第75話

「隊長隊長、この人って、じょ、冗談言ってるんですよね?」

 クレアノンと共に宴会会場を見て回るナルアの袖を、オルミヤン王国からやってきた探検隊隊員達の中では、比較的ほっそりと優美な体つきをしている、狐の獣人が、困り顔で捕まえた。

「ん? いや、私は、そんな事を聞かれてもおまえがどんな事を言われていたのか知らないんだから答えようがないぞ?」

「いや、だってだって」

 狐の獣人は、困り顔のままある人物を指さした。ある人物とは――男も女も見境なしで口説いては、片っ端から関係を結んでいくことでつとに有名な、ほとんど悪名と同義の名声を轟かしている、ソールディンの四兄弟(『四兄弟』とは、彼らと関係のない、赤の他人の呼びかたであるのだが)の一人、『人たらしのカルディン』である。

「こ、この人、お、俺に、その、なんつーか、その――つ、つきあってくれって――」

「あら、それ、カルディンさんは本気で言ってるのよ?」

 クレアノンは、いとも無邪気にそう告げた。

「そう、俺は、本気でもないのに人を口説くような失礼な真似はしない!」

 カルディンが胸をはって宣言する。……もっとも、彼の場合、その『本気』に持続力が全く欠けているというのが最大の問題であろう。

「……だそうだ」

「『だそうだ』って、ちょっと隊長!?」

「おまえ、私にどうして欲しいんだ?」

 ナルアは大きく肩をすくめた。

「別に私は反対せんぞ。個人の自由だろう、そんなの」

「いやいやいや、俺はそんな自由いりませんし! てゆーかむしろ、制限して欲しいですし!!」

「隊長さん反対しないってよ」

「いやいやいや! つ、つーか俺、男ですよ!?」

「別に、おつきあいするのに男も女も関係ないだろ?」

「おおいにありますよッ! て、てゆーかあの、あなたさっき、お子さんと一緒でしたよね?」

「うん」

「あの、その、ええと――」

「ん? ああ、全員俺の実の子。俺、女も好きだし」

「……あ、俺はその、女『だけが』好きですんで……」

「あそう? んー、じゃあまあ、まずはお友達からはじめてみないか? あんた、しばらくこの街にいるんだろ?」

「い、いやそのッ、お、俺は、大事な任務の途中ですので!!」

「任務? んー、でも、俺とつきあっときゃその任務とやらに役に立つこともあるかもよ? こう言っちゃなんだけど、俺、これでも、ハイネリア四貴族次席、ソールディン家の一員だし」

