第3話「宇宙へ(中編)」

 ークロイツェン帝国辺境領惑星ポルート周辺宙域ー


「ポルートからの脱出を確認。対熱シールド解除頼む」


「了解。対熱シールド解除。……ふぅ。ここまでは順調ね」


 輸送船Hー2501号。魚の骨のような形状を持つが故にボーンフィッシュ型輸送艦と呼ばれる全長100メートルほどの船の艦橋で、オレンジの髪をポニーテールに束ねた女性、マリアベルの呟きを聞きながら、リーベルは艦長席で大きく伸びをする。


「まあ、あれだけのことをやって星から出ることも出来ませんでしたとか言ったら笑い者にしかならないしな」


 苦笑しながらリーベルは席のひじ掛けについたコンソールを操作し、スピーカーモードをオンにして各所の安全確認をとる。


「こちらブリッジ。各所問題ないか?」


『機関室問題無いよ~。エンジンの調子も良好!!』


『格納庫も問題無いぜ兄貴!! 』


『こちら貨物室!! おいゼニア!! お前荷物の固定忘れただろ!! スパナが散らばって酷いことになっているぞ!!』


『俺じゃねえよ鬼畜眼鏡!! スパナは肌身離さず持ってらあ!!』


『あら~ごめんなさいロア君。それ私かも~。下着と一緒に予備のスパナを貨物室の方に入れたから~』


『っ……!?』


「………………とりあえず各所問題無しだな。それぞれ落ち着いたらブリッジに集まってくれ。以上、通信終わり」


 恐らくスパナと共に散らばっていた下着類を見つけ、赤面し硬直しているであろう鬼畜眼鏡ことロア・アランドールの様子を思い浮かべた後、情けというわけではないが混ぜっ返すことなくリーベルは通信を終わらせ、やれやれと溜め息をつく。するとそんな様子にマリアベルは「アハハ」と声を上げて笑いだした。


「学院創立以来の問題児とか言われてた貴方がちゃんと艦長をしている姿を見れただけでも、貴方達に乗った甲斐があったわね」


「そりゃどうも。さすがに自分のために始めたことだから多少は真面目にやるさ。……っと、そうだレオン。そろそろランデブーポイントまでの所要時間計算は出来たか?」


 艦橋内で最も先頭に据え付けられた席でコンソールをいじりながら操舵をとる黒の長髪を持つ男に話しかけるリーベル。すると、レオンと呼ばれた男、レオンハルト・クルニアは振り向かないまま、淡々と言葉を告げる。


「……現時刻よりチェックポイントまで宇宙標準時で4時間40分36秒、ランデブーポイントまでは6時間50分24秒だな」


「ふむ、……ちなみに事前の読みだとチェックポイント後が勝負だったが、こっちは今も変わらない。そっちは?」


「……こっちもそうだな。迎えが少し遅れたら戦闘になる確率が高い」


「だよなぁ。あ~あ、もうちょいましな武装がある練習用駆逐艦を奪うつもりだったのにさ。初期実習でデブリ帯に突っ込んで中破とか呪うぞ1年生達め」


 ぶつくさ呟きながら目の前にディスプレイを出し、艦の状態を確認するリーベル。だが何度見てもHー2501には小さいデブリを除去するレーザーと超近接距離用の機銃一門しか積んでおらず、戦闘行為など論外であった。


「何しみったれたことを言ってるんだい? もし戦闘になったらあたい達に任せな。全部撃ち落としてやるさね」


「ちょっとシア!? まだ出来るかわかんないらしいんだし大言壮語を吐くのは不味いって!!」


 その時会話が聞こえていたのか、藍色の髪をミディアムボブにした全体的にスレンダーな女性と、大変整った顔立ちと豊かな銀髪を持ちながら、どこか気弱そうな印象を受ける男性ーーエリシア・ヘスティアールとカレルソン・シュタインツベルが会話に参加するようにブリッジに入ってくる。


「おいおい。ギアも訓練用だろ? 何か策があるのか?」


 ギア。それは全長10メートル程度の、船外作業用のパワードスーツを元にする宙間人型戦闘機のことである。

 人間の下半身に当たる部分が着脱可能なブースターユニットとなっており、それにより艦船同士の光速戦闘に追随し敵艦の防御が薄い場所を攻撃することを可能にし、またブースターユニットを換装することで様々な場所や速度領域での活動を可能にする。

 だが、如何せん艦船に比べると小さい上に携行可能な武装のサイズにも限界があるため、専らギア同士の戦闘になるのが常であった。

 その上、今このHー2501号には訓練用の旧式ギアが2台が有るのみであり、積んであった武装もマーカー用のレーザーポインターライフルと近接用レーザーブレードだけと、対艦戦闘をしろというのが土台無理な話であるモノしかないはずだった。


「ああ。出発前にレイナとゼニアに頼まれてアタシ達が地上戦装備で色々この船に詰め込んだろ? その中でレイナが面白いモノを入れていてねえ。今コンビで嬉々としながら改造してるわよ」


