第7話 魔法がバレた日

 あーー……


 やっちまったー……

 

 俺はその日、かなり落ち込んでいた。

 両親の視点から言えば、落ち込んでいるというよりも反省しているように見えるかもしれない。

 とにかく、俺は落ち込んでいた。

 ついでに言えば、今両親からの取り調べタイム中でもある。

 顔を上げれば、二人とも厳しい表情を幼子の俺に向けている……

 この顔はあれですねぇ。

 怒ってますねぇ、多分……


 実は、ちょっとした不注意で、俺が魔法を使える事がバレてしまった。

 言い訳がましいが、自分でバラしたのではない。

 バレてしまったのだ。

 それも。ちょっとした不注意から……


 その不注意とは……



 いつものように両親にくっついて畑に行き、草抜きをしつつ、魔法の練習をしていた。

 練習するのはいつもの水魔法だ。

 何一つ変わらない、毎日のルーティンである。

 相変わらず草は抜き辛く、しかしそれが練習になるのだが……

 この時、思ったのだ。


 現時点で、この俺の実力はどんな物なのか? ……と。


 今考えると、何故こんな事を思ったのか自分でも不思議だ。

 しかも、どうせなら今持っている自分の魔力がどのくらいのキャパなのかも知りたくなりってしまって。


 だが、これがいけなかった。


 思い立ったら吉日タイプの俺は早速行動に出た。

 己の中に流れる魔力をその指先に集めるようなイメージで指先に集中させる。

 いつもよりちょっぴり多めに魔力を集める。ほんのちょっぴりだ……

 いくらキャパを知りたいからって、最大出力ズドン! では何が起こるか分からない。

 まずは余力を残しつつ……がベターだろう。

 俺は集中し、指先がじんわりと温かくなるのを確認してから声を小さくして、


「ウォーター」


  と呟くと、指先に渦巻きのように水が絡まり出し、ソフトボール程の大きさの球を形成する。


 何だ、こりゃ?


 とか思って見ていたら、グルグル回転し始め、空気中の水分だろうか?

 目に見える訳ないのに、まるで実体化しているかのように幾筋にもなってこの球に吸収されていく。

 ある程度吸収し終えると、大きさはフットサルのボールくらい?

 この時点で、とんでもない威力だろうと悟る俺。

 だが、今更どうしようもない。無かった事にする方法なんて分かるはずもないし……

 その光景を唖然としながら眺めていると、何やらブルブル震えだした。

 何だ何だ? と軽くパニクってると、何と野球のピッチングマシーンから飛び出すボールの如く、俺の指先から放たれていったではないか!

 グングン伸びる水の球。

 その球の先には、両親が作業をしている隣の畝があった。俺の指先から解き放たれた、とんでもない威力の水玉は、そのまま、その畝に根付いていた作物を一つ残らず薙ぎ倒し、畝の先で爆発。

 それを見た両親は、


「敵襲!?」

「マリー! 構えろ! マーブは安全な場所に……!?」


 とか言って、目にも止まらぬ速さで、パパンは鍬を、ママンは手刀でそれぞれ構えを取り、後ろを振り返るではないか!


 その動きの鮮やかな事!

 思わず俺は見とれてしまった。

 さすが、元凄腕のお二人!

 お見事! と拍手を送りたい。


 だが、待てよ……

 見ていて惚れ惚れするが、ある事に気がつく。

 それは両親の表情だ。

「敵襲!」と言って、鮮やかな身の返し方で臨戦態勢を取ったはいいが、二人の視線の先には、まだ幼い、五歳になる我が子しかいない。


 二人はしばし顔を向けて考えている。


 あらゆる状況を整理しているのか?

 それとも、この状況下で飛んできた魔法の出処を勘ぐっているのか……

 何やらゴニョゴニョ話をしている。

 そして、二人共見合わせたかのように頷くと、俺の方へ向かって来た。

 その表情たるや……

 

 この世界に鬼がいるとすれば、それは正に俺の目の前に立ちはだかる両親がそうだろう。

 二人とも眉間に皺を寄せ、背景には業火がえがかれていそうな佇まいだ。


 そして、二人に手を引かれながら、俺は自宅という名の取り調べ室に連れて来られたという訳だ。




 テーブルを挟み、俺の前には射抜くような目つきのパパンが椅子にドッカリと腰を据えている。

 その後には、やはり険しい顔だが心配そうにオドオドしているママン。

 俺はしょんぼりしたフリして下を向く……

 こうなったら一芝居打つしかねぇな……


「マーブ、別に怒る訳じゃない。あの魔法は、お前の仕業か?」


 パパンは静かに口を開き、俺に問い掛けた。

 質問に答える代わりに、俺はコクリと頷く。

 二人からは、力が抜け切った「はぁー」というため息が漏れていた。


「信じられない、あの威力……とても五歳児が放ったとは思えん……」

「でも、ジェイド。本当にマーブだとしたら……」


 信じられないとは言うものの、二人は顔を見合わせている。

 その仕草には、若干の不安を覚えるぞ。

 もしかして、この世界の魔法は大人じゃないと使えないとか、子供が使うと不吉な事が起こるとか…………そんな事、ないですよね?


「マーブ。お前、誰かから教えてもらったのか?」


 パパンが俺の目を見つめながら問い詰めてくる。

 何か答えるべきか?

 否。ここは慎重に受け答えをするべきだろう。

 何が災いするか、予想できないからな。

 取り敢えず、答えは「ノー」だが、口にはしないで首を横に振るだけに留めておいた。

 それを見て、怪訝な表情を見せる両親。

 もし、俺に魔法を教えたのは歯が抜けたあのおっさんだ、とかデタラメ言ったら、どうなる?

