第2話

「あんた、竜じゃね」

「よくわかったわね」

 クレアノンはクスリと笑った。

「シャス、シャス」

 ドワーフの鉱山長、ニックルビーは、機嫌良く妻のシャスティナを呼んだ。

「シャスの破幻鏡、これちゃんと役に立ったよ」

「あらあら、まあまあ」

 ノームのシャスティナは小さな手をはたと打ちあわせた。

「よかったわあ。作ってはみたものの、試す機会がなくてねえ。竜さん、ありがとうねえ」

「あら」

 クレアノンはおかしげに、ニックルビーのかけた丸眼鏡――のように見える、シャスティナ言うところの『破幻鏡』を見た。

「確かにあなた達に、幻影を操る能力はないものね。誰かに実験台になってもらうってわけにもいかないか」

「そうなのよねえ」

 シャスティナは大きくうなずいた。

「といってねえ、よそ様のところにわざわざ出かけていくのも、どうかと思うじゃない、ねえ?」

「そうね」

 クレアノンはクスクスと笑った。ドワーフにしろノームにしろ、あまり社交的な種族ではない。ドワーフとノームの夫婦、というもの自体、なかなかに珍しいものだ。

「で」

 ニックルビーは小首を傾げた。普通のドワーフよりも幾分華奢に見えるが、それはドワーフを基準にした場合の事で、人間を基準にしたら、ニックルビーはひどく小柄のくせにおそろしくがっちりとしたひげもじゃの老人、になる。ノームのシャスティナは、これはかけねなく、非常に小柄で非常に華奢な、純白の短い髪をピンピンとあちこちにはねまわらせている、口も体もくるくるとよく動く老婆だ。

「あんた、なんの用かね?」

「そうね」

 クレアノンも、つられたように小首を傾げた。

「あのね、私ね、変わり者を探してるの」

「わしらみたいな、かね?」

「あなた達も確かに変わってるけど」

 クレアノンはサラリと言った。

「私はもっと変わってるほうが好みなの」

「あんた」

 ニックルビーは顔をしかめた。

「変わり者を集めて、どうする気かね?」

「そうねえ」

 クレアノンは、少し考え込んだ。

「とりあえずは、観察して楽しむわね」

「食っちまったりはせんのかね?」

「珍しいものを食べちゃうなんて、そんなもったいないことはしないわ」

「ほうん」

 ニックルビーは口をすぼめた。

「わしゃ、あんたこそ変わりもんだと思うがね」

「あら、そんなことないわ。私はごく平凡な竜よ」

「そうかねえ」

「そうなのよ」

 人間体のクレアノンは肩をすくめた。そのクレアノンをシャスティナは、時には裸眼で、時には自分用らしい破幻鏡をかけて、せっせとスケッチをしたりメモを取ったりと忙しく記録し続けている。

「で」

 ニックルビーは首をひねった。

「あんた、なんの用かね?」

「あら、言わなかった? 私、変わり者を探してるの。ねえ」

 クレアノンは身を乗り出した。

「あなた達、自分達よりすごい変わり者って、知らない?」

「何でわしらに聞くかね」

「とりあえず、私の知ってる変わり者に、自分以上の変わり者を紹介してもらおうかと思ったの。そうやって変わり者から変わり者をたどっていけば、けっこう面白いことになるんじゃないかと思って」

「紹介したとして、わしになんの得があるね」

 ニックルビーは肩をすくめ、ついで、

「シャスティナは、もう得をしたみたいだがね」

 と、律儀につけくわえた。確かに、友好的な竜という滅多にない研究対象を得たシャスティナは、はた目から見てはっきりわかるほどほくほくと、クレアノンの観察に余念がない。

「私のうろこをあげるわ。黒竜の竜鱗。不足かしら?」

「ほおお」

 ニックルビーは感嘆の声をあげた。

「牙はどうかね?」

「牙はねえ、今はちょっと、生え換わりの時期じゃないから」

「そうかね。ま、うろこでもずいぶんなめっけもんだがね」

「紹介してくれる?」

「そうさな」

 ニックルビーは首をひねった。

「――身内の恥を話すようじゃが」

 ニックルビーはすっぱい顔をした。

「従弟の息子が、淫魔狂いの馬鹿タレでね」

「それって珍しいことかしら?」

「珍しいねえ」

 ニックルビーは肩をすくめた。

「なんしろその淫魔に、淫乱なエルフがくっついとってね」

「はあ!?」

 クレアノンはすっとんきょうな声をあげた。

「い、淫乱なエルフ!? な、なにそれ? ま、まさか、淫乱なエルフに貞淑な淫魔とかいうんじゃないでしょうね!?」

「さすがにそこまではいかんね」

「あら」

 不意にシャスティナが口をはさんだ。

「でもエーメちゃんは、はきはきしたいいこですよ」

「シャス、なんじゃいその、エーメちゃんってのは?」

「あらやだ、淫魔のエルメラートちゃんのことですよ」

「シャス、おまえあんなんとつきあっとるんか?」

「あんなのってのは失礼ですよ。エーメちゃんは、礼儀正しいいいこですよ」

「わしゃ、どうもああいうフラフラした連中は信用できん」

「そうかしらねえ。悪いこじゃないと思いますけど。何も追い出す事なかったと、あたしは思いますよ」

「いかんいかん、風紀が乱れる」

「ちょっといい」

 クレアノンは口をはさんだ。

「ってことは、あなたの従弟の息子さんも、その淫魔とエルフといっしょに追い出されたってわけ?」

「ちがうちがう。ライサンダーは自分からあいつらについていきよったんじゃ」

 ニックルビーは思いきり顔をしかめた。

「最近の若いもんときたら、まったく」

「――面白そうね」

 クレアノンはニヤリと笑った。

「その人達のいる所ってわかるかしら?」

「あたしはわかりますよ」

 シャスティナはコクコクとうなずいた。

「ライは器用だからねえ。もうちゃんと小屋なんか建てちゃって。三人みんな仲良くやってますよ」

「案内してもらえる? あ、あなたには何をお礼に上げればいいかしら? あなたにもうろこでいい?」

「うろこよりも」

 シャスティナは目を輝かせた。

「あたしはあなたのお名前が知りたいわ。それと、ちょっとでいいから竜の姿になってくれないかしら?」

「あら、ごめんなさい、自己紹介もまだだったわね」

 クレアノンは、シャスティナとニックルビーに丁寧に頭を下げた。

「私は黒竜のクレアノン。竜の姿になるのは――ここではやめたほうがいいわね。もっと広い場所に出ないと」

「あらあ、じゃあ、三人のところに案内する途中で、なってみて下さる?」

「いいわ。あなただけにみせてあげる。みんなに見える所で竜になると、ちょっとびっくりさせちゃうからね」

「めくらましをつかうのかしら」

「そうよ。あなただけはめくらましにかからないようにしてあげる」

「あら、大丈夫よ。あたしには破幻鏡があるもの」

「それなら別に、竜の姿になる必要ないんじゃない? だって、あなたには今だって私が竜に見えるんでしょ?」

「あら、やあね、それはそうだけど、意地悪言わないで」

「わかった」

 クレアノンはクスクス笑った。

「それじゃよろしく頼むわね」




 こうしてクレアノンは、新たなる世界のかけらを集めはじめた。

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