「そんなわけでブリッジには来れないから細かいことは任せたって言ってたよ。あ、これ搬入物のまとめデータね」


 PDA(携帯情報端末)を操作し、リーベルに搬入物のデータを送るカレルソン。出発の際に慌ただしくて確認出来ていなかったそのデータ類に目を通しながら、リーベルは思わず声を上げて笑う。


「クハハ!! 面白いモノってこれか!! 確かに面白れえ。よく見つけてきたなあ!! レオンもそう思わねえ?」


 愉快そうにしながらリーベルは自身のPDAを手に操舵席のレオンハルトの所に歩みより、データを見せる。すると好奇心に駆られたらしいマリアベルが後ろから除きこんで驚きの声を上げる。


「うわっこんなのどこで見つけたのよ? 士官学院にはこれ使っているの無かったわよね?」


「……ほう。確かに面白い。それが使えるなら計画通りに行く確率も上がるな。だが、改造は間に合うのか?」


「そこはポルート校が誇る改造フリーク達を信じるしかないねえ。アタシとカレルはそのギアを乗りこなすだけだし、間に合うかなんてわからないさ」


 オブザーバー席にどっかりと座り、片手をひらひらと振るエリシア。ギア操縦を専門とする機兵科出身の彼女達にとって、機体の整備や改造などは応急措置が出来るくらいの知識が精々であった。


「ま、大丈夫だろ。改造はゼニアの十八番だし、レイナも抜けてるとこはあるけど、十分な腕前だしな。……っと、おう。お疲れさん!!」


 艦長席に戻りながら、フォローに入るリーベル。すると、ちょうど良いタイミングでブリッジの入り口の扉が開き、きっちりと切り揃えられた青髪を持つ眼鏡をかけた青年と、茶色のロングヘアを持つかなり小柄な少女、それに灰髪のショートカットの上に小さい猫耳をつけたつなぎ姿の女性が現れる。


「…………ハァ……」


「あはは……」


 青髪眼鏡、ロアが疲れた表情で溜め息をつき、その隣で茶髪の少女、リンダ・ナイトールが苦笑いを浮かべながら歩いてくる。すると、後ろからヘッドロックをかけるように二人の頭を抱えながら、皇国人であるキャットシー族とのハーフであるエリル・リクティアが陽気な様子でブリッジに飛び込んできた。


「にゃはは!! ロアっちはレイナのパンツを手にリンダが来るまで固まってたみたいよ」


「違っ!? 僕は……!!」


 キャットシー族特有の尻尾を振りながら楽しそうにからかうエリルに頭を抑えられながら明らかにテンパった様子を見せるロア。その初な反応は士官学院の時から変わらず、悪戯をした自身を追いかけてきた彼を前にした時を思い出しながら、リーベルは軽口を叩く。


「クハハ。おいおい大丈夫かぁ? お前は海千山千の商人達と交易するんだろ? そんなんじゃいいように貪られるんじゃねえの?」


「ふ、ふん!! ナメるなよ!! 金銭に関しては絶対に失敗しない。君らに仲間になってくれて良かったと思わせるような利益を上げてやるさ!!」


「おう。 信頼してるよ主計長。まあ、絶対に失敗しないなんて気負わなくていいから楽しんでこうぜ。俺達が夢を叶えられるかはお前の手腕次第なんだからさ」


 どんなに文明が進歩しても金銭はやはり人々の生活の基盤として存在しており、また誰もが自由に宇宙に飛び出せるようになった影響で必然的に1度に動く金銭の量も多くなったため、考え無しに金を使うバウンサー達はすぐに宇宙に出ることすら出来なくなった。

 そのためバウンサーとして成功するための大前提として金銭管理をしっかりと出来、公正な視野をしっかり持つ者の存在が必要不可欠となる。そしてそう言った資質に関してはリーベルはロアを全面的に信頼していたのだった。


「お~い談笑中悪いけど、今、こっちに向かって帝国軍の駆逐艦と巡洋艦が発進したそうよ。そろそろこれからのことを話さないと不味いんじゃないかしら?」


 と、不意に先程から帝国軍の回線を傍受するプログラムを走らせていたマリアベルが声を上げ、ブリッジの前面のモニターを表示させる。そこにはこの周辺の宙域図が表示されており、惑星ポルートの軌道エレベーターにくっついている帝国軍基地から、駆逐艦と巡洋艦を示すマーカーが動いているのが目に入った。


