第22話

「俺さあ、不満があるんだよね」

 ソールディンの四兄弟の一人、カルディン・ソールディンは、そう言って口をとがらせた。

「何が不満なのよ、カル?」

 その姉、メリサンドラ・ソールディンは、ルティ茶を飲みながら小首を傾げた。

「だってさあ」

 カルディンは、子供のようにプッとむくれた。

「だーれも俺を、俺が一番呼んで欲しい名前で呼んでくれないんだぜ?」

「え?」

 メリサンドラは、ちょっときょとんとした。

「あなたが一番呼んで欲しい名前って、いったい何よ?」

「それはもちろん」

 カルディンは、グイと胸をはった。

「『爆炎彫刻のカルディン』」

「――あのね」

 メリサンドラは小さく肩をすくめた。

「言っちゃなんだけど、あなたの彫刻ってわかりづらいのよ。もっとこう、何をつくったんだか誰が見てもわかるようなものをつくったら?」

「それじゃつまんねーじゃん!」

 カルディンはすねたように言った。

「俺はね、『人たらしの』とか、『炎の』とか言われるよりも、『爆炎彫刻のカルディン』って言われたいの!」

「そんなのわたしに言ったってダメよ」

 メリサンドラはあきれたように言った。

「みんなにそう言って欲しかったら、自分で努力なさい」

「努力はしてるよ」

「それじゃ、気を長く持ちなさい」

「俺、そういうの苦手なんだよ、知ってるだろ、姉貴?」

「よく知ってるけどね」

 メリサンドラは苦笑した。

「あなたもいいかげん腰を落ち着けなさいよ。あなたに比べたら、ターシャやシェンのほうがよっぽどしっかりしてるわ」

 ちなみに『ターシャ』とは、四兄弟の一番下の妹、ナスターシャのことで、『シェン』とは、世間一般の数えかたでは四兄弟の数に入れられることのない、腹違いの末っ子、ミーシェンのことだ。他人はソールディンの兄弟達のことを『ソールディンの四兄弟』と呼ぶが、兄弟達にとっては、ソールディンの兄弟とは、長男リロイ、長女メリサンドラ、次男カルディン、次女ナスターシャ、そして、腹違いの三男、ミーシェンの、五兄弟以外のなにものでもなかった。

