第7話






 柏木雲雀は無事に俺の妻の一人としてるりとさんごに認められた。なので、彼女をこの宇宙ステーション・ツクヨミの管理メンバーとして登録する。


「生体情報の登録完了しました。それでこれからどうしましょうか?」

「そうだな……現実の引っ越しもあるが、高速巡洋艦エリクシールから連絡がきたら俺が対応した方がいいしまだログアウトできない。悪いがもう少し待ってくれ。そもそもひばりはどこからログインしているんだ?」

「私は今、北山先生のところにいます。その、先生に連絡してみます」

「頼む。ルラはどうする?」

「……動力炉……直す……」

「わかった。そっちは頼む。ルリはステーション全体の外壁修理だな?」

「はい。ドックを優先していましたので、次は行ける場所を増やすために外壁のロボットを修理しています」

「なら、何かあったら連絡をしてくれ。俺はひばりにこの艦の案内をしてくる」

「わかりました」


 今、俺達がいるのはドッグに停めてある電子戦専用高速巡洋艦のブリッジだ。宇宙ステーションであるツクヨミと接続させて、ステーションの管理機能を移して艦で行っている。本来のコントロールルームは外壁が直らないと外からいくしかないので、このような感じにしてある。中から行こうとしたら隔壁を開けて空気を抜かないといけないのだ。簡単に言えば現在、この艦からツクヨミにアクセスして操作している感じだ。


「終わりました」

「先生はなんて言っていたんだ?」

「その、私の身体を先輩の家に宅配しておくって言われました……」

「宅配って人扱いされていないのか……」

「その、私は今、物扱い……奴隷扱いされています……」

「借金のせいか?」

「はっ、はい……返せないことがわかっているので、逃亡防止用の首輪がつけられています……」


 どうやら、人道的な扱いはやはりされないようだ。ただ、これはるり……ラピス達に話す内容ではないな。


「わかった。それなら艦を案内する。こっちに来てくれ」

「はい、先輩」


 ひばりを連れて重力の薄い廊下を進んでいく。電子専用とはいえ高速巡洋艦はとっても大きい。そのため移動に時間がかかって疲れるので重力は軽くしてある。


「そういえばひばりは……」

「どうしたんですか?」

「いや、聞きずらいことを聞いてもいいか?」

「はい、大丈夫です」


 ひばりも大丈夫だと言っているので、聞いてみよう。


「ひばりは孕んでないよな?」

「なっ、ななにを言っているんですかっ!」


 顔を真っ赤にして慌てるひばりは両手をぶんぶん振ってくる。


「いや、柏木のところに居たからな。流石に他人の子を育てるのは覚悟がいるから聞いてみた」

「しっ、してませんっ! キスだってしていないんですよっ!」

「え? どういうことだ?」


 普通に考えて嫁入りか婿入りかはわからないが、結婚したのだからそういうことはしているものだと思ったのだが……キスすらしていないのか?


「そっ、その……私は結婚したのは一人が無理だと判断して、支援目的でいいから一緒にどうかと誘われたからです」

「それでも子供を産まないといけないだろ」

「はい。それは嫌なことですが、仕方ないことです。でも、初めてなので、せめて好きになった人じゃなくても、相手の人のことをそれなり知ってからでいいと思ったんです。デートをしたりせずに話し合っただけで、身体を許すなんて考えられなかったですし。先生もお試し期間でいいとも言ってましたから……」

「それで拒否したのか?」

「はい。そのことをちゃんと伝えて結婚したので、大丈夫だと思ったんですが……知らない間に借金までさせられて、起動兵器を取りあげられて捨てられました」


 まあ、アイツからしたら他に10人も妻がいるんだから、ひばりに拘る理由もなかったんだろう。やらせてくれないひばりより、他の妻のことを優先したのもわからないでもないな。ただ、借金させて彼女の起動兵器を取りあげるのは許されることではない。まあ、もしかしたら他の女共が柏木には知らせずにやっただけかもしれないな。


「じゃあ、ラピス達の条件とは矛盾するかもしれないが、やらない方がいいな」

「だっ、だめですっ!」

「ひばり?」


 ひばりは青ざめた表情で俺の手を掴んで自分の胸に押し当ててくる。掌からは柔らかい感触が伝わってくる。それどころか、彼女は自分からスカートを震えながらあげようとしてくる。とりあえず、彼女の手を退けてやる。


「どうしたんだ?」

「お、お願いします……わ、わたしを犯して孕ませてください……お願いします……なんでもしますから……どんなことだって受け入れます……奴隷でもペットでもいいですから……」


 彼女は涙を浮かべて震える身体で俺に抱き着いて懇願してきた。目覚めた当初とは随分と考え方が変わったようだ。


「落ち着け。望む通りにしてやるから、理由を言ってくれ」

「……北山先生に……ある施設に連れて行かれました……」

「施設?」

「はい……逃げられないように私達の身体に機械を埋め込まれたんです。その機械は……許可無く施設の移動や出歩くことができないようにする機械らしいです。本当に身体が動かなくなりました」