「ふむ。二隻ならまあ想定内かな」


「……ああ、高速挺の電子ロックは解除されていないようだな」


「ま、それ全部私の功績なんだけどね」


 二隻の船の様子にリーベルとレオンハルトが呟き、それに呆れたようにマリアベルがツッコミを入れる。

 辺境であるポルートの基地には一般的な駆逐艦と巡洋艦、それと戦艦以外は、有事の際のみ用いられる高速挺が一隻のみ配備されており、その普段使われない高速挺に関しては、事前に天才ハッカーとしての顔を持つマリアベルの手によって電子ロックがかけられており発進は不可能になっていた。その上、帝国軍内の問題ということもあり、なるべく大事にしたくは無いだろうという読みの通り大火力の戦艦は出撃しておらず、まだ状況はリーベルとレオンハルトのシミュレーション通りの展開へと進んでいた。


「さて、ではゼニアとレイナが来れないならこれで全員だな? じゃあ、これからのことを詰めて行くとしようか?」


 そんな帝国軍の動きを確認しながら、リーベルは自分を含め8人もの人間が集まり少し狭く感じるブリッジで、モニターの画面を指差し話し始めたのだった。





    ※※※




『こちら、カットラス型駆逐艦Dー3201。イ型輸送船Hー2501号に即座の停止を要求する。なお、静止の予兆が見られない場合は撃沈もやむを得ない。繰り返す。Hー2501号停止せよ……』


「ふん、撃ったって届かない位置からよく言うぜ。うるさいったらありゃしねえ」


 艦長席に備えられたコンソールを操作しながら呟くリーベル。8人が集まり話し合った時から4時間30分ほど経過し、現在Hー2501号は駆逐艦と巡洋艦に追いかけられながら、チェックポイントと名付けたデブリ帯の中を駆け回っていた。


「ま、それが彼らのお仕事だからね。っとほい艦長、次、右前方よろしく」


「な。ついさっきまで士官学院の生徒だった俺達が言うのもなんだけど、本当融通聞かねえ息苦しい所だよな。っと」


 マリアベルの指示に答え、リーベルがコンソール上で指を走らせる。すると魚の顔にあたるHー2501号のブリッジの上に配置された小型デブリ除去用レーザーターレットが動き、右前方のデブリを溶解し、進むべき道を作って行く。


 作られる輸送船だけが通れる小さい道。その道は輸送船のおよそ2倍近い船体を誇る駆逐艦や巡洋艦の進行を阻み、また彼らが自分達の道を一々切り開く間に、輸送船と軍艦のエンジン出力の差をものともしない距離の差が作られていく。


(すごいことは知っていたがここまでとは…………)


 本来ならとっくに拿捕されてもおかしくない状況。それがむしろ差をつけるまでになっているのはひとえにリーベル、レオンハルト、マリアベルの技術が卓越しているからであり、まだなお余裕を残すその態度にロア・アランドールは口には出さないが驚愕する。


 士官学校の花形たる指揮科の首席と情報科の首席、その二人がどれだけ優れているのかは首席という時点で大体予想がついていた筈だった。だが、あくまでもそれは決められたカリキュラム上での話であり、実際こうした実戦という形であっても変わらず動けるその姿はデータ以上の結果を上げている。

 そして、それ以上にーー


「そろそろデブリ帯の出口だな。のシグナルは受信出来ているのか?」


「うん。問題無し!! 出口周辺からシグナル来てるし絶賛正常稼働中!! っと艦長今度は正面と左上だよ!!」


「あいよ!! じゃあロア!! 俺達は手一杯だから派手に一発よろしく頼むわ!!」


 艦長席にてコンソールを操作しながら、何処か人を惹き付ける笑顔でロアに叫ぶリーベル。ブリッジの誰よりも状況を楽しんでいるその態度と裏腹に、彼の手により動く砲塔は常に正確に進路上のデブリを捉えていく。そんな彼の様子は、士官学校にてくだらないが独創的なアイデアでイタズラを起こし、いつも自分達風紀委員と大捕物を繰り広げてきた一面しか知らないロアにとって、指揮科の次席というデータがリーベルという男のスペックがただならぬものであることを示しているにも関わらずただただ驚くしかなかった。


「いいのか? 僕がこういう事に向いてないのは知っているだろ?」


「……タイミングはこちらでとる。そっちはただ合わせて起動させてくれればいい」


「…わかった。カウント頼む」


 突然任された大役に少し動揺しながらも、レオンハルトの言葉に応え、ロアはオブザーバー席でコンソールを叩き、仕掛けの準備に入る。


「……後10秒後にデブリ帯を抜ける。カウント開始。15……14……13」


 石や機械部品が舞うデブリ帯の出口。輸送船の前方にそれは開け、同時にレオンハルトがデブリ帯を出てから仕掛けが発動するようにカウントを始める。


「6……5……4……」

「良し!! 仕掛けが見えた!! 良い位置に漂ってるわ!!」


 仕掛けの発信電波を確認したマリアベルが叫ぶ。そしてーー


「2……1……0」

「総員閃光防御!! 拡散爆雷起動!! 」


 真空により音こそ届かないもの、強烈な閃光が後方からブリッジを覆い、数瞬後、爆風が後ろから輸送船Hー2501号を襲ったのだった。

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