第9話
「――国、なのかしら」
クレアノンはつぶやいた。
「国を――つくっちゃうのかしら、私」
「アララン、クレアノンさん」
つむじ風の中から、エリックが現れる。
「いいんスか、もう? 皆さんのところにいなくて?」
「私がいたら気づまりでしょ。後はあの人達にお互い親睦を深めてもらいましょ」
「ははあ、にゃるほど」
「あなたこそ、使い魔のパーシヴァルさんは? おいてきたの?」
「あいあい、そーッス。マスターはあれでけっこー人見知りするッスからねー、おいてかないでくれって泣いてすがられたけど、そこはそれ、エリちゃん心を鬼にして、マスターを育ててあげる所存ッス」
「心を鬼にして、って、あなたもともと悪魔じゃない」
クレアノンはクスクスと笑った。
「クレアノンさん」
「なあに?」
「オタクの本体って、そんなだったんスか」
「そうよ」
クレアノンはにっこりと笑った。もっとも、洞窟の中でとぐろを巻く、馬をおいしいおやつにできるほど巨大な黒竜のそれを微笑みとみてくれるものは、竜と悪魔以外にはめったにいなかっただろうが。
「びっくりした?」
「いやあ、なんつーか、オレも早くそんだけ貫禄のある存在になりたいッス」
「あらありがと。お世辞でもうれしいわ。でも、あなたの持ち味は、言いかたが悪いかもしれないけど、その軽さと機動性だと思うんだけど」
「ケーチョーフハクが売りのエリちゃんッスからねえ」
「――で?」
「ハイ?」
「どうだった、ガーラートは?」
「そうッスねえ」
エリックは、虚空から半透明のスクリーンをつかみだした。
「まず、あのおかたがあの土地を選んだ理由はすぐにわかったッス。あそこの土地、びっくりするほどまっ平らなんス。いやあ、砂漠でもないのにあのフラットさは貴重ッスよ。ガーラートさんはあそこに、最大最高レベルの円形加速器をおっ建ててるッス」
「ああ、直線加速器じゃないのね。なるほど。――ってことは」
クレアノンの銀の瞳が輝く。
「ガーラートのやつ、他にも何か作ってるわね?」
「アイアイ。ごめーさつ。ガーラートさんは、元ハイエルヴィンディア国土全てを使って、超巨大水脈主動型地形コンピュータを作り上げてるッス」
「あら――なるほど。その手があったか」
黒竜の口から、細い炎がもれる。
「私が言うのもなんだけど、ほんとに他人の迷惑ってものを考えないやつよねえ。コンピュータが欲しいなら、あなたがたに下請けに出すって手もあったでしょうに」
「はあ、実際、地形コンピュータ作成の際には中級悪魔のマティアスさんとイライジャさんがかなり手を貸してるッスね。アフターケアのためにオートマータとホムンクルスもかなりの数残していったッスけど、それらが今何体現存しているかは今のところ不明ッス。ま、調べりゃわかるッスけど。あれッスねえ、あの、ガーラートさんの動向探るのってめっさ楽ッス。あの、なんでガーラートさん、情報防衛結界とかまるっきりはってないんスか?」
「どうでもいいからよ」
クレアノンの口から噴き出た炎がクルクルと渦を巻く。
「あなた達悪魔の間なら、アイディアの盗用や先発性でもめるってことがしょっちゅうでしょうけど、私達竜は、そんなのあんまり気にしないの。誰がいつ見つけようと、知識は知識よ。私達にとって必要なのは知識そのものであって、それに付随する名誉や利益じゃないの。ああ、もちろん、そういう――なんていうのかしら、自分が初めて発見した、ってことにこだわる竜もいるわよ。でもそれだって、自分一人が、この知識は自分が初めて発見したんだってわかってればいいの。発見した後の知識を他人がどう扱おうが、そんなこと私達にとっては、別にどうでもいいことなのよ」
「ははあ、にゃるほど。オレらのギョーカイじゃ考えらんないッスね」
「そうねえ。――それにしても」