「逃亡防止用か」


 よくよく考えたら、俺達の身体にもGPSやそれに類する物が埋め込まれていても不思議でもなんでもないな。彼等からしたら、俺達を高い金を掛けて治療して目覚めさせたんだ。その採算を取るまで絶対に逃がしはしないだろう。


「それから、その施設を見学させられました……」


 明らか顔色がさらに悪くなって歯がガチガチ鳴るぐらい震えだした。よほど恐ろしい目に合ったのだろう。だが、ここは聞かないといけない。ひばりもその方が落ち着くかもしれないし、そうじゃなくてもルリやさんごのためにも聞いておいた方がいい。


「何を見た?」

「頭を覆う管が沢山ついた機械をつけられ、女性と男性がひたすら……その、生殖行為をしていました……」

「それは……」

「北山先生はその人達の記憶や意識を奪われているとおっしゃっていました。本当にその人達は人じゃなくて獣のようでした。それに……その人達を世話していたのは同じ顔と姿をした無数の人でした」

「双子とかじゃないよな?」

「どの人も10人以上同じでした。」

「クローンか?」

「はい。先生は言っていました。アレは親や生まれた子供のクローンだと……」


 ひばりから詳しく聞くと、非人道的どころの問題じゃなかった。俺達を助けた連中の目的は絶滅危惧種となった人類を増やすこと。その方法が子供を産ませること。

 産ませた子供は細胞を採取してクローンとして増やしていき、労働力にする。このクローンで繁殖行為をしても滅多に子供が生まれないらしい。その対策としてさらにクローンを作っていくと、どんどん細胞が劣化していって最終的に廃棄するしかないそうだ。こうして人類は労働力の確保も行って滅亡から逃れてきたようだ。

 ただ、この方法にも問題があった。最初は残った人類で繁殖しても問題なかったが、どんどん血が濃くなってきて繁殖すらできない者が生まれるようになってきた。このことに困った連中は様々な方法を試したらしい。多少の成功はあったが、それはすでに人類と言えるものではなくなっていたそうだ。なので、コールドスリープされていた者達に彼等は目を付けた。過去の俺達を目覚めさせて繁殖させれば人類の寿命はかなり延びるというわけだ。

 こうして俺達は目覚めてからこのような状況に置かれている。

 彼等からすれば繁殖さえすれば問題ないが、資金を稼いでくれた方がいい。そんなわけでこのゲームで働かせるということだ。本当にゲームかどうかすら怪しい。このゲームは痛みや味など五感どころか、排泄とかも全て再現されていて、現実と変わらないのだ。


「どちらにせよ、人類の存亡を防ぐためなら人権を守る理由もないと」

「はい……一応、最初から繁殖場に送り込まずに支援して、楽しく幸せになれるように改善もされているらしいです。ストレスで繁殖能力が落ちるという理由もあるそうですが……」

「確かに努力さえすれば幸せになれるか。死なないゲームでお金を稼げるわけだしな。ただ、それも繁殖という最低限のお題目を達成したらか」

「そう、です。私はこのままだと現状に対応できず、自由にさせても利益はだせないと判断されて不適合者とされると言われました。そうなると記憶と意思を消されて子供を産むだけの道具に……そんなのっ、絶対に嫌ですっ! 私は子供を産むための道具として生まれてきたんじゃありませんっ!」


 ひばりが言う事ももっともだ。ましてや記憶や意思を消されるとなると、それは死と変わらない。


「せっ、先生は私に最後のチャンスをあげると言ってくれました……」

「それが俺の妻に……いや、俺の子供を産むことか」

「そうです。私が先輩の子供を半年以内、遅くても一年以内に孕めと言われました……」

「それってできるかわからないだろ」

「い、一応……している動画や写真を提出すれば少しは待ってもらえるらしいです……」


 泣きながらひばりは教えてくれた。ひばりとしては北山先生を恨んでいるのかもしれないが、北山先生からしたら施設まで案内して詳しく説明する必要なんてない。おそらく、これはひばりに現実を教えて自らの状況がかなり危ないということを理解させるためだと思う。その目論見通りにひばりは必死になって俺に縋り付いている。


「先輩……ご主人様……お願いします……お願いしますから……」


 俺が黙って考えていたから、不安になったようだ。本当に効果覿面だったようだ。


「大丈夫だ。ひばりは俺の妻になったんだからな。嫌だと言っても俺の子供を産んでもらう」

「あ、ありがとうございます……子供さえ作ってくれれば頑張って一人で育てますから愛してくれなくても……」

「何を言っているんだ。ちゃんと愛するようにする。二人も家族だと認めていただろう」

「あっ……いいんですか……?」


 不安そうに聞いてくるので、頭に手を置いて撫でながら言い聞かせてやる。


「もちろんだ。認知もしっかりとするし、俺もひばりが俺達四人で幸せになれるように頑張る。だから、ひばりも無理かも知れないが、俺のことを、家族のことを愛するように頑張ってくれ。最悪、俺を除いてもかまわない」