「だ、そうだぞ、リッキー」

 ナルアは面白そうに、ニヤニヤ笑いながら言った。

「た、隊長ー、笑ってないで助けて下さいよお」

「おまえらも少しは、のべつ幕なしにおまえらに口説かれる私の気持ちを思い知ればいいんだ」

 ナルアはすました顔で言った。

「……だめかなあ?」

 カルディンが残念そうな顔で言う。

「いやその、いやあの、ほんとその、なんていうか……」

「あー、んじゃ、ま、しょーがねっか」

 カルディンは大きく肩をすくめた。

「無理強いは趣味じゃねーし。それに、まだまだ候補者はいるし」

「…………」

 狐の獣人、リッキーは、世にも複雑な顔で自分の同僚達のほうを見やった。

「……隊長」

「なんだ?」

「俺らの中に、そういう趣味のやつっていましたっけね?」

「少しは混じっててくれると、私も楽でいいんだけどなあ」

「……いや、ら、楽って隊長……」

「この際、少しそっちに目覚めさせてやってくれないかなあ。そうなってくれると、私も楽になると思うんだ」

「なるほど」

 カルディンは、いとも真面目な顔でうなずいた。

「よし、がんばってこよう」

「ええ、がんばってきてください」

 真顔のままのカルディンと、すました顔でうなずくナルアを等分に見やり、目を白黒させるリッキー。

「がんばってらっしゃい」

 と、クレアノン。こちらもまた、いたって真面目に言っている。

「……誰かとめて下さいよ……」

「とめなくちゃいけないの? でも、カルディンさんは無理じいはしないわよ?」

 リッキーのうめきに、真顔で返事を返すクレアノン。

「あー……それは、そうでしょうけど……ってゆーか、そうであることを切に願いますけど……」

「な? わかったかリッキー。見境なしに口説かれるのって、けっこう大変なんだぞ?」

「おお、なんか俺、教材に使われちまってるよ」

 カルディンは、気を悪くした様子もなくケラケラと笑った。

「よしよし、それじゃあがんばって、隊員の皆様がたに大切な教訓を刻んできてあげるとしようか!」

「あら? じゃあ、カルディンさんは誰ともおつきあいが出来なくてもいいの?」

「いや、出来りゃ出来るにこしたこたないけどね。でもまー、こういうのは断られるのも楽しみの一つってもんよ」

「へえ……そんな考えかたもあるんだ」

 と、素直に感心するクレアノン。

「んじゃ、まあ、行ってきますよー、っと」

「……やれやれ」

「そんなにいやがることはないだろう、リッキー。おまえは一人だったが、私はおまえらざっと50人分なんだぞ?」

 ナルアが面白そうな顔でリッキーをからかう。

「いや、もう、ほんと勘弁してくださいよ……」

「――そういえば、竜の恋愛って、どんな感じなんですか? あの、もし失礼じゃなければ――」

 若い娘らしい好奇心を表に出して、ナルアがクレアノンに問いかける。

「ええと――失礼じゃないんだけど、個体差が大きすぎるのよね。だって、その気になれば、性別を自在に変えることの出来る竜も、一人だけで子を成すことが可能な竜も、他種族と混血出来る竜も、他種族を竜に変えることが出来る竜もいるわけだし。ああ、ちなみに私は、両性具有よ。今は人間の女性の姿をとっているけど、その気になれば『男性』になることも出来るわ。まあ、私は、この『女性』の姿が気にいっているから、何か切羽詰まった必要でもなければ、『男性』の姿にはならないと思うけど」

「へえ――勉強になります」

 ナルアが真面目な顔でうなずく。

「……なんで女の姿のほうが好きなんですか?」

 リッキーが、幾分おそるおそる、しかし、やはり好奇心に目を輝かせながらたずねる。

「なんで――ええと、どうしてだったかしらねえ? そうねえ――なんとなく、女性体でいるほうがしっくりくるのよねえ。特に理由を考えたことはないけど――」

 クレアノンは、小首を傾げてしばらく考えこんだ。

「――強いて言うなら、人間体になった時の、女性の体の形が好きだから、かしらねえ? ほら、女性の体って、男性の体より、圧倒的に曲線が多いでしょ? 私、そういう、なんていうか、曲線的なものが好きみたいなのよねえ。で、人間の女性の姿でいる時は、出来るだけほら、それらしくっていうか、女性らしい立ち居振る舞いや言葉づかいをしたいじゃない? それで、だんだんと――かしらねえ? ううん――自分でも、ちゃんとした理由がよくわからないんだけど」

 クレアノンは小さく苦笑した。

「え――じゃあ、生まれた時から女、ってわけじゃないんですか?」

 目をまるくして、リッキーがたずねる。

「ああ、私はね、生まれた時はまだ、どちらの性別でもない種類の竜なのよ。どちらでもあって、どちらでもない。そこから成長するに従って、自分の好きな姿を選んでいくの。男性体になったり、女性体になったり、両性体になったり、一つに決めずにいろんな体を試してみたり――。私はたまたま、女性体でいることが性にあったのよね」

「へええ――」

「なるほど――」

 リッキーとナルアが、感嘆の声をあげた、その時。

 空から宴会会場に、何者かが舞いおりた。

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