第8話

「ハーロハロハローン♪ こにゃにゃちはー、信頼も実績もないけれど、最近よーやっと使い魔を手に入れてごっきげーんの、エリちゃんでえーっす❤」

「久しぶり――なのかしら? それともそうでもないかしら? まあともかく、また会ったわね、エリック」

「アラン」

 下級悪魔のエリックが、目をしばたたいたのかどうかはわからない。彼の顔の上半分をすっぽりと覆い隠す、ごついミラーのサングラスは、すでにそれをかけていないところを想像することが出来ないほどの、彼のトレードマークになっている。

「おひさッスねえ、クレアノンさん。この前の多次元イベントオフ以来じゃないッスか?」

「ああ、そうだっけ。このあいだのあなたの新作、なかなか面白かったわよ。『カレイドスコープ・プリンセス』だっけ?」

「にゃふー、そりはどうも。やっぱマルチシナリオは、多次元同人の基本ッスよねえ」

「私はあれがよかったわ。ロリポップちゃんを抱きしめるか抱きしめないかで世界が新たなる進化を迎えるかどうかが分岐しちゃう、あのシナリオ」

「にゃはは、そりゃそりゃどーも。ありは賛否りょーろんなんスよねえ。クレアノンさんみたいに言ってくださるかたと、あそこまで違うエンディングに行きつく割には分岐条件が微妙すぎるってかたと」

「よかったじゃない。批判が出るってことは、やり込んでもらってる証拠よ。私はいいと思うわよ。分岐条件が微妙すぎるって、それこそが胡蝶効果の華じゃない」

「いやいや、お世辞でもうれしいッスよ。――で」

 エリックは、ひょいとサングラスの位置をなおした。

「今回クレアノンさんがお使いになった術式は、えーっと、オレに仕事を依頼する用の術式なんスけど、それでオッケーッスか?」

「もちろん」

「はあ、にゃるほど」

 エリックは首をかしげた。

「自分で言うのもあれッスけど、オレでいいんスか? クレアノンさんのレベルなら、中級クラスのかたがただって、よゆーで呼びだせるっしょ?」

「まあそうなんだけど」

 クレアノンは、軽く肩をすくめた。

「こう言っちゃなんだけど、私、専属で働いてくれる人が欲しいの。中級クラスだと、どうしても他と掛持ちになったりするでしょ? その点あなたなら――今どうしてもはずせない仕事とか、ある?」

「いやあ、ないッスねえ」

 エリックはヘラヘラと笑った。

「ついこないだまではあったんスけど、それはもう終わったんで。そんときのご主人さまが、今のおれの使い魔ッス❤」

「…………」

「ああ」

 クレアノンは背後に控える面々――特に、明らかに顔色を悪くしているユミルのほうを主に見やった。

「びっくりした? よく、悪魔に魂を売るっていうでしょ? 人間として生きている時に悪魔をしもべにするかわりに、人間としての生を終えたらその悪魔の使い魔として使役される。割とよくある契約パターンよ」

「ま、あれッスよ、クレアノンさんなんかだと、そこまでしていただく必要もないんスけど」

「代償は、私の血でいいかしら?」

「オプションで何をどれくらい頼むかで代償も変わってくるッスけど、ま、とりあえず、手付としてはそれでいいッスよ」

「じゃあ」

 クレアノンは、自分の手首にスイと爪を走らせた。そこから瞬く間にあふれ出てくる、人間ならとっくに致死量に達するであろう量の血を、虚空からつかみだした大杯で受ける。

「こんなもんでいいかしら」

「どもどもー。けーやく、せーりつッス♪」

 エリックがヒョイと口を開けたとたん、ユミルとアレンとライサンダーとが息をのんだ。頭蓋骨そのものが裏返るくらいに大きく開けられたその口は、それでもまだ口の大きさより明らかに大きい大杯を、何の苦もなく飲み下したのだ。

