第3話 斥候狙撃手は眠らない ①いつも通りの日々
そう遠くない未来、少年達が戦う世界がある。灰にまみれた街を駆け、獣の目で敵を探し、小指ほどの鉛の牙で仕留める。彼らは、家族に捨てられ、国に捨てられ、自ら以外に頼るものも無く、ただ明日のために銃を撃つ獣である。
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うららかな晩夏の午後、波の打ちつける音を背景に、私は黒板をじっと見つめていた。否、見つめるふりをして眠気と闘っていた。カツカツと白墨を打ち付ける音と、シャッシャッと鳴るシャープペンシルが絶妙な音楽を作り出し、昼飯を食べた直後のおだやかな鼓動と睡魔が砂浜に打ち付ける波のように押し寄せる。思えば午前中は走ったし、起きていれるほうがおかしいのだ。海から吹きつける微風がそう告げたような気がして、私は机に伏せて目を閉じようとした。
「目覚ましに誰か指そうか・・・そうだな、牧村に答えてもらおうか。」
そんな蒸し暑い気だるさと裏腹な爽やかな声が、牧村の安眠を妨害した。なるべく不機嫌そうに顔を上げて前を見ると、銀髪に穏やかな相貌というおよそ野戦服の似合わぬ青年が黒板の前で座っていた。
「うー・・・おかあ・・・中尉、どの問題っすか」
「先輩と呼べ。問6だ。」
牧村は渋りながらもノートを出し、黒板に書いてある例題を見よう見まねで解いてみる。
「y=5/8x+67ですか?」
「違う。というかどこをどうみたらそんなキ●ガイめいた方程式が出るんだ。」
「それはその・・・なんででしょうかね?」
バカめ・・・と青年が小さく呟くと、それを合図にしたかのように教卓の上に置かれたタイマーが小鳥のさえずりのような電子音を鳴らした。
「まったく・・・。これで授業を終わりにする。各自復習しておくように。あまり寝ている奴が多いようだと抜き打ちテストするぞ。それじゃ。」
てきぱきと道具を片付け、事務的に告げると、青年は教室を出て行ってしまった。教室にざわざわとした活気が戻り、牧村も気まずい空気から気分を入れ替える。さて次の授業なんだっけ、と後ろを振り向くと、それより早く後ろに座っていた友人が声を掛けてきた。
「はい、寝てたからジュース一本オゴリね。」
「う~・・・。だって午後の授業だよ?ノーカンでしょ」
「授業に午前も午後もあると思う?第一、あの嵐山先輩の授業で舟こぐなんてどういうことよ?」
「むー・・・。中尉には失礼だけど数学ってそんな大事なの?」
「そこじゃないわよ・・・。機械オタクかバカしかいないこの中で、唯一の頭良さそうなイケメンなのよ!?少しでも真剣な態度を取ったりテストでいい点数取ったら褒めてもらってその上あんなコトやこんなコトを・・・痛っ」
友人は、病み上がりだというのに興奮気味にまくし立てた。案の定頭痛が再来したのか、頭を抱えて机に身をうずめる。ブービートラップに引っかかったのが原因らしい。先週退院したのにアホかこいつはと思いつつ、次なる言葉を友人にかける。
「中尉はそんなにイケメンかなぁ?そもそもイケメンの基準がわかんないけど」
「数十人に聞いた結果がそうだったの。『趣味は釣りです』とか『哲学書とか読んでそう』だって」
「まあそうっぽいよね」
「次点でカンザキ君。『ショタっ娘ペロペロ』『女装させて恥ずかしがってるところを激写したい』だって」
名前の漢字も知らぬカンザキ君、超逃げて。と脳内で警告し、次なる疑問を友人に投げかけた。
「そういえばマリもカンザキ君狙ってたよね。どう?やっぱ同じ感想なの?」
マリとは友人のあだ名である。
「カジノディーラーの服とか着せたくなった。新次元が見えた。」
「えっ」
「冗談よ」
「だよね。・・・小鳥遊先輩は?この前最後まで病院付き添ってたらしいじゃん」
「二の腕揉むし下着見るし夜這い未遂するのに?」
「・・・ないわー。」
「・・・でしょー。」
● ● ●
へっくしょん。
