第4話

「あたしより変わったエルフ? いるわけないじゃない」

 ハルディアナは、けだるげにため息をついた。

「もしいればあたしだって、もう少し楽しい生活が出来たはずよ」

「そーですよねー。ハルさんってば、へたすりゃぼくより淫乱ですもんねー」

 あっけらかんと、エルメラートが言う。

「まー、俺より変わった連中ってのなら、ちょっと探せば結構いると思いますけど」

 ライサンダーは軽く肩をすくめた。

「でもそれが、クレアノンさんの気に入るかどうかはわかりません」

「まあ、そんなの誰にもわかるわけないわよね」

 クレアノンはクスリと笑った。

「じゃあ、一番早く会えそうな、あなたの知ってる変人って誰かしら」

「――変人、というか」

 ライサンダーは少し口をすぼめて考え込んだ。

「変わった虫化け、なら、最近時々メシ食いに来ますけど」

「あら」

 クレアノンはニヤリと笑った。

「教えてちょうだい。面白そうね」

「そうですね――」

 ライサンダーも、ニヤリと笑った。

「俺が説明するよりも、実際に会って、本人達に話を聞いたほうが早いですよ」

「どれくらい待てばいいかしら?」

「今日明日中には来るんじゃないかな。どうもあいつら――いや」

 ライサンダーは、ちょっと得意げに眼鏡の奥の目を細めた。

「蜘蛛化けリヴィーは、俺のつくる料理が気にいってるみたいだから」







「なあ、あんた、おれの事食うか?」

 いきなり聞かれて、クレアノンはいささか驚いた。

「あなたを食べる気があるのなら、もうとっくに食べてるわよ」

「あ、そっか」

「ねえ」

「ん?」

「あなたがリヴィーさん?」

「ん? そだよ、おれ、リヴィー。蜘蛛化けリヴィー」

 蜘蛛化けリヴィーは、黒目しかない目をパチクリさせた。リヴィーを一目見れば、誰の頭にだって『蜘蛛化け』という言葉が頭に浮かんだことだろう。浅黒い肌にひょろ長い手足。黒目しかない、ふたつの黒曜石のような瞳。蜘蛛の糸を想わせる白銀の長い髪。その白銀の髪を押しのけるように、いくつもの黒い半球が頭から生えているのは、もしかしたら蜘蛛の八つの目のうち、顔にはついていない六つが変じたものなのか。大きな口の両端から、二本の牙がのぞいている。

「そう。――で」

 クレアノンは首をかしげた。

「後ろの人は?」

「こいつ、人じゃねーよ」

 リヴィーはあっさりといった。

「こいつは蝶化け。ならずのミラ」

「ならずのミラ?」

「そ」

「――」

 リヴィーの後ろにいたぼろきれのかたまり――いや、ならずのミラは、ちらりと目をあげてクレアノンを見た。ミラを見て蝶化けだと――蝶が化身したものだと思うものは、まず百人に一人もいなかったことだろう。ぼろきれのかたまりのような服に身を包んだ小さな子供。くしゃくしゃともつれあった黒髪の下には小さな顔。抜けるような白い肌――いや。

 抜けるような白い肌の上に、赤黒い、やけに込み入った横縞の模様がだんだらについている。大きな紫色の瞳でじっとクレアノンを見つめ、その両手は休みなく、白いレース編みを作り続けている。

