第9話 学校なんて早いでしょ?
「ジェイド、聞いて! マーブは天才よ!」
日もとっぷり暮れた夕方。
夫の帰宅するやいなや、歓喜の声を震わせながら汗臭い男の体を力いっぱい抱きしめる妻。
夫の顔からは困惑が、妻の顔からは鼻水と涙がそれぞれの気持ちを表している。
そして、いかにも親バカとしか言いようがない妻の姿を、俺は一息子と言うよりも、外野というスタンスで眺めていた。
「ま、待て待てー! 一体何がどうした?」
「あらやだ、あなた。いきなりナニはないでしょう?」
……どうすれば、こんな受け取り方が出来るのか?
お盛んなのは認めるが……
この世界の男女関係はナニで始まり、ナニで終わるのだろうか?
この夫婦の子供として生まれ変わった事を、今更ながらよく考えた方が良いような気がしてきた……
かと言って、「はい、チェンジー」は無理だけど。
「それは後でするとして……マーブがどうしたんだ?」
「そうなの! あのね、マーブが……」
するんかい! と言うツッコミは置いといて……
ここからのママンの説明はぐったりする程長くなるので、某ネコ型ロボットのアニメで有名なメガネのママの如く、早送りで再生するとする。
「魔法が★◻︎△で◼︎☺︎ーの〜!☆………………」
言い終わる頃には、パパンの疲労度は相当な物と捉えられる程、顔がげっそりとしていた。
畑で疲れてるのに、ご苦労様。
お陰で見ているこっちもグッタリだ……
よくあんなに舌が回って、手が動くな……
息子の可能性を見出した母親の口撃は恐ろしい……
パパンはきっとこう思っている。
「今夜はお預けだぜ、マリー」と。
「要するに、五歳児にして一日十発は魔法を出せる程の魔力を備えた天才児って事だな……」
パパンは、げんなりした顔で答えるが、要約するとそうなる。
分かりやすい説明をありがとう、パパン!
しかし、ママンと来たら……
まだ言い足りない事があるようで、パパンが疲れた頭に鞭を叩き込んで出した要約を、いとも簡単に投げ飛ばしてしまった。
「そうなの! それでね、マーブの才能をもっと伸ばす為に、魔法学校に入れたらどうかしら?」
え? 学校? この年で?
いや、普通五歳児って言えば、保育園か幼稚園が関の山でしょう?
それをいきなり学校って……
「待て待て、マリー。幾ら何でもまだ早すぎる」
何と、首を横に振りパパンは否定した。
対するママンは、かなり不機嫌そうな顔をしている。
ママンの考えとして、こんな片田舎に埋れさせるにはもったいない程の才能だから、早い内から英才教育を施し、その実力を確固たる物にすれば、将来は安泰だろうという、俺の輝かしい未来が浮かんでいるのだろう。
しかし、パパンは違った。
「マリー、別に学校へやる事には反対じゃない。だけど、マーブはまだ五歳だ。
この位の年なら、村の友達と遊んだり、俺達と一緒に畑について来たりするのが、今のこの子には一番良いと俺は思う」
パパンが、いつになく真面目な顔になっている。
うん、カッコ良いぞ!
何となく父親らしいぞ!
この際だから、オムツの件は忘れよう!
もっと言っておくんなまし!
「けど……」
「時が来れば、そのうち離れなくちゃならなくなる。それに、この子の人生だ。
選択権はマーブにあって、俺達じゃない。魔法ならお前が教えてやれば良いだろう?
甘えたい時に親がいなくてどうする?」
パパンの意見を聞いている内に、ママンは静かになってしまった。
やるな、パパン!
破竹の勢いだったママンを、ここまで黙らせるとは!
やっぱりこの二人の所へ生まれて良かった!
ちゃんと、俺の選択と言うのを優先させてくれているようだ。
それなら安心して暮らしていける!
俺がこの世界で生きる大きな意味は、「自分の人生は自分で決める」だから。
前の世界では、親が用意したレールだけが俺の道だったけど、今は違う。
自分の選択肢はキチンとある!
それだけで、生まれ変わった意味は充分あるだろう。
もう、自分の人生に絶望しなくて済む!
ありがとう、神様!
残念ながら、俺はあなたの恩恵が受けれないようだけど……
一応、お礼は言っておきます!
そして、さっきまで勢いづいていたママンは、パパンの説得でションボリしていたが、
「そんな顔するな。お前が見てくれれば安心だ。俺の留守中は、マーブを頼むよ。マリー」
と言うパパンの愛情たっぷりの甘い一言で気を良くし、またまた力一杯抱き締め、目の前で熱いキス。
おーおー、舌もしっかり絡ませて……
しかしまぁ、子供が見ている前でよくやるわ……
頭おかしいんじゃねぇか?
これがこの世界の常識とすれば、俺の育った文化とはだいぶ違うよな。
それも薄々気付いてはいたけど……
グダグダ言うより、さっさと慣れよう。
もう五年いるんだし。
二人のイチャイチャを横目に軽く咳払いをしてやると、正気に戻ったママンは、いそいそと夕食の支度をし、夕食を三人で取った後は、三人仲良くお風呂に入り、おやすみのチューで一日を終えた。
部屋に帰り、ベッドに横になっていると……
明日も早いからと、早めに床に就く入ったはずの二人の部屋からと、ギシギシと……
どうやらマッスルタイムに入ったようだ。
今夜はお預けじゃなかったのか、パパン……
こうして夜は更けて行き、やがて朝を迎えた……
因みにこの村は過疎化の真っ只中で、子供は僕を除いて見た事ありません……
これって、結局『ぼっち』って事?
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