そんな声が自分の意思に反して発射され、嵐山は困惑した。夏風邪でもひいたかな、医務室で風邪薬もらわなくちゃ、と取り留めの無い考え事をしていると、自室の方向から乾いた熱風とオイルの焦げたような臭いが流れてきた。嵐山は小さくため息をつき、そのまま自室へと向かう。大方、隣の部屋の友人がまた何かやらかしたのだろう。いつものことだ。しかし、うっかり飛んで来た部品が命中する、という死ぬほどくだらない理由で死亡していることをありうるので、仕方なしの義務感程度に隣の部屋を覗く。
嵐山達の部屋は、大きめの部屋だったものを二つ繋ぎ、ホテルのスイートルーム並みの大きさになっている。この贅沢な空間の使い方が出来るのも、つい一ヶ月前まで嵐山を含んで三人しか兵士と呼べる人間が居なかったからである。したがって、一人は豪奢でありながら落ち着いた家具の置かれた自室に改装し、一人は壁一面にギター、本棚に大量の楽譜を納め、さらには防音設備まで施されたスタジオとして改装した。そして最後の一人はというと―――。
「ぐえ~・・・。目が、目が~」
―――趣味のアンティーク集めが高じて、闇市でスクラップを買っては狂ったようにレストアを繰り返している。
ため息をつき、機械油とススで黒くなった顔に問いかける。
「・・・今度は何をやらかしたの」
「闇市でアヴェンジャー見つけた」
「なにそれ」
「50年ぐらい前のマシンガン。でかい、はやい、つよい。とてもつよい。」
「あっそ。ってそれ、まだ現役じゃなかったっけ?」
「闇市だからなぁ・・・」
「闇市なら仕方ないな・・・」
「でさ、部品も揃ったことだし、空転だけでもしようとしたわけよ」
「で、爆発したと。」
「シャフトがいかれてた・・・。畜生、俺の今月の給料・・・」
「まぁ、そんなこともあるよね」
「というわけでさ~、ごはんおごって~?」
暑さも相まってか、謎の粘液を分泌しながらなめくじのように這い寄り、嵐山にねっとりとからみつく。
「・・・これまでおごった分一括払いで返してくれるなら考える」
「・・・ローンじゃダメですか?嵐山サン」
「ダメ」
「ぶぅーっ、けちー!」
「自業自得な上にかわいくないぞ。しかもキモいぞ」
あまりにうるさかったため、嵐山はジュースを奢り、少しばかり頭の悪い友人を適当にあしらった。
● ● ●
「さて、授業を始めるぞ」
いつの間にか教壇に立っていたその教師は、凛々しい声でそう告げた。モデルのようでありながらしっかりと鍛えられた肢体、艶やかな髪、そして、極め付けに少々自己主張の大きい胸。大人の女そのものの教師がそこにはいた。彼女の名は、水上涼子。牧村の所属する基地の副司令であり、実質的なリーダーである人物である。休み時間のざわめきが消えた後、水上は静かに、しかしよく通る声で授業を始めた。
「改めて自己紹介しよう。今日から座学の社会担当になった水上だ。人前で声を出すことには慣れているが、教える立場の立つのは初めてだ。お手柔らかに頼む。」
そこまで告げると、手元のバッグからテキストとマジックペンを取り出し、「現代の戦争とその背景」とリズミカルに綴った。
「というわけで、今日やる部分はいわば大局的な部分で見た私たちの立場を知るということだ。ああ、テキストは開かなくて良いぞ。板書ついでにページを書いておくから個人で確認してくれ。」
その声音を張らずとも絶対的な拘束力を秘めた声は、不思議と牧村たちの脳内から睡魔を追い出し、定規か氷でも入れられたかのように背筋を伸ばさせた。
「遡ること2020年、つまり今から30年前、世界はもっと豊かだった。だが、そこには行き過ぎた末に金を神として崇め始めた資本主義と、金を媒介としない人間を異教徒とした一方的な略奪、疲弊しきった共産主義しかなかった。この頃は、贅を尽くしたコーヒー一杯の値段で、アフリカの家族の食事が二年賄えたんだ。」
ここで水上はペンを取り出し、「2020年 圧倒的格差」と書いた。
「そして、耐え切れなくなった市民が革命の狼煙を上げた。2023年、中国が起こした虐殺事件、それを火元に実質支配下にあったチベット自治区での暴動、治安の悪くなった都市部を狙ったイスラム系のテロリストによる連続爆破テロ、テロを恐れた世界各地での人種差別、さらに黒人差別へと繋がり、第二のKKKと呼ばれる白人のみで構成されたテロ組織の結成、その他色々とあったが、当時の先進国はどこも老人ばかりになっていて止めることは出来なかった。」