「俺は永遠の少年、世界中みんなの恋人のまんまでいたいんだよ」

「寝言は寝て言いなさい」

 ビシッとかっこをつけたカルディンの宣言を、メリサンドラは歯牙にもかけず一蹴した。

「ところで――あなた、どうせまた、どっかにフラフラ出かけていくんでしょ?」

「人聞きの悪い。情報収集活動と言ってくれ」

「あなた、わたしよりもましな情報持って来た事って何回あったっけ?」

「それを言うなよ姉貴。俺だって努力はしてるんだよ」

「かわいい子をひっかけるための努力を、でしょ」

「ありゃ、よくおわかりで」

「まったく」

 メリサンドラはクスクスと苦笑した。

「ほんとにしょうがない子ね」

「おい姉貴、この年の男をつかまえて、『しょうがない子』はやめてくれ」

「だってほんとのことじゃない」

「チェッ、言ってろ」

「――で」

 メリサンドラは顔をひきしめた。

「ちゃんと見てきたんでしょうね?」

「ああ」

 カルディンも真顔になった。

「見てきたぜ」

「あそこで『臨界不測爆鳴気(りんかいふそくばくめいき)』が発生したっていうのは確かなの?」

「確かだな。発生源は、イェントンのとこのユミルと、ファーティス側は、どうやら『水の同胞』だったらしい」

「――それじゃ」

 メリサンドラは眉をひそめた。

「ユミルさんは、もう――」

「それが」

 カルディンは顔をしかめた。

「よく、わからん」

「え――だって、ユミルさんは確か、『同胞』じゃないわよね?」

「つーか、イェントンには『同胞』は一人もいねえよ。今回は――どうも妙なんだよ。様子がおかしすぎる」

「カルディン」

 メリサンドラは背筋をのばした。

「ひとことで言って。様子がおかしいって、どう様子がおかしいの?」

「――俺の見た印象を素直に言うぜ」

 カルディンは眉間にしわを寄せた。

「ユミルと、ファーティスの『水の同胞』は、臨界不測爆鳴気の、拘束場が開放される、その前に、二人そろってどっかに姿をくらましたとしか思えん」

「――うそでしょう?」

 メリサンドラは息をのんだ。

「それって――それってただ単に、脱出するところを見逃したってだけじゃないの?」

「見張ってたのは、イェントンとキャストルクの混成部隊だぜ。あいつらが見逃したってんなら、そっちのほうが俺にとってはよっぽど不思議でおっかねえ出来事だよ」

「――どういうこと?」

 メリサンドラも眉間にしわを寄せた。

「拘束場の中で、二人が殺し合った――」

「だとしても、死体や痕跡ぐらいは残るだろ。そうじゃねえんだよ。霧が晴れた時、拘束場の中には、誰もいなかったんだよ」

「――どういうこと?」

 メリサンドラは、再びつぶやいた。

「拘束場の中から、二人そろって消えてしまったなんて――」

「しかもその一人が、言っちゃなんだけど、イェントン家の一員だぜ」

 カルディンは大きく肩をすくめた。

「『二流ぞろいのイェントン』。ひでえ言われようだけど、たしかにそりゃほんとのことだよ。イェントンには、秀才はごろごろいるけど、天才はいない」

「あなた」

 メリサンドラが、軽くカルディンをにらんだ。

「ユミルって人に、手を出したことは?」

「からかったことならあるけどよ」

 カルディンはニヤニヤと笑った。

「いかにもイェントンでございって感じの、ちょっとひねた、ちょっと気障な、でも基本的にはかわいいお坊ちゃんだぜ。かっこつけて口髭なんて生やしやがって。けっこうにあってたけどよ」

「あら」

 メリサンドラは目をしばたたいた。

「若いの、その子?」

「あー、ミー公より、ちょい上、くらいかなあ。ターシャよりは下、かな?」

「――そう」

 メリサンドラは、小さく吐息をもらした。

「ファーティスの『水の同胞』――まあ、何人か思いあたるけど――誰だかわからないの?」

「ファーティスの連中ってのは、いつだって、えらく秘密が好きだからなあ」

 カルディンは肩をすくめた。

「わかったら教えるよ」

「そうしてちょうだい。――ファーティスのほうは、この事態をどう見ているの?」

「臨界不測爆鳴気が発生した後すぐ、イェントンとキャストルクがその場を固めたからな。なんか妙なことが起こってるかもしれない、くらいはわかっても、それがどんなふうに妙なことなのか、までは、わかってないと思うぜ」

「――そう」

 メリサンドラは、再び吐息をもらした。

「――ねえ、カルディン」

「ん?」

「ターシャなら――拘束場から、一人で脱出できると思う?」

「いや」

 カルディンは即答した。

「ターシャでも、一人じゃたぶん無理だ。――最低二人は必要だな」

「わたしもそう思うわ」

 メリサンドラは、軽く唇を噛んだ。

「カル――ファーティスが、事態を把握してないっていうのは確かなのね?」

「俺にはそう見えたけど」

「――よりにもよって、イェントンの子が」

 メリサンドラはポツリとつぶやいた。

「ファーティスの、『水の同胞』と――」

「俺らやセティカの連中だったら、みんな大して驚かねーだろうけどな」

 カルディンは肩をすくめた。

「もし俺や姉貴が思ってる通りの展開だったら、イェントンの連中、全員卒倒するぜ」

「――カル」

「ん?」

「あなた、これからは、その事件を中心に情報を収集しなさい。わたしもそうするから」

「了解。――姉貴」

「ん?」

「兄貴には――伝える? やめる?」

「こんな不確かな事態を報告したって、兄さんを混乱させるだけよ」

 メリサンドラはかぶりを振った。

「もっと、ちゃんと、筋道の通った説明が出来るようになるまで、わたし達で情報を収集することにしましょ」

「了解。ターシャやミー公はどうする?」

「あの子達は――」

 メリサンドラは、しばし考え込んだ。

「あの子達の仕事を続けてもらいましょ。一つの事にあんまり全力を注ぎこむのも、ちょっと危ないと思うから」

「だな。それじゃ、姉貴」

「何よその手は?」

「かわいい弟にお小遣いちょーだい」

「調子に乗らない」

 メリサンドラは、ピシャリとカルディンの手を叩いた。

「ルティ茶くらいならご馳走するから、それでよしとなさい」

「へいへい」

 カルディンはため息をついた。

「俺、重度の万年金欠病なんだけどなあ」

「自業自得でしょ」

 メリサンドラはあっさりと言った。

「ルティ茶にお砂糖は?」

「いらねーよ。ルティ茶って、もとから甘いじゃん」

「あら、子供の頃は、お砂糖入れてあげなきゃ絶対飲まなかったのに」

「何十年前の話だよ、ったく」

「そんなに昔の話でもないわよ」

 顔を見あわせて笑いあうのは。

 どこにでもいる、仲の良い姉と弟だった。

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