2. 約束
その夜、アプリコーゼの寝室。
無器用な手付きで寝巻きに着替えるアプリコーゼ。
それを見守り終えたモニカは、部屋を去ろうとドアに手をかける。
「……待ちなさい」
振り返ると、ベッドの上に座ったアプリコーゼが、ふてくされた顔をしていた。
白い毛布をまくりあげ、ここに来なさいとばかりに、パンパンとシーツを叩く。
モニカは苦笑いを浮かべながら一旦寝室を出て、自分の部屋で寝巻きに着替える。
戻ってくると、アプリコーゼは毛布に身を包み、丸くなっていた。
灯りを消し、足元の掛布団をアプリコーゼにかけると、自分もその横に潜りこんだ。
月明りが照らす暗い部屋。ベッドの柔らかさを全身で感じる。
やがてアプリコーゼがもぞもぞと、モニカの近くに寄り始めた。
「……あなたは一体、いつになったら、ひとりで寝られるようになるのかしらね」
天井を見上げながら、ささやくような声でモニカは言った。
わずかな静寂の後。
「……いいじゃない。モニカだって、こんなふわふわのベッドで寝られるのだから」
あなたの部屋のベッドは硬すぎるのよ、と、なぜか不満げな口調で呟く。
「そうなんだけど……私、最近思うのよ。ふわふわのベッドに慣れちゃって、自分のベッドで寝られなくなっちゃったらどうしようって、ね」
「あら、悩むことはないでしょ。私とずっと一緒に――」
そこまで言って、アプリコーゼは言葉を止めた。
遠くで鳴くフクロウの声を聞きながら、モニカは自分の発言を後悔する。
ぎゅうっと身を縮めるような衣擦れの音から、少女の孤独を感じ取り、胸を痛めた。
「ねえ、モニカ」
背を向けて。
「あなたはいつまでも、私の世話係をしてくれても、いいのよ」
小さな声でそう言った。
「それは、どうかしら……ね」
モニカは、アプリコーゼの両親について、さほど詳しいことは知らない。
彼らは革命により支配者の座を追われはしたものの、国が生まれ変わるにあたって、政治的に協力をしている。やがて国が安定し、その職務が終わったときに、アプリコーゼを迎えにくると。
そんな話だけを聞いていた。
そしてその時がきたら――私の役目は終わりだと。
モニカはそう考えていた。
アプリコーゼが両親のもとで暮らせるのであれば、私なんかが近くにいなくとも――
「ううん、べつに世話係でなくてもいいの。そう、例えば……もんばん、とか」
「なによそれ。私みたいなのが門番をしてても、何の役にも立たないじゃない」
モニカはくすくすと笑う。
「でもそうね、槍か何かを華麗に使いこなして悪い人を追い払うのも、格好いいかも。今度、衛兵さんに習ってみようかな。アプリコーゼも一緒にやってみる?」
「……モニカのばか」
アプリコーゼは不機嫌な声で言うと、毛布に潜りこんでしまった。
やれやれ、と、モニカは息を吐き。
「承知しました。お姫様」
言って、アプリコーゼをぎゅっと抱き寄せた。
「ずっと、とは言えないけど、あなたがひとりで寝られるくらいになるまでは、私はあなたの世話係でいてあげる。その間は門番のように――あなたを守ってあげるから。だから今日はもう寝なさい。ね?」
アプリコーゼは、もぞもぞと毛布の中、モニカの方に身体を向ける。
枕の上に顔を出して、ありがとう、と、小さな声。
細い月明りの下、ふたりは目を閉じる。
やがて部屋は少女たちの寝息に包まれ、ゆったりとした時間が過ぎていった。
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