第21話

「あれ?」

 クレアノンとともに朝食の席につく中年の男性を見て、ライサンダーは首を傾げた。

「ええと――」

「あらあ」

 ハルディアナがクスクスと笑った。

「パースちゃんじゃない」

「あ! ほんとだ、パーシヴァルさんだ!」

「どうも、おはようございます」

 パーシヴァルは、少し照れたように一礼した。

「クレアノンさんのお力添えで、その、昔の大きさに、一時ながら、戻れたわけでして、はい」

「へー」

 エルメラートがにこにこと笑った。

「お似合いですね、二人とも」

「あら」

 クレアノンは、半ば楽しげに、半ばいたずらっぽく笑った。

「恋人どうしに、見えたりするのかしら?」

「え!?」

 と、目を白黒させたパーシヴァルは、

「見えますよお」

 と請け合うエルメラートの言葉に、さらに慌てふためいた。

「え、いや、その、そんな、い、いくらなんでも格が違いすぎますよ! そ、それに私は、妻のいる、ああ、いや、妻はすでに他界しましたが、それでもやはり私の心の中では私の妻はガートルード様ただ一人でありまして!」

「ごめんなさいね、からかったりして」

 クレアノンは、クスクスと笑った。

「でも私、そんなこと言われたの初めてだから、とっても楽しかったの。それに、うれしかった」

「いや、その――す、すみません、お見苦しいところをお見せして」

 パーシヴァルが頭をかきながら言った。

「エリックにもよく、私は堅物すぎると言われるんですが。どうもその、持って生まれた性格というのは、人間をやめてしまっても、そう簡単にはなおらないようでして」

「それはそうかもね」

 クレアノンはまた、クスクスと笑った。

「ごめんなさいね、先に軽くいただいてるわ」

「あ、いや、かまいませんよ。俺達のほうこそ、遅くなってすみません」

「クレアノンさんは」

 エルメラートは、テーブルの上のパンやチーズや温野菜を添えたいり卵などを見まわした。

「ほんとの体は、すっごく大きいですよね? あの、ええと、こんなちょっぴりで足りるんですか?」

「あら」

 クレアノンは吹きだした。

「私が本当の体の時に食べる量を食べたりしたら、ここの宿の人達、みんな目をまわしちゃうじゃない」

「でも」

 パーシヴァルの結界で、周りの人間が、このテーブルの会話を聞こうという気がまったくなくなっていると知っているエルメラートは、興味しんしんと言う顔で身を乗り出した。

「おなかすいちゃいません?」

「竜はね、かなり食いだめがきくの」

 クレアノンはちょっと照れたように笑った。

「おなかいっぱい食べておけば、半年ぐらいは楽にもつの。だから大丈夫よ。今私は、ほんとは食べなくても大丈夫なんだけど、料理の味や、食事の雰囲気を楽しみたいから食べているの」