「いえ、いえ……私は先輩もしっかりと愛したいと思います……」

「そうか、ありがとう」

「はいっ」

「じゃあ、これを誓いの証としよう。ひばり、俺と結婚してくれ」

「はいっ!」


 ひばりの左手の薬指に指輪を嵌めてあげる。すると本当に嬉しそうに指輪に頬擦りまでしだした。俺は嬉しそうにしているひばりを見ながら、このことを計画した北山先生の顔を思いだした。あの人、絶対に狙ってやってる。

 その核心を得るためにひばりを俺の妻とすることをメールで伝えると、すぐにひばりのデータが更新されて送り返されてきた。そこには柏木ではなく、高宮の苗字が表示されて、高宮雲雀となっていた。予想通りというか、なんというか……事前に準備していたのがまるわかりだ。それにメールの最後に今回のことは上に報告したので彼女のことをよろしく頼む。と書かれていた。ひょっとしたら、改善されるのかもしれない。


「ひばり、嬉しがっているところ悪いが……」

「なっ、なんですか……?」

「不安になることではないと思う。ただ、あくまでもるりとさんご……こちらでいうラピスとルラを優先させてもらと言いたいだけだ」

「そんなことですか二人は正妻で、私は愛人か妾だってちゃんとわかっていますよ」

「すまないな……」

「全然平気です。できたら、私も最初から先輩のところにいたかったですが、こればかりは仕方がないですし……」

「ただ、言った通り、ひばりも全力で幸せにするように努力する」

「ありがとうございます。私も先輩や妹達を幸せにできるように頑張ります!」

「そうだな」


 ひばりは明るく告げてくれたので大変助かる。とりあえず、俺に対するひばりの好感度はかなり高くなっている。これで俺がミスらない限りは大丈夫だろう。さしあたって士官学校の帰りとか休日にデートをすればいいか。デートに憧れがあったようだしな。


「っと、ここが寝室で、反対側が俺の部屋だ。その隣がルラの部屋で、更に隣がラピスの部屋だ。この辺の部屋は空いているから、好きに選んでくれ」


 各部屋の扉にはらいと、らぴす、るらとひらがなで可愛らしい筆記体で書かれたプレートが取り付けられている。といっても、ほとんど使用されていない部屋だ。ゲームだとラピスはブリッジにいるし、ルラはツクヨミの機関室にいるからだ。現実だとちゃんと部屋を使っている。


「じゃあ、先輩の隣の部屋にしますね」

「そうだな。後でプレートを用意してもらう。とりあえず、今は中に入ろう」

「はい」


 二人で部屋の中に入る。そこには様々な箱が積み上げられていた。それも古い奴だ。


「あの、これは?」

「あーこの艦はガチャで当たったんだ。それでステーションの修理で忙しくて……」

「つまり、全部は掃除も修理も終わってないということですか?」

「そうなるな」

「わかりました。先輩、片付けましょう」

「そうだな。部屋の片付けくらい手伝うぞ」

「いえ、全部です」

「え?」

「全部片付けて、使える物は回収して使えない物は捨てます。それから大掃除です。先輩と私はパイロットです。人型の機動兵器もない現状、私にはそれぐらいしかできません。それとも人型機動兵器があったりしますか?」

「ないな」

「でしたら、ちゃんと片付けましょう。私は綺麗な方がいいです。それにその……こう言ったら調子に乗ってるかもしれないですが……私はだらしない人は嫌いです……ある程度しっかりとしてくれればいいですが……」

「そうか」

「ごめんなさい」

「いや、全然いいさ。そういうことを言い合って直していく方が家族っぽいだろう」

「そう、ですね。わかりました。私も家族として、妻として、頑張ります。まずは家事を頑張ってみます」

「それで頼む。現実の家も広いから人手が足りないしな」

「が、頑張ります」


 その後、二人で木箱を確認しながら処理していく。中には書類があったり、艦内の地図があったり、航路図があったりと当たりも結構あった。一番の当たりはこの艦の設計図かもしれない。これは修理に使える。ただ、はずれは衣類の切れ端だったり、誰が着たかもわからない上にカビた服だったり、生ゴミだったりする。そういうのはダスト行きだ。ただ服に関してはアマノミハシラで鑑定してもらう。高価な品物だったらクリーニングなどして売れるかもしれないからだ。


『ライトさん、エリクシールより入電です。機関士や人手を貸し出すので見積書を出して欲しいとのことです』


 部屋にあったモニターに艦長席に座りながら、色々と操作しているラピスの姿が表示された。見積書の依頼ということはここに停泊してくれるようだ。


「ラピス、時間ごとではなく、歩合給で見積書を出してくれ」

『わかりました。一応、ライトさんは戻ってきてください』

「了解だ。ひばり、後は頼む」

「任せてください」


 俺は見つかった資料を持ってブリッジへと戻っていく。しかし、電子専用という名前で騙されたな。紙媒体で保存されていた資料が残っていたとは思わなかった。これは艦の探索もしないといけないな。


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