第72話
「おやおや? アレンさんとユミルさんはどこへ行ったのであるか?」
「あの二人は、もう休みたいからって部屋に戻ったわ」
「おお、そうであるか。おおそうそう、アレンさんは妊娠の初期であったな。大切にしなければならんのであるな」
パルロゼッタは、うんうんとうなずいた。
「――ああ、ようやっとあの馬鹿どもがかたづいた!」
部屋に戻って来たナルアが、大きくのびをした。
「すみませんクレアノンさん、お庭を拝借しちゃって。でも、いいんですか? あいつら、あそこで宴会をおっぱじめる気満々ですよ。御近所迷惑じゃないですか?」
「大丈夫よ。だって」
クレアノンはクスクスと笑った。
「御近所のかたがたにも、自由に宴会に参加していただくんですもの。自分達も参加すれば、迷惑も何もないでしょう? どうしても迷惑だ、っていうかたがたには、迷惑料として金一封でも進呈するわ」
「むむむ、実にうらやましい、くめどもつきぬ資金力であるな」
パルロゼッタが大きくうなった。
「――ねえ、パルロゼッタさん」
クレアノンは、小首を傾げてパルロゼッタを見やった。
「なんであるか?」
「パルロゼッタさんは、キャストルクのかたがたの中にお知り合いとかいらっしゃらないかしら?」
「む? なぜそのようなことを聞くのであるか?」
「あのね」
クレアノンは目をしばたたいた。
「私はこのハイネリアに来てから、ハイネリア四貴族の、ソールディンのかたがたと、それに、イェントンのザイーレンさん一家とは、個人的にお知り合いになることが出来たの。そして今日、セティカのあなたともお知り合いになることが出来たわ。でもね――キャストルクのかたがたとは、いまだになんの接点もないのよ。これから私の家の庭で始まる宴会に、ハイネリア四貴族の各家から、誰かしら御招きすることが出来れば、一気に、私と、四貴族と、オルミヤン王国から来た探検隊のかたがたとの、親睦が深まると思うんだけど」
「――竜というのは、考えることが大胆であるな」
パルロゼッタは肩をすくめた。
「よく言うであろ? 『かっちん頭のキャストルク』。イェントンも礼儀作法にはうるさいほうであるが、キャストルクはそれに輪を三つくらいかけているのであるよ。こんなに急な御招きでは、逆に無礼ととられかねんのであるな」
「あら、残念」
クレアノンは、本当に残念そうにそう言った。
「じゃあ、ソールディンとイェントンのかたがただけ御招きしようかしら?」
「セ、セティカの連中にも声をかけてよいであろうか!? こ、こんな面白いことを一人占めにしてしまったら、吾輩後でみんなに生皮をひんむかれるのであるよ!」
「ええ、どうぞどうぞ。宴会は、大勢でやったほうが楽しいわ、きっと。――実は」
クレアノンはクスリと笑った。
「『宴会』なんてするのは、これが初めてなんだけど。でも、いろんな本に書いてあったわ。宴会は、大勢でやったほうが楽しい、って」
「それは当然であるな」
パルロゼッタは大きくうなずいた。
「クレアノンさん、それって、ちょっとまずくありませんか?」
ライサンダーが、不安げに口をはさんだ。
「え? 何がまずいのかしら?」
「だってこのままじゃ、ハイネリア四貴族のうち、イェントンとソールディンとセティカだけ宴会に招待して、キャストルクだけ呼ばない、ってことになりますよ? そうすると、キャストルクの人達は、仲間外れにされたと思っちゃうかもしれませんよ。それに、こんなに急に、何の用意もなしの宴会じゃ、俺らみたいな平民はよくても、貴族のかたがたには到底満足していただけないんじゃ――」
「あら――そうなの? 私にはよくわからないんだけど――」
「まあ、ライちゃんの言うことにも、一理あるはあるわねえ」
ハルディアナものんびりと会話に参加した。
「クレアノンちゃん、あのね、亜人や人間の社会や習慣ってね、なかなかめんどくさいものなのよ。クレアノンちゃんに悪気なんてなくっても、相手はそうは思ってくれないこともあるの」
「そうなの――ありがとう。私、そういう事って本当によくわからなくって。教えてもらえると本当に助かるわ」
クレアノンは、ハルディアナに軽く頭を下げた。
「それじゃあ、誰も御招きしないほうがいいのかしら?」
「そんなことないわよお」
ハルディアナはにこにこと笑った。
「あのねクレアノンちゃん、簡単なことよ。呼びたい人達みんなに招待状を出して、来るか来ないかは向こうに任せればいいのよお。イェントンのザイーレンさんやソールディンの人達は、もう事情を知ってるんだから、エリックちゃんやパースちゃんがいきなり空中から出てきて招待状を渡したって驚いたりしないでしょうし」
「――いや、それ絶対驚くと思いますけど」
目を丸くして聞いていたナルアがぼそっとつっこむ。
「セティカの連中にも、ぜひその方法で招待状を送ってやって欲しいのであるな! みんなきっと喜ぶのであるよ!」
パルロゼッタが喜々として言う。
「ありゃん、そんならパルさん、オレらにアドレスくんねーッスか? なんせ、オレはDクラスでマスターは使い魔なんで。あ、使い魔っつーのは、基本EかFクラスなんスけど」
肩をすくめてエリックが言う。
「ん? 『あどれす』とは、なんのことであるか?」
「えーっと、あーっと、住所のことッス」
「む、住所であるか? 住所不定のやつも、けっこういるのであるが――」
「んじゃ、わかる範囲で」
「紙に書けばよいのであるか?」
「それでお願いするッス」
「――クレアノンさん」
パーシヴァルが、わずかに眉をひそめた。
「セティカのかたがたにはその方法でいいとして、キャストルクのかたがたは、私やエリックのような、得体の知れない者に招待状を持ってこられたら、もしかしたら、お気を悪くされてしまうかもしれません」
「む、その可能性は、なきにしもあらずであるな」
帳面にサラサラとペンを走らせながら、パルロゼッタが小首を傾げる。
「――よかろ。吾輩が一筆入れてやるのであるよ。ええと――パーシヴァル氏、でよいのであるよな? パーシヴァル氏は、吾輩の紹介状を持って、セティカの早耳のところに行くとよいのであるな。そしたらそいつが、キャストルクに招待状を持って行ってくれるのであるよ。何、いかなキャストルクとはいえ、同じ四貴族が一、セティカの一員が持って行った書状なら、文句も言わずに受け取るであろ」
「なにからなにまでお世話になるわね」
クレアノンはにっこりと笑った。
「私は本当に、仲間と出会いに恵まれているわ」
「それをきっちり生かしきるのが、クレアノンさんのいいところであるな」
パルロゼッタは、じっとクレアノンを見つめた。
「――あなたは、台風の目であるな」
「台風の目? 私が?」
「であるよ。あなたは何も変わらぬのであるな。――でも」
パルロゼッタは、にっこりと笑った。
「あなたの周りは、大嵐であるな!」
「あら――それっていいことなのかしら? あなたがたにとっては、嵐っていう天候は、なかなか大変なものなんじゃないの?」
「ではあるが」
パルロゼッタは、すました顔で言った。
「かまうことはないのであるな。嵐の後にはものすごい青空を見ることが出来るし、それより何より――」
「それより何より?」
「あなたの嵐は、とっても面白いのであるな!」
パルロゼッタは、破顔一笑した。
そして、クレアノンの仲間達も、また。
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