 おっさんは冤罪なのに半殺しかもな……

 誰かに罪を擦り付ける訳にはいかないよな。

 ここは子供らしく、正直に言おう……


「じゃあ、どうやって使えるようになったんだ?」


 おいおい、パパン。落ち着けよ、このヤロー。

 そのイライラしながら椅子ギーコギーコは駄目でしょ?

 ちょっとお行儀悪いですよ?


 しかし、そんな態度も、俺の次の言葉を聞いて変わってしまった。


「……見て覚えました……」

「は……!?」


 と、椅子をギーコギーコしていたパパンは、そのまま椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。

 ママンは、驚きの余り、口元に手をかざしていた。


「……マーブ?」

「ママが使ってるのを見て、僕でも出来るのかなぁって思って……

 ママの真似をしたら、水が出て……

 ごめんなさい……」


 そう言って、俺は更にしょんぼり感を増す。

 どうだ? ここまで五歳児がすれば何も言えまい……

 俺はただ、子供らしく正直に言っただけだ。

 勝負は俺の勝ちだな……(ニヤリ)


「何てこった……見て覚えただと?」


 パパンは、起き上がると両手を上げて「オーノー」と言ったポーズを取る。

 ママンは、驚き過ぎて声が出ないようだが……?


「お前、詠唱はどうしてる? 何か、言葉を唱えたりしなかったか?」


 俺の近くまでくると、パパンは肩を掴んで、恐ろしい形相で問いただしてきた。

 ちょっとその顔……マジで怖い……ちびりそうですけど……


「詠唱……? とかは分からないけど、何と無く感覚で……指先が暖かくなったら、『ウォーター』って言うだけで……」


  そう言うと、二人は更に驚いて……を通り越して、魂が抜けたような顔になってしまった。

 もしかして、僕はとんでも無い事をしたのでしょうか?


「マーブ、父さん達はしっかりと見ていた訳じゃない」


 そう言って、パパンはコップを持って来ると、テーブルの上に置いた。


「これに、水を入れてみろ」


 えーーー……

 それってテストなの?

 試されてるの、僕?

 って言うより、信用されてないな、これは。

 百聞は一見にしかずってか?

 仕方ないなぁ、もう……


 俺は目の前に置かれたコップをジッと見つめる。

 二人は、「さぁ、やってみせろ」と言う顔で俺を見ている。

 見せると決めたんだ。

 俺も腹括るぜ……


 俺は目の前のコップに意識を集中した。

 そして、頭の中で自分の出した魔法の水がコップに注がれる瞬間をイメージする。

 そして、指をおっ立て、その先に魔力を集中させる。

 さっきとほぼ同じ過程(プロセス)。だけど、気を付けないといけない点は、水を『飛ばす』んじゃなくて『コップに入れる』って事。

  魔力のチャージは程々に。

 でないと、さっきみたいに威力が強くなってコップが割れちまう。

 何て考えてると、指先がジンワリと温かくなって来た。

 そろそろだな……と思う所で、


「ウォーター」


 と囁くと、先程よりも威力が弱まった水の玉が指先から発射!

 しかし、それはコップに注がれる事はおろか、コップその物を粉砕し、何とパパンの胸元を直撃したではないか!

 やっべ! 強過ぎた!


「うぉぅ⁉︎」


 驚いたのも束の間。パパンは一撃で椅子から吹っ飛んでしまった……


 あらまぁ……ごめん、パパン…………

 胸に穴が開いていない事を祈るよ……

 しかし、さすが元剣士。

 体の強さは一級品のようで、すぐに起き上がって来た。

 俺はホッと胸を撫で下ろした。

 良かった、胸に風穴は開かなかったらしい。


「どうやら、本物のようだな……」


 そう言ってパパンは再度着席する。

 その仕草は、ちょっと恥ずかしそうだ。

 そしてママンに一言。


「マリー、明日から畑はいい」

「え?」


 ママンは怪訝な顔になる。

 しかし、パパンの目はマジだ……


「マーブに魔法を教えてやってくれ。宮廷魔導師だったお前なら容易いだろう?」


 宮廷魔導師? ママンが!?

 驚きつつ、ママンに振り返る。

 何故顔を赤らめているかは不明だが……


「でもジェイド……畑は人手が……」

「心配するな、家族の取り分くらいは何とかなる」


 パパンは、ママンに向かって白い歯を見せている。

 あ、それって笑ったのか?

 なかなかキザだな。

 歯磨き粉のコマーシャルみたいだが、正直キモいぞ。


「来るべき時に備える必要もある。それに、お前が土で汚れる姿は似合わない」


 う……めちゃくちゃ歯が浮くようなセリフ……

 ますますキモい……よくそんな事言えるな。

 聞いてるこっちが恥ずかしい……

 て、俺はおざなりじゃないですかね?

 ここはしっかりと指示を仰がねば!

 子供らしく、可愛くね。


「あのー、僕はどうしたら……?」

「マーブ、お前は明日から母さんに魔法を習いなさい。

 母さんは腕が立つ魔導師だったから、きっと色々教えてくれる」


 へぇ腕の立つ……?

 て事は凄腕って事?

 宮廷魔導師って凄いんだなぁ!


 という事で、俺は明日からママンから魔法を教えてもらう事になった。


 取り敢えず怒られずに済んだという安堵感と、何だか変な事になってきたという不安感が入り混じり、俺の取り調べは終わった。

 そう言えば、取り調べでは定番のカツ丼を期待したが、ここは異世界。

 そんな物がある筈がないのです。


 ま、いっか!

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