「そして2026年、内乱で沿岸部に追いやられた中国政府の『せめて最期に存在意義だけは果たす』という言葉と共に、日本へ向けての無差別爆撃とミサイルによる飽和攻撃が始まり、日本は火山灰の降る死の土地になった。同時に、イスラム圏にて連合国家が設立され、それを認めないヨーロッパ・アメリカ諸国がテロ国家と認定して攻撃を開始。いわゆる第三次世界大戦の始まりとなった。」
さらに水上は下に「2026年 開戦」と書き足した。
「翌年、生き残った僅かな日本人は、アメリカの支援の下、建設中であった次世代型メガフロートに移住を開始。・・・これが私たちの呼ぶ『本島』の始まりだな。」
さらにホワイトボードに「2027年 移住始まる」と綴られ、さらにそこから矢印が伸び、「今の日本」と書き足された。
「周知の通り、現在の日本は地下の天然ガスと切り売りして成り立っているが、この頃はろくな法整備もされてなく、完全に宝の持ち腐れだった。で、どうしたと思う?牧村。」
姿勢こそよかったものの、意識が宇宙のはるか彼方へとトリップしていた牧村は、突然の質問にまごつきながら答えた。
「さ、さあ・・・わかりません・・・」
「・・・そうか。なら隣の、答えてみろ」
牧村の隣に座る親友は元々育ちがいいのか、牧村達の中では水上の次に知識を豊富に持っている。そして期待通り、一度も淀むことなく答えた。
「はい。人工島を増設し、そこを税金が極めて少ない区画に制定・・・いわゆる経済特区という地域が作られました。」
「その通りだ。そして、そこに逃げ込んできた大陸系の資産家が集まり、あっという間に企業によるエネルギー管理体制が敷かれた。このシステムは2040年までには完成し、現在の社会システムになっているな。」
ホワイトボードに大きめの矢印が引かれ、その傍らに「エネルギー管理の完成」と書かれ、終端には「~2040」と書かれた。
「そして次の年、フロートへの避難が完了した。・・・と言うよりかは、残りを見捨てたと言った方が正しいのだがな。少し身近な話をすると、この時の救助作戦、私と小鳥遊、嵐山の初陣だ。」
教室内におおっ、と一瞬どよめきが起こり、すぐに収まった。
「その頃は、今じゃ考えられないが、もっと沢山の味方がいたものさ。この基地が小さいなんて言われるのは日常茶飯事だったし、立派な戦空艇(小型の攻撃機。この世界での魚雷艇から巡洋艦に相当する。)や空母も持っていた。だが、それでも人が足らなくてな、それは大変だったものさ。…話が脱線しそうになったな。この話はまた今度にしよう。それじゃ、板書を始めてくれ。」
● ● ●
「哨戒任務、行ってくれない?」
晩夏の西日が差しこむ基地の一角で、嵐山は好々爺にそう言われた。水上の部屋と似たような趣きだが、部屋に置かれた家具は年季を重ねることでしか放てない艶を放ち、床一面に敷かれた絨毯は足音どころか部屋の中で出る音を全て吸いこんでしまいそうな、そう錯覚させるほどの柔らかさに満ちていた。
「そんな「また…」って顔しないでよ、いま動けるの嵐山くんしかいないんだから。」
すこしおどけた調子で嵐山に話しかける老人は、「センセイ」と呼ばれる軍学校時代からの上官だ。まだ嵐山や水上が牧村と変わらない頃から厳しい訓練を施し、教官と呼ばれる事よりも先生と呼ばれることを好み、上官を先輩と呼ぶ事を薦めた、いわゆる変わり者だ。だが、その異質ともいえる教導の成果でほかの部隊よりも結束が強く、初陣でほかの部隊が全滅するなかでも帰還し、マスコミに良い意味でも悪い意味でも脚光を浴びたものだ。
「…小鳥遊じゃだめなんスか」
「彼、新しいオモチャが届いてから顔を見てなくてね…。おおかた、アザミさんと整備ドックに籠ってんじゃない?」
「…新しいオモチャってなんスか?」
「単軽用のデータリンクシステム?と、それの制御用AIだってさ」