「ああ、そうなんですか」

 エルメラートは、納得したようにうなずいた。

「よかった、こんなちょっぴりじゃ、絶対足りないと思ってたんですよ、ぼく」

「ありがとうね、気を使ってくれて」

 クレアノンはにっこりと笑った。

「さ、みなさんも、好きなものを注文してちょうだい」

「いや、クレアノンさん」

 ライサンダーが口をはさんだ。

「ゆうべおごっていただいたんですから、今朝は俺がおごる番ですよ」

「あら――私、調子に乗っていろいろ頼んじゃったんだけど」

「大丈夫です」

 ライサンダーは、厳かにうなずいた。

「俺だって、ちゃんと旅費は持ってきてますから」

「ありがとう。それじゃあおごっていただくわ」

 クレアノンはうれしそうに言った。

「私、誰かにおごってもらうのって初めてよ」

「クレアノンさんは、ぼく達よりずっと――ええと、ぼく達より、ずっと年上ですよねえ? あ、女の人にこんな事をうかがうのは失礼ですか?」

「厳密には私は女性じゃないし、もし女性だったとしても別に失礼とは思わないわ」

 クレアノンはおかしそうに笑った。

「そうね、あなたがたより、そこのハルディアナさんより、ずっと年上よ」

「いやあねえクレアノンちゃん、あたしの年を引き合いに出す事ないじゃない」

 ハルディアナが口をとがらせた。

「あら、ごめんなさい。よけいなこと言っちゃったみたいね」

 クレアノンは首をすくめた。竜族ほどでないにせよ、エルフもまた、長命が世に名高い種族である。見た目にはまだまだ若いハルディアナも、実際はライサンダーやエルメラートより、かなり年上であった。

「クレアノンさんはそんなに長生きしたのに、初めてのことがいっぱいなんですね」

 エルメラートは無邪気に言った。

「あら――ほんとだわ」

 クレアノンは目をまるくした。

「そうね、私、あなた達と出会ってから、初めてのことがいっぱいで、とってもワクワクしてるわ」

「俺達も初めての連続ですよ」

 ライサンダーがにっこりと笑った。

「つーか俺、まさか自分が一生のうちで一度でも、竜の背中に乗って海を渡るなんてことをするだなんて、思ったこともなかったなあ」

「――きっと、すごく不謹慎に聞こえるんだろうけど」

 クレアノンは、小さくため息をついた。

「私がこんな事をはじめたのは、ものすごく正直に言うと――退屈で死にそうだったからなの。私達竜族には、確かに長い寿命と、程度の差はあれ、他の種族から見たら強大としか言いようのない力があるわ。でもね――その長い寿命と、強大な力とを使ってやるべき何かを、きちんと見つけている竜って、実はほんとに少ないのかもしれない。性格的に、問題が多々ある――というか、他の種族から見たら問題しか見つからないような性格の白竜のガーラートも、量子力学、っていう、自分の寿命と力とを全て注ぎこめる対象を見つけることが出来た、っていう点においては、そうね、他の竜からは、うらやましがられる存在なのかもね。――もっとも」

 クレアノンはクスリと笑った。

「竜っていうのは基本的に、他の存在に、あんまり興味がないからね。だからいっつも、みんなそれぞれ、勝手なことをしてばっかり」

「協力しあったりはしないんですか?」

 エルメラートが首を傾げた。

「竜どうしの個体差って、異常なほど激しいのよ」

 クレアノンは肩をすくめた。

「共通して興味を持てるような事ってほとんどないの。それに、わざわざ協力しあわなくても、たいていの竜は、たいていのことは自分だけでなんとか出来ちゃうし」

「あら、まあ」

 ハルディアナは嘆息した。

「それはある意味、運がよかったのかもねえ。だって、竜さん達がみんなで同盟を組んであたし達と戦おうなんて思っちゃったりしたら、あたし達、ひとたまりもないものねえ」

「それはないわ。安心して」

 クレアノンは断言した。

「いつかライサンダーさんが言った通り、基本的に私達は、相手からちょっかいを出されなければわざわざ自分から他種族にちょっかいを出したりしないわ。竜族って」

 クレアノンは苦笑した。

「自分の興味があること以外には、基本的に、怠け者なの」

「クレアノンさんは違いますね」

 ライサンダーが言った。

「あら、どうかしら」

 クレアノンはクスリと笑った。

「たまたま、私が興味を持っていることが『知識の蒐集』だから、あなた達にはそうは見えないだけで、ほんとは私も、とんでもない怠け者なのかもよ?」

「そうですかねえ?」

 ライサンダーは首をひねった。

「そうなのかもよ」

 クレアノンはクスクスと笑った。

「さ、それじゃあ、そろそろみなさん、朝ごはんの注文をはじめてちょうだい。今日も一日、観光を楽しむつもりなんだから、私」

 ハイネリアにやってきて、初めての朝の光景である。

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