出航

第2話「宇宙へ(前編)」

 地球資源の枯渇化により地球人と呼ばれた人種が宇宙に進出しなければならなくなった遥かな未来。


 遺伝子操作による低重力への適応力上昇、宇宙より飛来せし鉱物を用いた永久機関の確立、その他諸々の発展により地球人達は長い時をかけて太陽系を飛び立ち、やがて同様の進化を遂げ発展した人類達と出会い更なる飛躍を行ってきた。


 多くの時間、多くの犠牲を払いながらも、次々と未知の宝物庫たる宇宙へと足を踏み入れた人類達。だが、新たなステージに進んだはずの彼らの前にたちふさがったのは、欲望という極めて原始的な感情だった。


 他人より優れていたい。誰かを蹴落としても幸せになりたい。生きる原動力たる願望は、多種多様な種族や宗教、そして概念の違いと結びつき、広い宇宙の様々な場所で多くの軋轢を産み、やがて宇宙にいくつも出来た国家の間で、銀河を股にかける数多くの戦争達を産み出してしまう。


 人類のエゴが引き起こした戦争。何年、何百年間にもわたり各所で繰り広げられたそれにより多くの血が流れ、最終的に多くの国の国力が国としての体裁をぎりぎり保っている程度にまで減少した結果、今の世界を象徴する彼らの台頭は始まった。


 バウンサー。PMCを起源とする彼らは、始めは戦争の影に隠れて暴れる者達から人々を守るために民間と契約して働く文字通りの用心棒として成立してきた。

 だが、戦争により多くの国の国力が衰退した結果、バウンサーが主要戦力として国軍の一翼を担うほどにまで影響を及ぼすようになり、彼らの価値が飛躍的に高まるのとちょうど時を同じくして、どこかにて従来とは一線をかす性能のコンピューターにより銀河を股にかける大規模ネットワークの構築がなされ、それを介して何者かが宇宙を飛ぶ艦船の航海記録をハッキングしたり、人々の間に流布された噂を元にその功績をポイント化し、全宇宙規模のランキングを作り出したことから、広大な宇宙によって創られる世界はバウンサー中心の世界へと姿を変えてしまった。


 行為をそのままポイント化する。そこに善や悪といった概念はなく、悪行だろうと善行だろうと等しく評価され、ランキングという形で表される。そのため、宇宙の治安は戦争などしている暇もなく悪化し、世界はランキングという名声や富を手に入れるために強奪行為を行うバウンサーと、その賊達を倒したり忠実に依頼された仕事をこなすことで名声や報償を手に入れる賞金稼ぎのバウンサー達によって大きく揺れ動くことになる。


 そうして宇宙はまさしく無法地帯と呼ぶに相応しくなり、夢を求めて多くの者が宙に飛び立っていく世界へと変わっていった。


 そして、そんな変革を迎えたその世界で今、一つの船が若者達の夢を乗せ、宇宙に登ろうとしていた。





    ※※※




 ークロイツェン帝国辺境領惑星ポルート、第21地区、帝国士官学院ポルート分校内第260期生卒業式会場ー



『であるからにして…………』


「ええい、まだ見つからんのか!? 」


「はぁ。そうみたいですねぇ」


 今日のために作られた特設会場のステージ。その上にて学院長が自分に酔いながら長々と演説をしている中、控え室でネスケル副学院長のイライラしながら向けてくる問いかけに、ラスティ・アルネイト教官は俺に言われてもと言わんばかりに気のない返事をする。


 帝国士官学院。それは帝国宇宙軍の未来を担う若者達の養成を目的とした長い歴史を持つ学院であり、帝国領の中では辺境に位置する惑星ポルートに作られたこの分校も、有能な若者を帝国宇宙軍に送りだし、中には後に名を残すような名将を輩出してきた由緒正しき学舎である。