「それにしても?」
「オートマータはともかく、ホムンクルスなんてよくガーラートが受け入れたわね。あいつ、そういう――なんていうか、他の生き物が自分のそばをうろちょろするのを、すごくうっとうしがるたちなのに」
「ホムンクルスも生き物認定するッスか?」
「人造だって、生命は生命よ。ホムンクルス――ああ、そうか、地形コンピュータの構成要素のなかに、ある種の生態系も組み込まれてるわけね。だからその管理維持にはオートマータだけじゃなくてホムンクルスの存在も必要と判断したわけだ。ははあ、これは――」
クレアノンの炎がまた渦を巻く。
「ガーラートのやつ、めちゃくちゃ本気ね」
「アララン、そーなんスか」
「そうよ。目先のわずらわしさよりも最終的な成果を取ったんですもの。本気も本気よ」
「しっかし」
エリックはガシガシと頭をひっかいた。
「オレ、いまだに量子力学ってあんましよくわかんないんスけど」
「私も全部はわからない。量子力学を極めると、多元宇宙同時存在型並行処理量子コンピュータなんかも、簡単に作れるようになるらしいけどねえ」
「それは上級のかたがたのお仕事ッスね」
「そうね。私には縁のない領域の話だわ」
「俺にはもっと縁がないッス。――で」
「ん?」
「オレ、どーしましょ、これから?」
「そうねえ――」
黒竜が目をしばたたく。
「とりあえず、ガーラートのほうはもういいわ。ありがとう」
「もういいんスか?」
「どうせあいつ、何一つ隠すつもりがない、っていうか、他者の存在ってものをまるきり無視してるんだから、何か知りたいことがあったらすぐに調べられるわ。それよりも――」
クレアノンは小首を傾げた。
「むしろ問題なのは、人間との折衝かもね」
「はあ、クレアノンさんはいったい、どうしたいんスか?」
「ものすごく簡単に言うと、白竜のガーラートを元ハイエルヴィンディア領からどかせて土地を空けるから、ハイネリアとファーティスの間で延々行われている、土地争いが元の戦争をやめてくれ、ってお願いしたいわけなんだけど」
「ガーラートさん、どいてくれるッスかねえ?」
「まあ、それもものすごく大変な仕事になるだろうけど、その場合相手にするのはガーラートだけでいいわ。でもねえ――」
クレアノンはため息とともに炎を噴き出した。
「人間との――特に、国家なんてものとの交渉には、それにからむ存在の数が、いやになるくらい多すぎるのよ」
「一発ブッちめていうこと聞かせるってわけにゃーいかないんスか?」
「私、そういう方法で歴史に残りたいわけじゃないの。――それに」
クレアノンは、ニィと牙をむいた。
「私も別に、慈善事業をやってるわけじゃないし」
「ホヨヨ、その心は?」
「私は別に――優しい竜ってわけじゃあないの」
クレアノンの瞳が、銀ではない色のかぎろいを浮かべた。
「私は、ただ――私が持っている知識を総動員したら、どれほどのことが出来るのか、それを試してみたいだけなの。その結果つくりだす事が出来たものを、みんなに見せびらかしたいだけなの。私の動機って、ただそれだけ」
「黒い猫でも白い猫でも、ネズミを取るのはいい猫なんスよ」
「え?」
「つまりあれッス」
エリックは、チッチッチ、と人差し指をふった。
「結果さえよけりゃ、動機なんてどーでもいいんス」
「――それもそうね」
クレアノンはニヤリと牙をむいて笑った。
「そう――みんながいい結果だと思ってくれるといいんだけど」
「クレアノンさんは優しいッスねえ」
「私は別に、優しいんじゃなくて」
クレアノンはクスクスと笑った。
「一度出来るだけたくさんの存在に、うんと褒めそやして欲しいだけなの」
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