「…」
「僕も見たいんだけどねぇ、くれぐれもミイラ取りがミイラになるなんてことはよしてよ?」
「…チッ」
「そんな露骨に悔しがらないでよ・・・それでね、哨戒任務ともう一つ、お願いしたいことがあるんだよ」
「うー・・・なんスか?」
「この前入って来た子たちの誰でもいいからさ、一緒に連れて行ってほしいんだ。」
「・・・もう実戦に出すんスか?」
「いやぁ、まだその頃合いじゃないけどさぁ、アクシデントで新しい子たちが何人か巻き込まれてるじゃん?少し早めたほうがいいんじゃないかなって思ったんだけど・・・どう?」
「確かに、早めたほうが良いかもしれないスね」
嵐山は内心ブーイングの嵐だったが、センセイは恩師であり、一生頭の上がらない相手だ。意見を求められても、肯定せざるを得ない。
「そしたら、明日にでも相手見つけときますよ」
「うん、ありがとうね。嵐山くん。」
うえーやだなーギターいじりたいなー、という心の声が漏れぬように細心の注意を払いながら、嵐山は執務室を後にした。
● ● ●
この季節にもなると、海沿いにある基地に吹く海風は心地良いものになる。牧村はTシャツに短パンという出で立ちで、シャワー上がりの火照った身体を冷やしていた。友人は髪を乾かしているため、もう少し時間が掛かりそうだ。
持ってきたがま口の小銭入れを取り出し、外に置いてある自販機へと向かうことにした。今日はいちごオレにしようか、いや、バナナも捨てがたいと泡沫のような考えを巡らせながら外に出ると、先客がいた。嵐山中尉だ。彼もまた考えあぐねているようで、LEDで煌々とライトアップされた自販機の前で黙考している。昼間居眠りをしていたせいで少々居心地が悪いが、何かと無防備な友人を放っておくわけにもいかない。話しかけられませんように話しかけられませんように、と脳内で呪文を唱え、牧村は自販機の前へ向かった。よほど悩んでいるのか、嵐山はギリシアの彫刻のようなポーズを取ったままぴくりとも動かない。あまりにも微動だにしないため、牧村は興味本位で覗き込んでしまう。イケメンというものは分からないが、確かに整った顔だ。ヨーロッパ系のハーフなのだろうか、彫りが深く、太陽の輝きのような瞳をしている。なぜか胸が一瞬苦しくなり、再び身体が火照る。いつまでも見ていたい。つい、じっと嵐山を見てしまう。
不意に、嵐山が動いた。そして、嵐山の美貌に魂を奪われかけていた牧村も我に返り、慌てて自販機のボタンを押す。
「あっ・・・」
嵐山はただ一言、それだけを呟いた。それと同時にピッ、という確認音が鳴り、ピンクの紙パックか取り出し口に落下する。
「それ買おうと思ったのに・・・」
いちごオレの在庫を示すステータスランプ兼ボタンには「sold out」の文字が出ている。
「・・・どないせぇっちゅうねん」
牧村は思わず敬語をかなぐり捨て、静かに心の底からの感想を呟いた。
● ● ●
「・・・ありがと」
嵐山はそう告げ、後輩から貰ったいちごオレを開けた。本当は「地獄しるこ~夕張メロン風味~」という飲料が気になっていたのだが、ふといたずら心が鎌首をもたげ、ちょっかいを出してみたのだ。案の定、彼は困惑し、非常に愉快だった。表情には出ないが。
手ごろなコンクリート片に腰掛け、冷たい液体を喉に流し込む。嵐山の目には、満天の夜空が映っていた。本島から遠いせいか、本島で見るよりも細かい星々が見える。つい30年ほど前までは大気汚染もひどく、星がわずかに見える程度だったらしいが、それが信じられないほど美しい夜空が広がっている。嵐山はそれを眺めながら、ただただ無心になっていちごオレを流し込んでいた。
「・・・中尉」
気まずくなったのか、新しい飲料を買って飲んでいた後輩が話しかけてきた。
「・・・あまりそう呼ばないでほしいな・・・好きじゃないんだ・・・」
「そっ、それは失礼しました。嵐山・・・先輩」
うんうん、いい子だねぇ・・・と内心感心していると、彼は話を続けた。
