく、腕はそれこそピンキリのはずだった。
また、自動車など存在しないので、歩いてここまで来なければならない。一体どれほどの時間がかかるのか。
この状況に必要な物をいくつか思いついたが、それを手に入れるには一旦現代に戻らなければならない。
タイムトラベル発生装置「ラプター」は、一度使用するとその後三時間、使用不可能となる。ならば「三時間ずらして戻ればいいではないか」と考えるかもしれないが、あいにく「ラプター」の使用可能周期は三百年と数十日。つまり、それ以前となると、今度は六百年前に「行けるかもしれない」という制限のある代物なのだ。
俺は三人の少女達に「
なお、この時代の「一時半」という表現は、現代の三時間にあたる。
俺は時間節約のため納屋の裏に駆け込み、誰も見ていないことを確認してその場所を「ラプター」に地点登録し、急いで現代へのタイムトラベルを実行した。
……長い三時間だった。
リュックを背負い、手にはクーラーボックスを抱え、江戸時代に帰ってきた。
納屋の裏から荷物満載で登場した俺に源ノ助さんは驚いたが、事情を説明しているヒマはない。
「医者は来ましたか?」という俺の問いに、源ノ助さんは「いや、まだ来られておりません」とだけ応え、手が塞がっている俺に変わって玄関の引き戸を開けてくれた。
「拓也さん、帰ってきてくれたのですねっ!」
安堵したように出迎えてくれたのは、優だった。
「ああ、もちろん。二人の様子はどう?」
「ユキちゃんの熱はまだ下がっていません。あと、ハルちゃんも、ユキちゃんほどではないけど、やっぱり熱があって寝込んでいます」
「そうか……それで、意識がはっきりしないとか、痙攣を起こしたりとか、そんな様子はないかい?」
「いしき……けいれん?」
少し専門的な用語になると、さすがに分からないようだ。まあ、俺も「お家の医学」なる家庭用の医学書をついさっき見て得た知識なのだが。
とりあえず、直接診た方が早いと思ったので、すぐに彼女達の部屋へと向かった。
早速容態の悪いユキの熱を、前回同様に測ってみる。やはり、40度近い高熱のままだ。
そこで俺はクーラーボックスを開けて、その中身を濡れ手ぬぐいを浸す桶の中に入れた。
「えっ……これってまさか、氷なのですか?」
凜さんが驚いた。
無理もない。彼女らにとって氷とは、真冬の寒い夜中に、水溜まりの表面に薄く張るそれしか知らないのだ。こんなに四角く、大きな塊が沢山入ってる事が不思議に思えて当然だ。
「ああ、この方がよく冷えると思ってね。俺達の世界じゃ氷はこういう形で手に入る。それと、のどが渇いたと言ったら、これを飲ませると良い」
俺はそう言って、氷と一緒に入れて冷やしておいたスポーツドリンクのペットボトルを取り出した。
「これは……一体、何でできた容器なのですか?」
凜さんがまた興味を示す。
「……まあ、細かい疑問はまた後で説明するよ。それよりも、ユキの熱を下げる方が先だ。良い薬を持ってきたんだ、これを使うといい」
俺はそう言いながら、リュックから小さく四角い紙箱を取り出した。
中を開けると、白く細長く、少しいびつな形のカプセルが現れる。
「分かった、これを飲ませればいいんだな?」
ナツが焦って俺の手からそれを取ろうとする。
「いや、違う。これは飲ませちゃダメなんだ」
「飲ませない? じゃあ、どうするんだ?」
「これは『座薬』といって、お尻の穴に入れるんだ」
……十秒ほど、空気が凍り付いた。
「……貴様っ、ユキとハルのために一生懸命やってくれていると思ったのに……尻の穴に入れるだと? 熱を下げるのに、そんな
ナツは固く拳を握っており、今にも俺に襲いかかってきそうだ。
「い、いや、本当にこれはそういう薬なんだってば。ほら、ここにも書いてある」
俺は慌てて取扱説明書の絵を見せた。
「……本当、お尻に入れるように描いている……」
優の顔は少し赤くなっていた。
「しかし……そんなこと、すぐに納得できるわけが……」
「ナツちゃん、ここは拓也さんの不思議な力を信じましょう。冷たい氷を、こんなに沢山持ってきてくれたんですもの、この薬だって相当苦労して手に入れてくれたに違いないわ」
うんうん、優はいつも優しくて、俺の味方だ。
「……わかった。ここは貴様を信用する。でも……誰がこれを入れるんだ?」
「ええっと、普通は自分で入れるけど、ユキ、自分でできるかな? ダメなら……女の子だし、さすがに俺はやめておくよ」
その言葉に、ナツは少し安堵したようだった。
「だったら私がその役目、引き受けますわ」
名乗り出たのは、年長のお凜さん。ここは彼女の言うとおりにしよう。
そして俺は、襖を隔てて隣の部屋に待機することになった。
「さあ、お雪ちゃん。お尻をこっちに向けて、四つん這いになってね」
