第20話
「――ありがとう、パーシヴァル」
宿屋の部屋に落ち着いたクレアノンは、そっとささやいた。
「あなたが結界をはってくれたお陰で、気軽にいろんな話が出来たわ」
「お役に立てたのなら幸いですが」
苦笑とともに、虚空から人形のように小さな、使い魔のパーシヴァルがあらわれる。
「クレアノンさんの実力なら、私が結界をはる必要なんて、まったくないんじゃないんですか?」
「ええ、まあ、それはそうかもしれないけど」
クレアノンは小さく笑った。
「私だって、同時に二つのところにいることは――ああ、まあ、ある意味では出来るかもしれないけど、それでもね」
クレアノンはにっこりと笑った。
「いくら竜が強大な力を持つ種族だからって、自分だけで何でもできるわけじゃないから。他の人に頼めたりまかせられたりするところは、どんどんまかせていかないと」
「――失礼にあたるかもしれませんが」
パーシヴァルは真面目な顔で言った。
「クレアノンさんは――なかなか、その、珍しい竜ですね」
「そうかしら?」
クレアノンは首を傾げた。
「私は、普通の竜だと思うんだけど?」
「力の強さは、普通かもしれませんが」
パーシヴァルは目をしばたたいた。
「他者との関わりかたは、他の竜とは全く違います。いや、まあ、その、私はそんなにたくさん、竜の知り合いがいるわけではありませんが。何しろ私のいた世界では、竜とは伝説上の生き物だと思われておりましたので」
「ああ、そういう世界もあるわよね」
クレアノンはクスリと笑った。
「そう――なんだか、あなた達の話を聞いてると、そうみたいね。私のやりかたって、他の竜とは――違うというか」
クレアノンは苦笑した。
「他の竜はそもそも、私みたいなことをしようなんてしないもんねえ」
「そうなんです」
パーシヴァルはうなずいた。
「クレアノンさんは、その、こう言っていいのかどうかわかりませんが、性格的には、竜よりもむしろ、悪魔のほうに似ていると思いますよ」
「『悪魔』――『次元旅行者』――『次元撹乱者』。誰かと、何かと、関わっていなければいられない存在達」
クレアノンは小さくつぶやいた。
「そうね。普通の竜は、他者をあまり必要としないけど、私は――そうじゃないみたいだわ」
「私はあなたが好きですよ」
パーシヴァルはサラリと言った。
「エリックも、悪魔にしては、かなり気のいいやつだと思っています。私は、仕える相手に恵まれました」
「あら、ありがと」
クレアノンはうれしそうに言った。
「ところで、パーシヴァル、あなた、検索はどれくらいできる?」
「初歩の初歩しか出来ません」
パーシヴァルは、渋い顔で言った。
「公表されていたり、ある程度周知の事実になっていることだったら、まあなんとかなるんですが――」
「そう、じゃあ、ちょっと練習してみる?」
クレアノンは小さく笑った。
「そうね、じゃあ――イェントン家では、ユミルさんの失踪は、どんなふうに扱われているのかしら?」
「そうですね――あ、ちょっと失礼します」
パーシヴァルは、空中から小さなキーボードをひっぱりだし、ぎこちなく叩いた。
「ええと――これをこうして――ああ、ええと、やはり物議をかもしていますね。と、いうか」
パーシヴァルはため息をついた。
「ユミルさんが、どうなってしまったのか、が、最大の論議の焦点ですね。臨界不測爆鳴気(りんかいふそくばくめいき)の出現現場に、外からの侵入が可能になった時、そこには誰もいなかった。これは、ええと――この世界では、ほとんどありえないことのようですね」
「そうね。皆無じゃないけどね」
クレアノンはうなずいた。
「でも、そうね、身内のかたは、心配でしょうね」
「ユミルさんは、ええと――分家筋ながら、その魔術の才能と、そして、その性格が、まことにイェントンらしいイェントンということで、将来を有望視されているようですね」
「イェントンらしいイェントンって?」
クレアノンは、試すようにたずねた。
「努力する才能があるということです」
パーシヴァルは即答した。
「イェントン家というのは、確かに天才肌ではないようです。そのかわり彼らには――努力をし続ける才能がある」
「なるほど」
クレアノンはうなずいた。
「ユミルさんの行方を知ってるっていったら――イェントンの中枢と接触できるかしら?」
「それは――出来るでしょうが」
パーシヴァルは眉をひそめた。
「その手を使った場合、そこから広がる影響が、その――」
「そうね。ユミルさんやアレンさんを、不幸にするわけにはいかないし」
クレアノンは肩をすくめた。
「それじゃあまあ、その手は保留にしておきましょ。情報を発表するのは簡単だけど、発表した情報を封じ込めておくのは、ほんとに難しいことだから」
「まったくです」
パーシヴァルは大きくうなずいた。
「じゃあ、そうね、次は――」
クレアノンはちょっと考えこんだ。
「ソールディンの四兄弟について調べてみて」
