第6話

「で」

 ライサンダーは苦笑した。

「うちはすでに変人立ち寄り所に決定したわけですか?」

「狭いわあ」

 ハルディアナが口をとがらせた。

「人が多すぎよお」

「あの、すみません」

 アレンが身を縮めた。

「確かに狭いわね」

 クレアノンが小首を傾げた。

「それじゃあ――こうしましょうか?」

「うわ」

 ユミルが息をのんだ。

 ぎゅうぎゅう詰めだった部屋が、一気に大広間に変わる。

「めくらましよ」

 クレアノンは笑った。

「部屋の大きさを変えたわけじゃないわ。部屋が狭いのを気にする気持ちに、ふたをしただけ。物理をいじるよりも感覚をいじるほうが、ずぅっと簡単なのよ」

「すごいですね」

「ね。すごいすごい」

 アレンとエルメラートが、無邪気に拍手をする。

「あらありがと。こういうのっていいわね。新鮮な感覚」

「新鮮、ですか?」

「何かをやって、誰かに感謝されるなんて」

 クレアノンはユミルに笑いかけた。

「竜にとってはなかなか新鮮な感覚なのよ」

「――その」

 ユミルは少しためらいながら、

「こういうことを申し上げるのは、多分失礼にあたると思うんですが――」

「言ってごらんなさい。別に怒ったりしないから」

「その」

 ユミルは、ライサンダーが用意してくれたお茶受けをムシャムシャと食べることにしか興味を示していないリヴィーとミラを、いささかあきれたようにチラリと見やりながら

「クレアノンさんは、あれですか、私達の事を、いわゆる手駒にしたいわけですか?」

「手駒――ねえ」

 クレアノンは面白そうに笑った。

「実は私、ああいう盤上遊戯ってどうも苦手なのよね、実は。知り合いの中には、無茶苦茶ハマってるやつもいるんだけど。どうもねえ、これで詰みとか言われても、なんだかよくわからないって程度の腕なのよね。駒の動かし方くらいは知ってるけど」