 そして今、3年の教育を終えた第260期生を送り出す卒業式が行われる中、その帝国士官学院ポルート分校にて創立以来初めての事態が起こっていた。


「あり得ん!! あり得んぞ!! 何故居ない!! 昨日の予行にはいたではないか!!」


「はぁ…」


「次席のあの問題児はともかく、主席のクルニア君がこのような大事な時に来ないなどあり得ないだろう!?」


 帝国士官学院の卒業式。そのプログラムの中には指揮科の主席が演説の後に次に最上級生となる2年生の主席に襷を渡す引き継ぎの儀という旧時代的な恒例行事がある。しかし、今、肝心の指揮科の主席が今日になって行方不明になってしまっていたのだった。


「まさかヴァリウスの奴ががクルニア君を唆して……いやいやクルニア君がそんな甘言に乗るはずはない……」


 主席の行方不明という予想外の事態に苛立ちを露にする副学院長。だが、それを横目にラスティは思わず副学院長に見えないように苦笑する。


 成績データと日常の授業の1コマしか見ていない副学院長達と違い、指揮科1組を担当していた彼にとって、首席ーーレオンハルト・クルニアがそのような行動に出ることは驚くことでは無かったし、首席はともかく同じく式に出ていない次席がこのような恒例行事を何もせずに姿をくらますとははなから信じていなかったのだ。


 と、


「た、大変です!!」


「な、何だ!?」


 突如控え室に士官学院に詰めていた新米教官の一人が息を切らして入室し、副学院長は驚いてカツラをずらしてしまう。

 そして慌てて後ろを向き、カツラを直す副学院長を暗黙の了解として無視しながら、ラスティは力尽きた教官を支える。


「大丈夫ですか?」


「え、ええ。ありがとうございます。…………そうだ!! 大変なんです!! 本学院のマスドライバー施設がーー」

『え~、マイクテス、マイクテス。聞こえてますか~?』


 何やら不穏な言葉が新米教官の口から飛び出しかけるのを聞き、ラスティは思わず顔をしかめる。しかしその瞬間、式場の方で若者の声が響き渡った。


「今の声…まさか!?」


 副学院長とラスティが思わず顔を見合わせた後、ラスティ達は控え室から飛び出し、学院長が演説をしている特設会場に目を向ける。すると、呆然とする学院長の前に、金髪の青年を映した巨大なホログラフィーが現れていた。


『おっ。ラスティ教官~無事に映ってますかね~?』


 恐らくどこかのカメラをハッキングしているのか自らの姿を認めるや暢気に手を降る青年。そのせいで一斉に視線が集まるのを感じ、ラスティが思わず頭を押さえる中、隣の副学院長は顔を真っ赤にしながらホログラフィーにわめきたてる。


「リーベル・ヴァリウス!! 貴様何をしている!! 」


 中途半端にカツラの位置を直したせいで何とも形容しがたい髪形になった副学院長。それをまじまじと見た後、リーベルと呼ばれた青年はポンと手を叩く。


『…………ああ、副学院長か!! ヅラがずれているからわからなかったよ!! んで…ええと、何をしているかって? そりゃ我らが指揮科の主席殿が準備で忙しいので、次席の俺が代わりに引き継ぎの儀をやろうかとって思いましてね』


 準備。その言葉と先程の新米教官の言いかけた言葉を繋ぎあわせてラスティは全てを理解する。


「なるほど。宇宙そら…か」


『ええ。ラスティ教官にはお世話になりました。そしてーー』


 ラスティの導いた答えに満足げな笑みを浮かべた後、リーベルはホログラフィー越しに学院生達を眺め、コホンと咳払いをする。


『来年から最上級生となる2年生の諸君。また、今日学院を卒業し、栄えある帝国士官として帝国に尽くす同級生の諸君、こんにちは。自己紹介は不要だと思うが、指揮科の問題児ことリーベル・ヴァリウスだ』