「いまやっている座学って・・・意味はあるんですか?実技はともかく・・・国語や数学はやっている意味がわからないんです・・・あ、いや、別に嫌じゃないんですよ?勉強することはお世辞にも好きとは言えませんけど・・・ほかにすべきことがあるような気がするんです・・・」
嵐山は少し黙考し、それから、煙草の煙を吐き出すように言った。
「・・・すこしキツいこと言うけど、いい?」
「・・・?は、はい」
「国語とかさ・・・それを出来ないお前はなんなの?」
「えっ・・・」
「今お前が受けてる座学はな、義務教育って言って、本来は学校で椅子に座って授業を受けるべきものなんだよ。社会人の一般常識をな。そうすると、それすら出来ないお前はなんなんだって話になるんだ。」
「そっ、それは・・・」
「お前がどこで育ってどうあれこれを習ってきたかは知らないけど、そういうもんなんだよ」
「で、でも・・・ちゅう、先輩はどうなんですか?今日の社会の時間に、水上大尉から聞きました。私たちと同じぐらいのときに初陣だった・・・って」
嵐山は変に食い下がる彼に嫌気がさし、しかたなく彼の方向を向いた。
後輩は、明らかにこちらに怯えていた。途端、嵐山の中に罪悪感が生まれ、なんとも言いがたい嫌な気分になる。これだから、喋るのは嫌なのだ。知らず知らずの内にきつい言動になってしまい、人を傷つけてしまう。気持ちを入れ替える為に深々とため息をついてから、嵐山はまず謝罪しようと決めた。
「・・・ごめん。怖かったか?」
「・・・!い、いいえ・・・」
「怒らないから・・・正直に、ね?」
「い、いいです・・・大丈夫ですから・・・」
一旦怯えなり疑いの念を持たれると、人間関係を構築するのは難しい。そして、人間関係が円滑でないと死ぬ可能性も高くなる。経験からそう知っていた嵐山は、どうにか誤解をとく手段を考え、ついさっき与えられた任務を利用することを考え付いた。
「なあ、お前明日・・・っていうか、近くに特別な予定とか入ってないか?」
「と、特別な予定・・・?」
「例えば、家族と会うとか・・・ある?」
「い、いや・・・無いですけど・・・」
「それじゃあ、しばらく手伝って欲しいことがあるんだけどさ・・・」
「な、なんですか・・・?」
「偵察任務・・・手伝ってくれない?」
● ● ●
「どうしよう・・・」
「どうしようじゃねえだろ、このタコ」
後輩が中途半端に困惑した顔を見せた途端、全力で格納庫に撤退した嵐山は、小鳥遊とアザミの二人に呆れられていた。
「だいいち、返事も聞いていないじゃないの。どうするの?」
「うう・・・戻って返事だけ聞いてきます」
「というか、何にビビってたんだ?」
「そう言われれば・・・」
嵐山は数分前のことを思い出し、また頭を抱えた。
「あー・・・なんとなく察したよ。うん。お前コミュ障だもんな・・・」
「いいたいことをハッキリ言うのは良いんだけど、ハッキリすぎるのもねぇ・・・」
「てか、相手は野郎なんだろ?いいじゃねえか別に。困ることあったか?」
「・・・なんだろう。あれはマズい。そんなオーラを感じた。」
「ああ・・・前のアレと同じオーラか・・・」
「なにかあったの?」
「この前、"課外活動"絡みで、気の狂ったやつが基地に侵入したことがあったんですよ。『カケルくんは私のもの』ってうわごとのように繰り返しながら・・・」
「やだ、怖い・・・」
アザミの心の底からの声に、嵐山は無言で頷く。よほど堪えたのだろう。
「ともかく、どうするんだ?」
「明日謝りに行く。誰でも良いから他の誰か連れて行く。」
「あんたねぇ・・・そこがあんたの悪い所よ?すぐに逃げようとするその豆腐メンタル。少しは小鳥遊くんを見習いなさいよ、当たって砕けろを地でいってるわよ?」
「まあ俺の場合は何も考えていないとも言うがな、わっはっは」
「あんたの場合は学習することを覚えなさい」
「学習・・・フフフ、何のことかな?」
アザミと小鳥遊のやり取りを見ているうちに、胸の中の後悔は綺麗に吹き飛んでしまった。嵐山は気を取り直して立ち上がり、二人に告げる。
「なんかやり取り見ていたら落ち着いてきました」
「・・・お、おう」