「ふええん……ちょっと恥ずかしいよぉ」
「大丈夫、かわいいお尻ね。じゃあ、今から入れるけど……覚悟はいい?」
「うん……痛くしないでね」
「分かったわ。優しくするから……これでいいのかしら……」
「ふやうっ!」
「……入ったわ。どう? 痛い?」
「ううん、あんまり痛くないけど、なんかへんな感じ……」
……たかが座薬を入れている声が聞こえるだけだが、なぜかドキドキしてしまう俺は、異常なのだろうか……。
部屋に戻ることを許可されたときには、ユキはもう布団の中に戻っていた。
「ハルちゃんは入れなくていいかしら?」
「ああ、さっき測ったら38度ぐらいだったから、普通にこの風邪薬飲んで寝てれば大丈夫だと思うよ。もっと高くなれば座薬を使えばいい」
そう言っても、38度とか40度とか、彼女達にはその基準が分からないし、そもそもデジタル数字の読み方も知らない。
そこで俺は体温計の使い方を、数字の読み方も含めて教えてあげ、実際に彼女達に使わせて、普通はこのぐらいだと理解させた。
体温計を脇の下に挟むとき、優とナツの二人は俺に背を向けたが、凜さんだけは俺に見せつけるように胸元をはだけてくる。俺はすんでのところで目を逸らせた。
そうこうしているうちに、啓助さんに連れられて、坊主頭で白い
彼の歳は源ノ助さんと同じぐらい。早速診察してもらうことになった。
俺は部屋を出ようかと思ったが、凜さんの勧めで立ち会うことになった。
目を見たり、口の中を見たり、のどのあたりに触れたり。
寝巻きの上半身を脱がせ、胸からおなかのあたりを押したりもする。
現代の触診に似ていると、俺は思った。
ハルに対しても、同じように検査した。
上半身裸だから、当然彼女の胸も、俺は見てしまうことになる。
双子だから当たり前だが、胸の膨らみ方、整った形とも姉のユキとそっくりで、とても綺麗な印象を受けた。
まだギリギリ子供の体。俺は変な意識を持つまいと、なんとか耐えた。
医師の診断では、重い病気ではなく単なる「カゼ」だが、こじらせたためにのどの奥の両脇、つまり「扁桃腺」が腫れていることが高熱につながっているということだった。
ハルも同じカゼだが、のどはそこまで腫れておらず、熱もそれほど高くないという話だ。
暖かくして安静にし、定期的に白湯を飲ませるように勧められた。
その際、湯飲み一杯につきほんのひとつまみ、塩を混ぜるようにとも指示された。
薬も出してくれ、その名前は「カッコントウ」と「ジリュウ」だった。
両方とも汗をかいて熱が下がれば使用をやめるように、との注意を受けた。
診察料は薬代も含めて「一分」、つまり一両の四分の一。
啓助さんによると、往診でしかも二人診てもらってのこの値段は、相場より安い、とのことだった。
俺は個人的に、この先生は「当たり」だと思った。
ただ、出してくれた薬は、現代から持ち込んだ別の薬を使っていることもあり、成分の重複による副作用が怖いので、先生には申し訳ないがこっそりと使わないように指示した。
医者が帰って二時間後には、座薬の効果てきめんで、ユキの熱はみるみる下がり、37度台に落ち着いた。
ハルも、風邪薬の効果か、それ以上熱が上がることはなく、大分症状が和らいだようで、夕方には二人とも「おなかがすいた」と言えるようにまで回復してきた。
俺は今回のタイムトラベルで現代の米と玉子を持ち込んでいたので、それで優に雑炊を作ってもらい、二人に食べさせた。
「こんなにおいしいご飯、食べたことない」と、二人とも大喜び。食欲が戻ったのは本当に幸いだった。
ちなみにその雑炊、他の三人にも大好評で、双子が快方に向かっていることもあり、俺も含めて安心しておいしく食べることができた。
その夜、俺はこっそりと三時間ごとに現代と過去を往復し、さらに彼女達に必要と思われる物資を運び込んだ。
翌日の早朝、日の出と共に母屋を訪れると、ユキとハルは相当回復しており、普通にみんなと囲炉裏部屋で食事出来るようになっていた。
俺は納屋に置いていた、夜中に運び込んだ追加の米や果物、栄養ドリンク、新しい薬、石鹸や歯ブラシ、シャンプーやリンスなどの日用品にいたるまで、彼女達が快適に生活できるよう、また、モニターとして使ってもらえるように、説明を加えながら運び込んだ。
凜さんや優、ナツも、次々持ち込まれる珍しい物に興味津々だった。
ようやく全て運び込んでほっとしたとき。
くるくると、世界が回った気がした。
どすん、という音と共に、俺はしりもちを着いた。
……目が回って、立てない。
今度は、俺が寝込む番だった。
誰か看病、してくれるのかな……。
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