第73話
「わんわだー!」
ハイネリア四貴族筆頭、イェントン家当主ザイーレン・イェントンが一子、レオノーラ・イェントンは、まわらぬ舌でそう言ってはしゃいだ。
「わんわー! わんわいっぱいねー! いっぱいいるねー!」
「レ、レオノーラ!」
ザイーレンの妻、エリシアはあわてふためいた。なにしろ、犬系統の獣人に向かって、幼い子供が「わんわ!」とはしゃぐのが、彼ら獣人にとってどの程度の無礼にあたるものかさっぱり見当がつかない。
「ご、ごめんなさい皆さん! こ、この子まだ、本当に幼くて、まだ分別もついていなくて!」
「いえ、かまいませんよ。そんなに恐縮なさらないで下さい」
オルミヤン王国から来た獣人達の探検隊隊長、豹の女戦士ナルアはクスクスと笑った。
「だって実際、こいつらは犬なんですから。まあ、中には狐や狼もいますけど」
「ぶしつけながらおうかがいしてもよろしいですか? 探検隊のかたがたが、ほとんどその――犬、もしくはそれに類した系統の獣人種だということには、やはり何か意味があるのでしょうか?」
ザイーレンが、興味深げに目を輝かせながらナルアにたずねる。
「そうですね――私達獣人は、個人差はありますが、皆やはり、自分の属する獣種によく似た性格を、どこかしらにもっていますからね。こいつらのような犬系は、上がどんな種族でも、自分達の認めた長なら絶対の忠誠を誓ってくれますから」
「「「「「はい、俺達にとって隊長は絶対です!!」」」」」
宴会会場のあちこちから、元気のよい雄叫びが上がる。
「かわいいやつらですよ」
ナルアはクスクスと笑った。
「なるほど――」
うなずいたザイーレンの視線が、ふと流れる。
流れた視線の先には――。
「ああ、やっぱりリロイさんはいらっしゃらないのね」
「わりいな。兄貴はこういう、人が大勢集まるようなところが一番苦手だから。そのかわりによ」
ハイネリア四貴族次席当主、リロイ・ソールディンの弟、カルディン・ソールディンが、自分の背中にくっついている少年を、グイと前に押し出した。
「ヒューを連れてきたから。ほれ、ご挨拶しろ、ヒュー」
「あ、えと、えーと、ち、父リロイの代理でまいりました! ハイネリア四貴族次席、次期当主継承権第一位、ヒューバート・ソールディンです! 今日は御招きありがとうございます!」
「どういたしまして」
クレアノンはにっこりと笑った。
「皆さんでいらっしゃって下さったのね」
「たまには俺も、親父らしいことしねえとなあ」
カルディンは小さく笑った。その腕には、彼の子供の中で、確認が取れているうちでは一番幼い、1歳のリーンが抱かれている。
「ほれ、おめーらも挨拶しろ」
「クレアノンさん、今日は御招きありがとうございます!」
カルディンの娘で、今現在リロイの家に預けられている子供達の中では最年長のミオが、元気よく頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「ありがとーございます!」
「にゃんにゃだー! おっきいにゃんにゃだー!」
レオノーラよりほんの少しだけ年上のロンが、ナルアを見つけて大声で叫ぶ。
「あら、ロンさん、ナルアさんは、猫じゃなくて、豹の獣人なのよ」
クレアノンがクスクスと笑う。
「ところでカルディンさん、そちらのかたがたとは、私は初めて会うと思うんだけど?」
「ああ、こいつらは、姉貴のチビどもだよ。ええっとおまえら、いくつになったんだっけ?」
「よっつ!」
「よっつ!」
かわいらしい声が、見事に重なる。
「こいつら、双子でよ」
カルディンはクスリと笑った。
「生むときゃ姉貴も大変だったみたいだぜ。ま、チビだからよ、途中で寝ちまうだろうけど、よろしくな」
「よろしくね。私は黒竜のクレアノン。あなたがたのお名前は?」
「ラルーチェ!」
「ルディリア!」
「男がラルーシェで、女がルディリアな」
と、カルディンが補足する。カルディンの姉、リロイの妹、メリサンドラの子供達だ。
「姉貴はよ、どうしてもはずせねえ用があってよ。旦那のティコは、兄貴とはまた別の意味で人見知りしやがる性質だからよ」