「――ああ」

 クレアノンは、ポンと手を打った。

「その子、まだ幼虫なのね?」

「そだよ。こいつ、蝶になんねーでずーっと幼虫のまんまでいるんだって」

「え」

 クレアノンは、ポカンと口を開けた。

「どうして?」

「――大人になると、糸、つくれなくなる」

 ミラは細い声で、ぼそぼそとこたえた。

「糸、出せなくなると、これ、作れなくなる。それ、いや」

「――あら、まあ」

 クレアノンは、驚きを残した顔のままうなずいた。

「だから『ならずの』ミラなのね? あなた、自分が成虫になると、そのレース編みを作れなくなるから、だからずっと幼虫のままでいるっていうの?」

「そう」

「――あら、まあ」

 クレアノンは、大きく息をついた。

「で」

 リヴィーは首をかしげた。

「あんた、誰?」

「あら、ごめんなさい。私は黒竜のクレアノン」

「俺の事食う?」

「食べないわ」

「ミラの事食う?」

「食べないわ。――ねえ」

「ん?」

「蜘蛛化けのあなたが、どうして蝶化けのこの子と一緒にいるの?」

「――ええと」

 リヴィーは少し考え込んだ。

「おれさあ、自分より弱いやつを見ると食いたくなるんだよ」

「あらまあ」

 クレアノンは心中ひそかに納得した。なるほど、蜘蛛のさがだろう。

「で、自分より強いやつと一緒にいると、食われちまうんじゃねえかって、おっかないんだよ」

「私は食べないわよ」

「でも、腹が減ったら気が変わるかもしんねーじゃん」

「私はめったにおなかが減ったりしないんだけど。あ、話の腰を折ってごめんなさい。続けて続けて」

「自分とおんなじくらいの強さのやつと一緒にいりゃいいのかもしんねーけど、きっちりおんなじ強さのやつなんてそんなにいねーじゃん」

「そうねえ、まあ、そうかもしれないわね」

「でもさ」

 リヴィーはため息をついた。

「ずーっと一人だと寂しいじゃん」

「あら」

 クレアノンは目を見張った。これはまた、何とも人間くさい蜘蛛化けだ。

「そうね。ずっと一人じゃ寂しいわね」

「ミラは毒持ちなんだよ」

 リヴィーはチラリとミラを見た。

「だからおれ、ミラと一緒にいても、食いたくなったりしねえんだよ。ミラはぜってーにおれより弱いから、一緒にいても別におっかなくねえし」

「あらあら」

 クレアノンは微笑んだ。なんともかわいらしい話だ。

「なるほど、蝶の中には、毒を持ってる種類もいるものね。あら、でも、ミラちゃんはどうしてリヴィーさんと一緒にいるの?」

「――一緒にいても、別に困る事ないから」

 やはりぼそぼそと、ミラはこたえた。両手から繰り出されるレース編みは、絶え間なくその長さを増している。クレアノンは、ミラが身にまとったぼろきれが、ミラの作りだすレース編みのなれの果てであることに遅まきながら気がついた。

「あら――ミラちゃん、せっかく作ったレース編み、そんなに汚しちゃっていいの?」

「え? ――あ、これ? これ、別にいいの。これ、あんまりよくできなかったやつ」

「あら」

 クレアノンの目が輝いた。

「じゃあ、よく出来たやつはどうするの?」

「巣にある」

「あらあら」

 クレアノンは微笑んだ。

「もしよければ、私に見せてくれないかしら?」

「――見たいの?」

 ミラは、少し驚いたようだった。

「――別に、いいけど」

「ありがとう」

「――」

 ミラは、少しとまどったようにクレアノンを見つめた。

「あんたもライサンダーの料理食いに来たのか?」

 リヴィーはくむくむと鼻をうごめかしながらたずねた。

「あいつの作るメシ、うまいよな。料理ってすげーな。いろんなものの味が全然変わっちまうのな」

「――」

 ミラが無言でうなずく。あたりには、ライサンダーの作る、おいしそうな料理のにおいがたちこめつつあった。

「ライサンダーさんとはどこで出会ったの?」

「森で。あいつがなんか食ってて、おれ腹へってて、でもライサンダーは手ごわそうで、あんまり簡単には食えねえだろうなー、って思ったから、食ってるものくれって言ったらくれて、で、それうまくて、うまいっていったら、うちにくりゃまた食わせてやるって言うから」

「あらあら」

 クレアノンはクスクスと笑った。

「それじゃあ、みんなでライサンダーさんの手料理をごちそうになりながらお話しましょうか」

「何を?」

「いろんなことを」

 クレアノンはにんまりと笑った。

 出だしはなかなか好調だ。

 竜が本当の意味で困難をおぼえる事はめったにない。でも。

 うまくいかないよりも、うまくいくほうがいいに決まっている。

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