「おい! 何をしている!! 止めさせろ!! 映像装置を止めるんだ!!」


「駄目です!! 立体映像装置の本体がこのステージの根幹部分に埋め込まれているせいでステージを解体しないと止められません!!」


 喋りだすリーベルに式場はざわめきだし、学院長がわめきながらホログラフィーを止めさせようとするものの、装置は事前にステージの下に埋め込まれていたため手が出せず、学院長は「ぐぬぬ……」と顔を赤くしてうなり声を上げる。


『さて、2年生諸君。君達は共通課程を終え、春から適性と希望に合わせた科に進み、より専門的なことを学ぶことになる。そこには色々不安はあるだろう。だが、安心していい。ここ、帝国士官学院は長い歴史に培われた知識と素晴らしい教官達によって素晴らしい教育を受けることが出来、実りある1年を過ごすことが出来ることを、こちらにいる俺の仲間達と共に保証しよう』


「あれは…………っ!?」


 驚きを通り越して青ざめている副学院長の隣でラスティは思わず感心する。

 リーベルだけが映されていた立体映像が拡大され、帝国製特有の艦橋の機械類をバックに、何人かの男女が映し出されており、その面子は今まで何故この式場にいるか確認しなかったのが不思議に思える面子であったからだ。


「情報科主席のマリアベル・オースティンに衛生科のリンダ・ナイトール!? 馬鹿な!! 何故我らがアイドル達がリーベルなんかと一緒に!?」

「機兵科のバカップルに整備科の改造フリークコンビ、それに機関科のエリルちゃんもかよ!? そういや今日誰かあいつらを見たか!?」

「会計科の鬼畜眼鏡も居るぞ!! あいつリーベルとは犬猿の仲なんじゃねえのかよ!?」


 式場は完全に静寂を無くし、伝統ある卒業式を妨害された学院長は怒り狂い、副学院長はゲストとして招かれた帝国士官達に言い訳をするために貴賓席へと駆け出す。

 誰もが混乱し、冷静さが失われる卒業式会場。だが、その時とある1人の何気ないヤジが混沌とした会場の雰囲気を切り裂いた。


「というかあいつら何処にいるんだよ!! ありゃあ、輸送船のブリッジじゃないのか!?」


 多くの人間の息を飲む音が聞こえ、会場は静けさを取り戻す。そしてーー、


「だから大変なんです!! 学院郊外のマスドライバー施設のコントロールが乗っ取られた上、リーベル・ヴァリウス以下9名の学生に輸送船Hー2051号が占拠され、すでに発進シークエンスに入っているんです!!」


 先程控え室に飛び込んできた新米教官の声が響き、会場の皆が絶句する。その様子にリーベルは『アハハ……』と苦笑いをした後、再びコホンと咳払いをして、会場の視線を自身に集める。


『ふむ、もう少し2年生への演説をしたかったけど、この騒ぎになってしまったらしょうがないか……。……さて、では2年生、そして同級生の諸君。事前に俺達が帝国士官という職業に敬意を払っているということを踏まえた上で、1つ俺達が君達に問いかけようと思う。………君達はこのまま卒業し、帝国士官になることに迷いは無いのだろうか?』


 学院長達が慌ててマスドライバー施設の現状を確認し、貴賓席の帝国士官達も事の重大さに重い腰を上げようとしている中、ラスティは腕を組み、生徒達と同じ様にリーベルの言葉の続きに耳を傾ける。


『宇宙にはまだまだ解明されていないことが多すぎる。俺達帝国の民が太陽系第3惑星から、またかつての戦争相手であった皇国がβーテリオス星系第13惑星を起源とするように、この宇宙には宇宙に飛び立つ術を持たないが故に発見されてない未開発の文明圏がまだまだ存在するかも知れないし、そもそもバウンサーの台頭を引き起こすきっかけとなり航宙情報データベースを作った超高性能コンピューターに至っては、何処にあってどのような形をしているかなどまだ誰も知る者はいない。