「にゃはは、きっくう♪」

「ところでエリック」

「なんスかクレアノンさん?」

「使い魔を手に入れたとか言ってたわよね。ここには連れてこないの? っていうか、その使い魔も仕事に参加させて欲しいんだけど」

「ありゃま。別にいいッスけど、でもあのヒト、まだほんとに使い魔になったばっかで、あんまし役には立たないッスよ?」

「いいのいいの。私やあなたみたいに、人間や亜人の常識を平気で無視する連中じゃなくて、そういう常識がきちんとわかってる人も欲しいから、私」

「にゃるほど」

 エリックはポンと手を打った。

「ではでは――出番ッスよ、マスター!」

 エリックが、パチンと指をならす。

 とたん。

 かわいらしい陽炎の中から、小さな人形のような影が。

「…………もう何度も言ったつもりだが」

 影は不満げに言った。

「それは嫌味にしか聞こえんぞ、エリック。私はもう、おまえのマスターではない」

「それだったらマスターも、んーなにえらそーにしないで欲しいッス。オタクはもう、おれの使い魔なんスよ。おわかり?」

「…………無礼を許して欲しい」

「許すし別になおす必要もないッス。マスターのそゆとこ、オレけっこー気に入ってるんで」

「あら」

 クレアノンは面白そうに笑った。

「エリックったら若いのに、なかなか練れた趣味なのね」

「あー、ねー、エリちゃんちょーっと、Mかもね❤」

「えむとは、なんだ?」

「ああ、マスター、オレオタクのそゆとこ大好きッスよ。Mっていうのはねー、イジメられて喜んじゃう人のコト❤」

「へ、変態じゃないか」

「ああッ、もうッ」

 エリックはクルクルと身もだえた。

「マスターってば、きゃーわいいッ❤」

「…………私のどこがかわいい」

 と、ぶんむくれる小さな影は、なるほど体の大きさ以外、かわいいという形容からは程遠い。外見年齢的には、アレンとそんなには変わらない中年男だ。痩せ形で、元の身長は今のサイズからはどうも判断しがたいが、それほど極端に大柄でも小柄でもないだろう。全体に、アレンのような穏やかさや、ある種の弱々しさはない。灰色の、なにやらいろいろと文様の描かれた、奇妙にどこかの組織のお仕着せめいたローブを身にまとい、黒髪を後ろで一つにまとめ、いささかのっぺりとした黄色人種の特徴色濃い顔に、まことにもって不機嫌な表情を浮かべている。

「あら、エリック」

 クレアノンはおかしそうに言った。

「あなた、幼女萌えじゃなかったの?」

「そりはそーなんスけど、こーいうのもなかなかきゃわいいかにゃー、って」

「趣味が広がるのはいいことよ」

「で、エリック」

 小さな影は、体の大きさと、使い魔という立場からは実にほど遠い、尊大極まる態度で言った。

「仕事なんだろう? 私は何をすればいいんだ?」

「ちょいまち、マスター。――えー、では」

 エリックは、こほんと咳払いをした。

「せーしきにじこしょーかいしとくッス。オレは、下級悪魔のエリック。正式な契約相手はそちらのクレアノンさんなんスけど、どーせオレ、これからオタクらと一緒に仕事することになるんでしょー?」

「あら、ご明察」

 クレアノンはにっこりと笑った。

「じゃあ、えーっと、私が一括してみんなのことを紹介しちゃっていいかしら? ――いい? ありがとう。じゃ、私が出会った順でいくわね。えーっと、まずこちらが、ドワーフとホビットの混血のライサンダーさん。こちらが淫魔のエルメラートさん。こちらはエルフのハルディアナさん。こっちが蜘蛛化けのリヴィーさんと蝶化けのミラさん。最後になって申し訳ないんだけど、こちらが人間のユミルさんと、人間と淫魔の混血のアレンさん」

「ほっほー、こりはまた」

 エリックはパチパチと手をたたいた。

「よくもまあ、集めたもんスね」

「…………悪魔と天使だけじゃなかったのか」

「オリョ? どーしたんスかマスター?」

「人間じゃない存在って、こ、こんなにいるのか!?」

「あら」

 クレアノンは、ちょっと口をすぼめた。

「そうか、もといた世界が違ってたのね」

「まずいッスかねえ?」

「ま、別にいいわ。それはそれで面白いもの」

「そっスか。ではでは、えーっと、こちらはオレの、もとマスター、現在使い魔の、パーシヴァルさんッス。ま、なんつーか、普段はパースとかパーちゃんとか、気軽に呼んだげて欲しいッス」

「パ、パースはいいが、パーちゃんは勘弁してくれ」

「だそうッス」

「ですって」

 クレアノンはクスクスと笑った。

「……あの、クレアノンさん」

 ユミルが不安げに言った。

「あの、その、ええと、こ、これから、そういうかたがたのような仕事仲間は、も、もっと増えるんでしょうか?」

「んー、とりあえずはこれで間に合うと思うんだけど。でも、ま」

 クレアノンはいたずらっぽく笑った。

「予定は未定で、決定じゃないから」

「は、はあ――」

 不安げなユミルの目には、ヘラヘラと踊りまわるエリックと、不機嫌極まりない顔のパーシヴァルとがうつっていた。

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