「はい。――おや」
パーシヴァルは目を見張った。
「クレアノンさん――ソールディンの兄弟は、正確に言えば、四兄弟ではありませんよ」
「それは、どういう意味かしら?」
「長男リロイ、長女メリサンドラ、次男カルディン、次女ナスターシャの下に――」
パーシヴァルは小さく吐息をもらした。
「腹違いの末っ子、三男のミーシェンがいます。ああ――姓は、母親のものを名乗っているようですね。ミーシェン・マイソーリン。――これは」
「どうしたの?」
「――いささか込み入った事情があるようですね」
「どんな」
「はい」
パーシヴァルは、目の前の小さな半透明のスクリーンに映し出された文字や画像を、忙しく目で追った。
「その――ソールディンの先代、フェルドロイは、大変な恐妻家だったようですね。ミーシェンの母親とも、妾や愛人などという関係ではなく、本当に一夜の過ちだったようです。ミーシェンの母親が、まだ言葉もろくにしゃべれないミーシェンを連れてあらわれたとき、妻のメラルディアとは、その――一悶着どころではない騒ぎがあったようで。メラルディアは怒り狂う、フェルドロイはミーシェンの母親に、手切れ金を渡してかたをつけようとする。ミーシェンの母親は――」
パーシヴァルは、深々とため息をついた。
「それに完全に逆上して、泊っていた宿にミーシェンを残して、行方をくらましてしまったんですよ」
「――あら」
クレアノンは眉をひそめた。
「それで――どうなったの?」
「ミーシェンは」
パーシヴァルは、一つ大きく息をついた。
「兄や姉達の手によって、育てられたんですよ」
「――あら」
「ソールディンの兄弟達の結束力は、腹違いのミーシェンにまで及んでいたようですね」
パーシヴァルは、スクリーンを確認しながら言った。
「その当時すでに、長男のリロイは成人を迎えていましたし、長女のメリサンドラも、間もなく成人を迎えるという年でした。もちろん使用人達の手もかなり借りたようですが、両親の年甲斐もない体たらくへの反発もあって、ずいぶん一所懸命、二人の兄と二人の姉が、父親と母親の代わりになって、末っ子のミーシェンを育てたようですよ」
「――それなのに、歌に歌われるのはソールディンの四兄弟なのね」
クレアノンは、ポツリとつぶやいた。
「それは、ミーシェン自身の遠慮もあるようですよ」
パーシヴァルもまた、ポツリとつぶやいた。
「悪い事に、先代夫人のメラルディアが、とことんミーシェンを拒み通しましたからね。まあ――彼女の心情からすると、無理もないところもあるでしょうが。先代のフェルドロイも、ミーシェンにはひどく冷たかったようですし。おそらく、それがかなり大きな原因になっているんでしょうが、ミーシェンは、それが可能な年齢になったと同時に、ハイネリアの国教、ハイネル教の僧籍に入り、財産の相続権を放棄しています。育ててくれた兄弟達に、不利益になるようなことはしたくない、という思いも、あったようですね」
「――頭ではついていけるけど、やっぱりよくわからないわ」
クレアノンはため息をついた。
「どんな事件を起こしたって、そんな問題に巻き込まれる竜なんて、いるわけないんだもの」
「そうですね」
パーシヴァルは、真面目な顔でうなずいた。
「まあ、ミーシェン自身、兄や姉達のことは、兄弟というより、二人の父親と、二人の母親のようなものだと思っているようですが」
「パーシヴァル、あなた、たいしたものね」
クレアノンは、感心したように言った。
「使い魔になってまだ日が浅いのに、ずいぶんと突っ込んだ検索が出来てるじゃない」
「いや、その――実は、人間だったころから、ないしょでこっそり、エリックに悪魔の世界や悪魔の道具の扱いかたについて、いろいろ教わっておりまして」
パーシヴァルは、少し気まり悪げに言った。
「別に私に、たいした才能があるというわけではありません」
「でも、先見の明は間違いなくあるわね」
クレアノンはにっこりと笑った。
「さて――どうする? あなたも少し、この街を観光してくる?」
「え? いや、私、この大きさじゃ――」
「大きさは」
クレアノンは、パチリと指をならした。
「私がなんとかするわ」
「う、うわ!?」
たちまちパーシヴァルの体が、人形サイズから成人男性の大きさへと引き伸ばされる。
「ああ――」
パーシヴァルは、うっとりとした顔をした。
「やはりこの大きさは落ちつきます」
「どうする?」
クレアノンはクスクス笑った。
「少し、夜の町でも観光してくる?」
「――クレアノンさん」
「なあに?」
「ご一緒に――と、お誘いしたら」
パーシヴァルは、にこりと笑った。
「失礼にあたるでしょうか?」
「とんでもない」
クレアノンはにっこりと笑った。
「喜んで」
「では」
「ええ」
そして二人は、夜の街へと歩み出た。
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