 ……だが、そんなことに対する探究心は帝国を護る者には何の役にも立たないし、命令遵守を最上とする軍では邪魔にしかならないだろう』


 気付けば学院長達が変わらずあわあわとする中、ゲストの帝国士官のトップであるサフィーダ・エラフ中将はラスティと同じ様にリーベルの言葉を黙って聞いていた。


『国を護る。その行為はランキング制度により生まれた悪質なバウンサーの影響で治安が悪化したこの世界において何より重大なことだ。そして、在学中に幾度も繰り返した俺の問いかけに、国を護るために帝国士官に成りたいと言った頼りになる同級生が何人もいた今、帝国の未来は安泰であると思われる。だからこそーー』


 ホログラフィー越しにエンジンの起動する音が聞こえ、リーベル達の映像が振動を始める中、リーベル以外の者達はそれぞれ輸送船の艦橋の所定の位置に散らばっていく。


『俺達は帝国士官としてでなく、バウンサーとして宇宙そらに出る。知らない世界を知り、理解出来ていなかったことを理解し、そして帝国軍では救えない人達を救うために』


「マスドライバーの起動を確認!! 輸送船Hー2051号発進します!!」


「緊急停止コマンドを滑り込ませろ!! このままあいつらを宇宙に行かせるな!!」


「っ!? 学院長!! ステージが!?」


 教官達の怒号が響く中、ホログラフィーは消え、音声だけとなったその時、ステージの床がスライドし、内部からホログラフィー発生装置とくっついた旧時代の大砲に似た物が姿を表し、2年生の方の空へと砲口を向ける。


『2年生諸君!! 以上を持って引き継ぎの儀の演説を終える!! 君達に俺らのようになれとは言わない。だが、どうありたいか常に考えて良い1年を過ごして欲しい!! 代表は1人ではなく、全員が代表になりえるんだ。それを踏まえた餞別を最後に俺達は失礼しよう』


 ドォン!! と派手な音と共に2年生達の目の前に色とりどりの襷が打ち出される。

 空を覆うように広がるそれらはリーベルの言葉通り全員が代表であると言うことを表しており、皆が驚いて固まる中、お調子者のある生徒が襷を掴むと、それに便乗するように皆が立ち上がり、襷を、己の未来を掴んでいく。


『それでは、これを持って主席代行による引き継ぎの儀を終了する!! そしてーーーー』


 ヒュオン!! と音速を越えた速度で輸送船Hー2501号は打ち出され、最後のリーベルの言葉は打ち消されてしまった。


「Hー2501号の射出を確認!! 成層圏突破します!!」


「くそ!! 近隣の宇宙にいる帝国軍に連絡を!! 何としても拿捕するのだ!!」


了解ヤー!!」


 学院創立以来の恥を揉み消すため、躍起になる学院長達。ラスティはそれを横目にリーベルの最後の言葉に思いを馳せる。

 発進と被さったことで聞こえなかったリーベルの言葉。だが、ラスティは3年の付き合いで何を言ったか容易に理解することが出来、それにより様々な思いが胸の内に現れていたのだった。


「まったく……何がありがとう、お世話になりましただ。青二才が……まだまだ甘いんだよ……!!」


 そして独白しながらラスティはゆっくりと今だに静かに空を見上げるサフィーダ中将の元へと歩みより、


「ご無沙汰してます、サフィーダ中将。この件に関して少し頼みたいことがあるのですが……ええ、そうです。士官学院としての卒業試験は終えても、バウンサーへの試験は終えていませんので。……ええ、人員はこちらで揃えます。ですのであの艦の使用許可を頂けないでしょうか?」


 サフィーダ中将に話しかけるラスティ。その瞳には焔が燃え盛り、学院では指揮科1組の人間しか知らない、“昼行灯”ラスティ・アルネイトの本気の顔が表れていた。

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