「・・・いいんじゃないかしら、よく分からないけど。で、結局どうするの?」
「誤解を解いて、連れて行きます。アザミさん、偵察用のパワードスーツの準備お願いします。コウ、お前は早く寝ろよ。ただでさえ居眠りが多いんだから」
● ● ●
「瑠奈、私がドライヤーしている間になに役得なことしてるのよ!」
瑠奈とは、牧村の名前である。部屋に戻り、友人の髪をとかしつつつい先ほどの出来事を話したところ、前述のような文句を言われたのだ。
「いや、全然嬉しくないよ・・・只でさえあの人の前だときんちょう・・・」
そこで牧村の抗弁が止まり、つい数分前の行動を思い返した。先の出来事で冷えていたはずの身体に再び火が灯り、まるで風呂から上がったばかりのように火照る。
「・・・瑠奈?」
「い、いや、なんでもないよ。うん」
「・・・なら、私の髪の毛そんなに引っ張らないでくれる?」
「!・・・ご、ごめん」
自然に力が入っていたのか、言われた通り、友人の髪をぐいぐいと引っ張っていた。
「なに?やっぱ気になるの?嵐山先輩のこと」
「そういうのじゃないってば・・・」
口ではそう言いつつも、牧村の脳内では、芸術品のような嵐山の横顔が占拠しつつあった。
「それに、あの中尉・・・怖いし・・・」
そう呟くと、牧村たちの部屋の扉がノックされた。
「消灯前点検だ。開けてくれ」
昼間、社会の座学で聞いた声だ。おそらく全館を回っているのだろう。牧村たちは訓練兵の扱いであり、就寝・起床時間が定められている。この見回りの後に起きているのは、士官の三人と整備班、一部の職員だけだ。
「鍵開いてます」
「そうか、なら入るぞ」
安いベニヤの扉が開き、水上が入ってきた。ハーフパンツにツートーンの星が描かれたTシャツというラフな格好だ。首にタオルを巻き、ダブレットを小脇に抱えている。
「伊川・牧村班、これから就寝前のチェックを行う。一応、見られたらまずいものはしまっといてくれ」
伊川とは、友人の名である。起床時間、部屋の破損箇所、その他諸々をテキパキと報告し、それに合わせて水上も慣れた手つきでデータを入力していく。
「報告ありがとう。明日の予定だが、一部変更が出来た。一つは、整備主任のアザミさんによる新システムの講習。これは全員参加で、昼休み後に作戦室だそうだ。時間は明日追って伝える。それともう一つ、成績優秀者の中から偵察任務の手伝いが選抜されるそうだ。伊川、もしかしたらお前が選ばれるかもな」
ついこの前のことを思い出したのか、伊川は露骨に嫌な顔をした。
「もうしばらくはこりごりですよ!もう少し鍛えてから出直しますっ!」
「ははは、そうだろうな。後で小鳥遊の尻でも蹴っとばしとけ」
「あんなのに一瞬でも触れるのが嫌ですよ。そういえば水上先輩、マッキーが嵐山先輩にちょっかいかけられたらしいんですよ」
「・・・なに?」
水上から笑みが消え、怒りに近い妖気がゆらりと立ち上がる。完全に他人事だと決め込んで無視していた牧村もその気配に気づき、びくりと身をすくめる。
「なんでも、任務がどうとか・・・」
「・・・なんだ、そのことか。また嵐山がキツい小言でも言ったのかと思ったぞ」
水上から放たれる怒気が霧散し、二人の部屋に一応の平穏が訪れた。
「偵察任務は嵐山の担当でな、なんでもセンセイ―――司令から、誰か一人手伝いに連れて行けと言われたらしいんだ。で、なんて言ってたんだ?マッキー」
なぜかあだ名で呼ばれた牧村は、うっかり水上の逆鱗に触れないように慎重に答えた。
「えっと・・・中尉殿は、『座学すら面倒くさがる奴に、四の五の言う権利はねえ』というようなことを・・・」
一応、その後真っ先に任務に来いと言われたことは隠すことにした。伊川はプライドが高く、言おうものなら傷つくかもしれないと考えたからだ。
「・・・ありがとうマッキー。この後向かう場所が増えたよ」
中尉、戦場での死因ナンバー1は味方からの誤射だそうです。恨まないでください。牧村はそう心の中で謝罪した。
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