第76話
「――よっ!」
宴会会場に舞い降りた、ほっそりとした、いかにも小回りの効きそうな鳥船から身軽に飛びおりた、青い髪の小柄な青年は、そう一声かけ、誰にともなく、元気よく片手をふって見せた。
「――あらあ」
ハルディアナは、青年を見て、ちょっと驚いたような声をあげた。
「あれ? ハルさん、あの人もエルフですか?」
エルメラートが小首を傾げる。青年の髪は、ハルディアナとよく似た鮮やかな青。その耳は、ハルディアナによく似た――いや、というか、エルフ族の典型的な特徴としてつとに名高い、すんなりと長くのびた、独特の形をしている。
「そうねえ、エルフの血をひいているのは間違いないと思うけど――」
ハルディアナもまた、小首を傾げた。
「でも――こう言っちゃなんだけど、純血のエルフじゃないわね。エルフ族はもっと、ええと――背が高いのが普通だし、顔立ちなんかもなんとなく違ってるわあ」
「ふうん――じゃあ、ぼく達の子供も、あんなふうになるのかなあ?」
「そうねえ、ライちゃんは、ちっちゃいもんねえ。ちょっと似た感じになるかもしれないわねえ」
「へえ、そっかあ」
「よお、パル」
パルロゼッタを見つけた青年が、元気よく手をふる。
「クラリー、首尾はどんなもんであるか?」
「ああ、バッチリバッチリ。手紙は全部渡し終えたぜ」
「それはお疲れ様であるよ」
「なあ、おれ達も、宴会に参加していいか?」
「おれ『達』?」
ライサンダーが首をひねった。
「あの――あの鳥船の中に、まだ誰かいるんですか?」
「ああ」
青年は、軽くうなずいた。
「おい、パル、おれ、自己紹介とかしておいたほうがいいか?」
「それは、しないよりはしたほうがよかろ」
「そっか」
青年は再び、軽くうなずいた。
「えーっと、初めまして、かな? おれは、クラリオロイドフェルディオロルカレンドロン・ティンクカンディントゥード」
「え? ク、クラ――」
「あははははっ、長すぎる名前だろ? おれだって、ガキの頃は全部言えなかったもん。クラリーでいいよ。みんなそう呼んでる。それか、『早耳』か」
「早耳――ああ、パルロゼッタちゃんが、手紙を頼んだ子ねえ」
ハルディアナがのんびりと言う。
「そ。おれが、セティカの早耳。早耳クラリー。あー、ちなみにおれ、エルフとノームの混血ね。めっずらしーだろ?」
「それは珍しいですねえ」
エルメラートが、素直に感嘆する。
「でも、ハルさんのおなかにいる、ぼく達の子だって、珍しさじゃ負けませんよ! ハルさんはエルフで、ぼくは淫魔で、ライさんは、ドワーフとホビットの混血だから、ぼく達の子は、今言った種族の血、全部をひいて生まれてくるんですからね! すごいでしょ!」
エルメラートがうれしそうに、堂々と胸をはる。
「おお、そいつはほんとにすげえな!」
クラリーもまた、素直に感嘆する。
「えーと、黒竜といっしょになんやかんややってるってのは、あんたらで間違いねえのか?」
「あたしたちだけじゃないけどねえ」
ハルディアナがクスクスと笑う。
「あっちで獣人さん達といっしょにごちそう食べてるリヴィーちゃんとミラちゃんも、あたし達の仲間だし、ほら、あっちのほうでチビちゃん達の面倒みてる、パースちゃんとエリックちゃんも、あたし達の仲間よお」
「あっちで女豹の獣人とおしゃべりしてるのが、黒竜のクレアノンか、もしかして?」
「あらあ、よくわかったわねえ」
「うん、おれ、そういうのなんとなくわかるんだよ」
と、真顔で答えるクラリー。
「クラリー」
「ん、なんだ、パル?」
「鳥船に乗ってる人を、おろしてあげなくていいのであるか?」
「……あ、忘れてた」
ペチンと額をたたくクラリー。
「わりぃわりぃ。おーい、出てきていいぞ。一人でおりられるか?」
「――はい」
聞こえてきた声を聞き、ハルディアナ、エルメラート、ライサンダーは、なんとなく納得する。
クラリーの鳥船は、とてもほっそりとして、いかにも小回りがききそうで、そして――。
そして、その中に、人間の大人が二人乗るには、ずいぶんと無理をしなければならないのではないか、というほど、小さなもの、だったのだ。
鳥船の中から聞こえてきたのは――甲高い、子供の声、だった。
「――こんばんは」
そう言って、ひらりと鳥船から飛び降りたのは。
白に近いほど淡い金色の髪と、美しく澄みわたった翡翠色の瞳の、空色のドレスを身にまとった、10歳そこそこの、ほっそりとした少女だった。
「――初めまして。ティアンナ・キャストルクです。キャストルク当主、フィリスティア・キャストルクの、ええと――」
少女は――ティアンナは、ちょっと困ったようにクラリーを見やった。
「あの、クラリーさん、どういうふうに言えばいいと思いますか?」
「ああ、えーっと、ティアンナは、フィリスティアの、姪っ子の姪っ子だよ。こういうのって、どう言やいいんだ?」
「まあ、フィリスティアは、ティアンナの、大おばとでも言っておけばよいのではないのであるか?」
と、パルロゼッタが小首を傾げる。
「そっかー。うん、まあ、そんなとこなわけだよ、うん」
「であるよ」
と、パルロゼッタが周りの者にうなずきかける。
「あの、ええと、わ、私はまだ子供だから、あの、ええと、な、なんの――なんの――なんの、『けんげん』も、ないんですけど」
ティアンナは、大真面目な顔で、懸命に言った。
「それでも、あの、フィリスティア様に言われて、やってまいりました」
「あら、ちょっと待って」
ハルディアナが穏やかに、ティアンナの話をさえぎった。
「そういうことは、あたし達じゃなくって、クレアノンちゃんに直接言ってもらったほうがいいわねえ」
「今、ライさんが呼びにいってます」
と、エルメラートが補足する。
「――わかりました」
ティアンナは、素直にうなずいた。
「よく来たわねえ、ティアンナちゃん」
ハルディアナは、にっこりとティアンナに笑いかけた。
「おいしいもの、たっくさんあるわよ。楽しい人達もいっぱいいるし。どうかゆっくり楽しんでいってちょうだいねえ」
「ありがとうございます」
ティアンナは、ニコッと笑った。
「やっぱり」
エルメラートも、ニコッと笑った。
「宴会は、お客様がたくさん来て下さる方が楽しいですよね!」
「そうよねえ。みんなで楽しむのって、ほんと、いいわよねえ」
やわらかな笑みを交わす二人の瞳に、ライサンダーに連れられてやって来る、クレアノンの姿がうつった。
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