「は、はあ――」

「つまりね」

 クレアノンはクスクスと笑った。

「そんな私が、あなた達の事を手駒だと思ったりするわけないじゃない」

「は、はあ、そうなんですか。そ、それではあの、私達はあなたにとって、いったいどういう存在なんでしょう?」

「世界のかけらよ」

「…………は?」

「世界のかけら。あら、これって、人間にはあんまりなじみのない概念なのかしら?」

「え、ええと、あの、はあ、なんといいますか」

 ユミルは心細げな顔をした。

「おっしゃってらっしゃることの意味が、その、あの、よくわからないんですが」

「あたしは少しわかるけど」

 ハルディアナが口をはさんだ。

「ああやだやだ。なんていうかもう、うちの村のジジイどもが言いだしそうな話だわあ」

「あらそう?」

 クレアノンはまた、面白そうに笑った。

「そうねえ、じゃあ、うんと簡単に言うと――」

 クレアノンは、ライサンダーを見て言った。

「あなたは『日常』。あなたは日常の守護者。最も重要なのに、最もないがしろにされやすいものを、決して気を緩めることなく守り通す事が出来る人」

「へ?」

 ライサンダーは、きょとんと首をかしげた。

「あなたは」

 クレアノンはハルディアナを見やった。

「『母』。全てを生みだすもの」

「あら、それってあたしがはらんでるから?」

「だけじゃないわ。そしてあなたが」

 クレアノンはエルメラートに微笑みかけた。

「『媒体』。あなたがいるから、世界が動く。あなたの周りで、みんなが騒ぐ」

「まあ、ぼくは淫魔ですから」

 エルメラートはにっこりと笑った。

「もともとそういう種族なんです」

「あなたは特にね。そしてあなたは」

 クレアノンは、リヴィーが自分のほうを見るまで待ってから、

「『革命者』。そして『業』」

「へ? ……おれ意味わかんねーんだけど」

「リヴィーさん、あなたはどうして自分の種族ではなくてミラを選んだの?」

「食われたくねえから」

「あの」

 ユミルが遠慮がちに口をはさんだ。

「それはどういう意味でしょう?」

「リヴィーさんが蜘蛛化けになった理由よ」

 クレアノンは小さく息をついた。

「私は知ってるわ。リヴィーさん、あなたやミラさんのように、人間の形に近い怪物、それも元は虫や魚や鳥や、とにかく人間ではない生き物と人間とが混ざり合ったような怪物はね、動物なら決して考えないようなことを考えて、動物なら決してしないようなことをしようとしたからそんな姿になったの。リヴィーさん、あなたは孤独を恐れている。それは蜘蛛のさがではないわ。それと同時に、あなたは他者を恐れている。理由はなんとなくわかるんだけど、あなたの口から聞きたいわ。リヴィーさん、あなたはどうして、蜘蛛でいるのをやめたくなったの?」

「…………やめたくなった、っていうか」

 リヴィーはとまどいながら、

「おれ――いやだったんだよ」

「何がいやだったの?」

「おれらのメスって」

 リヴィーは顔をしかめた。

「交尾が終わったら、オスを食おうとするんだよ。おれやだよ、食われちまうなんて。だからおれ、交尾の季節になっても交尾しなかった。おれ、ずっと生きてたいんだもん。したらなんか、だんだんこんなかっこになってきた」

「業ね」

 クレアノンは断言した。

「自分という存在をこの世界にとどめ続けたい。自分という存在を認める他者にいつもそばにいて欲しい。素晴らしい業だわ」

「なんかよくわかんねーけど」

 リヴィーは肩をすくめ、パクリとクッキーをほおばった。

「そしてあなたは」

 クレアノンはミラを見つめた。

「『創造』。それとも、『芸術』かしら。それももちろん『業』よねえ」

「――」

 ミラはチラリとクレアノンを見やっただけで、そのままレース編みに戻った。

「――あの」

 アレンが少しおどおどと、しかしどこかわくわくとたずねた。

「それなら私は、なんでしょう?」

「あなたは『愛』。そして『受容』」

「う、うわ、うわ、うわ、そ、そんなにかっこいい事を言っていただけて光栄です」

 アレンはパッと頬を染めた。

「あらかわいい」

 クレアノンはクスクスと笑った。

「――で」

 クレアノンはいたずらっぽくユミルを見やった。ユミルは少し身構えた。

「あなたは」

「は、はい、私は?」

「――『憤怒』。そして『闘争』」

「う」

 ユミルは少し情けない顔になった。

「な、なんか私だけ、妙に物騒じゃありませんか?」

「大事なことよ。あなた、怒るでしょう? 怒ってるでしょう? アレンさんが今まで不当に扱われてきたことに対して怒り、これからだってそんな事があればきっと怒るでしょう? そして戦うでしょう? それはあなたにしかできないことよ。私は――それとも竜は」

 クレアノンはため息をついた。

「他者のために戦うことが、苦手なものが多いの。自分のために戦うのなら、けっこう得意なんだけど」

「――私だって」

 ユミルはうつむいた。

「他人のために戦うなんて出来やしませんよ。私は――アレンのためだから、戦えるんですよ」

「それでいいの。いえ――それがいいの」

 クレアノンは静かに微笑んだ。

「さあ、それじゃあ私の望みを話すわよ」

 クレアノンの言葉に、リヴィーとミラまでもがクレアノンを見つめた。

「あなた達の望みをかなえてあげる。あ、ちょっとちがうわね。あなた達の望みをかなえるために、この私、黒竜のクレアノンができる最大限の助力をしてあげる。この私の脳髄につまった、自分で言うのもなんだけど膨大な量の知識を、全て全て吐き出してあげる。――そのかわり」

 クレアノンは、大きくあでやかに笑った。

「ねえ、お願い。私を――私を伝説にしてちょうだい」

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