「そう。それじゃあ、後でお二人によろしくね」
クレアノンは軽くうなずいた。
「ええっと、あと、ターシャは――」
カルディンがヒョイとのびあがる。
「――ありゃ? 何やってんだあいつ?」
カルディンは首をひねった。ソールディンの、世間一般でそうと認められている兄弟達の中では末っ子にあたる、ナスターシャは、相棒にして親友の、ノームのルーナジャと共に、パルロゼッタの移動書斎に向かって、何やら熱心に話しかけている。
「ああ、ノームのアスティンさんとお話しなさってるんじゃないかしら? アスティンさんは、知らない人と話すのが苦手なんですって。伝声管ごしなら、おしゃべりできるみたいなんだけど」
「ああ、ノームにゃ多いよな、そういうやつ。特に男に多いな。女はそんなでもねえみてえだけど」
カルディンは、小さく肩をすくめた。
「あぷー」
腕の中のリーンが、周囲の喧騒に誘われたようにパタパタと動く。
「っととと、おいおい、暴れんなって。俺、チビ助の面倒みるなんて、ほんと苦手なんだからな!」
口をとがらせてカルディンがぼやく。
「父さん、リーンこっちによこして」
ミオがため息をつきながら言う。
「わたしが面倒みるから。父さんに任せてたら、絶対いつかリーンのこと落っことすよ」
「信用ねえなあ、俺」
カルディンは大きく嘆息した。
「まあ、そうしてくれると俺も助かる。よろしく頼むぞ、ミオ」
「はいはい。ほーら、リーン、リーンはあんよが好きだもんねー。ね、みんな、あっちに行って、レオニーちゃんにもご挨拶しようよ!」
「そうだね! あ、ええと、それじゃクレアノンさん、ぼく達は、これで、ええと、失礼いたします――で、いいのかなあ?」
「ヒュー、だめだよ、これでいいのかなあ、とか言ったりしちゃ!」
「あ、ご、ごめん」
「どうぞ皆さん、ご自由に楽しんでらっしゃいな」
クレアノンはにっこりと笑った。
「パーシヴァル、小さなお子さん達からは目を離さないようにね」
「かしこまりました」
空中からスルリと具現化したパーシヴァルが、うやうやしく一礼する。
「では皆さん、どうぞこちらへ」
「はーい!」
「わーい!」
「ミオねえたん、待って待って!」
「ヒューにいたん、おててつないでよう!」
控えめに先導するパーシヴァルに連れられ、子供達が遠ざかる。
「――結局、キャストルクの連中は来なかったみてえだな」
はしゃぎながら遠ざかる子供達から視線を離し、カルディンは小さくつぶやいた。
「急な御誘いだったものね」
クレアノンがサラリと言う。
「ったく、あのかっちん頭どもめ」
「一応、招待状は送っておいたんだけど、それでいいのかしら? それで、失礼にあたらないことになってる?」
「十分だと思うぜ、俺は」
「急な御誘いで申しわけなかったんだけど」
クレアノンはクスクスと笑った。
「なんだかやってみたくなっちゃって。だって初めてなんだもの、宴会、なんて開くのは」
「そりゃ――竜が宴会開いた話なんて、聞いたことねえもんなあ」
カルディンはケラケラと笑った。
「――なあ、クレアノンさん」
「なあに?」
「あんた、楽しんでるか? この宴会を、よ」
「もちろん」
クレアノンは破顔一笑した。
「きっと、この場にいる誰よりも楽しんでるわ!」
「そいつはなにより」
カルディンはニヤリと笑った。
「さて、それじゃあ、ガキどももいなくなったことだし、俺は俺で、一夜のお相手でも探してみましょうかね。――さすがの俺も、獣人は初めてだぜ」
「あら、ナルアさんに声をかけるの? 彼女の崇拝者は多いわよ。なにしろ、隊員の皆さんが全員彼女の崇拝者なんだから」
「あっそ。そんじゃ、隊員のほうに声かけてみるか」
カルディンはニヤニヤと笑った。
「男も女も見境なし。『人たらしのカルディン』とは、俺のことだぜ」
「がんばってらっしゃい」
クレアノンは、至極真面目な顔でカルディンを激励した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます